軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299 異なる強者

アルノルトの攻撃を真っ向から受け切ったザハドは、それを自身の剣で押し返した。アルノルトはすぐに身体を引き、かと思えばすぐに剣を振るって、再びザハドに受けさせる。

もう一度、木剣同士が強くぶつかる。

(ガルクハインは戦いながら領土を拡大し、進んでいった。……世界最大の宗教であるクルシェード教団すらも、このゼルディア戦より七年も前、密かにガルクハインの軍門に下っている)

アルノルトとザハドの剣が、二度、三度と噛み合って離れた。ふたりはその度に立ち位置を変えながら、『進軍』を続けてゆく。

(ガルクハインは、ゼルディアの属国を計画的に占領してゆくことで補給線を絞り込み、退路も塞いだ)

ハリル・ラシャの兵の先駆けと、それを止めるべく進んできたガルクハインの騎士たちが、リーシェの十数メートル手前にまで接近していた。

互いに剣を交えて足止めをし合いながら、勝利条件であるリーシェの獲得を目指しているのだ。

(ゼルディア国もガルクハインを警戒し、主戦力をいつでも動かせるようにしていたはず……それでも、お義父さまの軍が、圧倒的で)

「ねえ。『リーシェさま』」

ずっと口を噤んでいたヨエルが、透き通った声音で尋ねてきた。

「もう、いいよね?」

「……ええ」

リーシェは微笑んで頷くと、言葉で彼の背中を押す。

「あとはあなたの思うまま。――どうか、自由に!」

「…………」

木剣をきゅうっと握り込んだヨエルが、軽やかに敵の中へ飛び込んだ。

(この大陸にあるゼルディアの領土は、ガルクハインによって焼き払われたと聞くわ。そして、ガルクハインにとっては東の大陸を攻め込む要所となる港町が、攻め落とされたとき……)

籠から放たれた鳥のように、水の中を泳ぎ回る魚のように。

両軍の混沌へと割り入ったヨエルは、手早く三人を斬り倒す。

「が……っ!?」

(たったひとりで現れた女性。――それが、王女だったフロレンツィア陛下)

リーシェを背にし、単身で戦うヨエルの鮮やかな剣技に、騎士たちが息を呑んだのが分かった。

「この少年、強すぎないか!?」

「ひとりだけで、我々と渡り合うとは……」

リーシェが思い浮かべるのは、先ほどテオドールに聞いた言葉だ。

『当時のフロレンツィア皇后陛下は、燃え盛る町の真ん中で、父上の前に歩み出たらしいよ』

(戦争の終わりに、人質の王女として差し出されたのではない)

皇城への帰り道、人通りの少ない路地を歩く中、テオドールは林檎を齧りながら教えてくれた。

『武器なんて持たずに、堂々とした態度で。――「我が権限のすべてを行使して、貴国に降伏を申し出ます」って』

(フロレンツィア陛下は、自らお選びになったのだわ)

リーシェはそっと顔を上げ、皇城の窓辺に立つ女性を見据える。

(ガルクハイン皇帝の、花嫁になることを)

窓に片手を触れさせたフロレンツィアは、やはり、何かを見定めているかのように感じられた。

(……私とアルノルト殿下の婚儀まで、あと三日。それまでに、フロレンツィア陛下の『欲しかったもの』を当てる……)

こうしている間も、ヨエルは止まらない。身軽な猫のように間合いに飛び込み、身を翻すように木剣を薙いで、敵対者たちを倒してゆく。

騎士や兵の中には、ヨエルとの交戦を回避する者も現れ始めた。

「連携するぞ!! 俺が囮になる、お前たちが先んじろ!!」

「何はともあれ、妃殿下に触れれば勝ちだ! 走れ、散らばって……ぐあっ!?」

リーシェを獲得しようと前に出た兵が、一瞬にして地面に崩れ落ちる。

「駄目だよ。……いま、俺が守ってるの」

「く……!!」

ヨエルにはひとつの隙もない。赤い舌で自身のくちびるを舐め、ひゅっと軽く剣を振って、それを片手に構え直した。

(先輩が、とても集中なさっている。まるで、本物の戦場みたいに……)

爛々と輝く金の瞳が、一点を見据える。

次の瞬間、ヨエルは軽やかに地面を蹴り、そちらへと剣を振り下ろすのだ。

「!!」

びりびりと空気を震わせて、ふたりの人物が剣を交える。

(ザハド……)

ヨエルの剣を受け止めたザハドが、楽しそうに笑う。

「相変わらず、羽のように身軽な剣士だな」

「……どうも。王さま」

ザハドが剣を押し返すと、ヨエルは後ろに飛ぶように退いた。その上で、彼にしては動きにくそうな素振りを見せる。

(ヨエル先輩が、いつもの身軽さを欠いている理由。……尋ねずとも、こうしているだけでよく分かる……)

風に煽られそうな日傘の柄を握り込み、リーシェは固唾を飲んだ。

「来い、天才剣士殿!」

「…………」

木剣同士がぶつかりあい、強い力が衝突する。

けれどもリーシェが見遣るのは、ヨエルとザハドの間合いの外で、悠然と表情を変えない彼の方だ。

(――アルノルト殿下)

ふたりを静観するだけのアルノルトが、この場の空気を張り詰めさせていた。

木剣の剣先を下げたまま、一歩ずつこちらに歩いてくる。ザハドたちの打ち合う音の方が大きいはずなのに、アルノルトが地面を歩くその靴音が、鼓膜の奥にまで響いてきた。

訓練とは思えない、凄まじい重圧だ。

「おっと!」

ヨエルの一撃が、ザハドの肩口を強く突く。面白そうに笑ったザハドが、どうしてかリーシェに一瞥を向けた。

(あ……!)

そのとき、ヨエルの集中が僅かに乱れた。

「っ、くそ……!」

(先輩にとって、ほとんど初めての防衛戦。ザハドもアルノルト殿下も、それを見抜いている)

ヨエルがぐっとくちびるを結ぶ。そのとき、ヨエルの間合いに入ったアルノルトが、剣を構えて浅く払った。

「やっと、あなたともやれる」

「…………」

ヨエルと木剣を噛み合わせたアルノルトは、表情を変えない。敢えて受けているのだというその余裕を、ヨエルも感じ取ったのだろう。

「アルノルト殿下。あなたが、本気を、出さないなら……」

「駄目です、ヨエルさま!」

ヨエルが大きく後ろに飛び退いた、直後のことだ。

「まだ甘いな、ヨエル殿!!」

「っ!!」

ザハドが一気に間合いを詰めて、そのままヨエルの懐に入る。後退は前進よりもバランスが取りにくい、その一瞬の隙を貫かれて、ヨエルの呼吸が乱れた。