軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

293 これは秘密の品物です!

半地下造りの店内には、高い位置にある窓から陽光が降り注いでいる。

リーシェは、かつてアルノルトと並んだのと同じ長椅子に、今日はひとりで掛けていた。その向かいには、店主の老婦人が座っている。

「リーシェさま。婚姻の儀を前に、ますます美しくおなりですこと」

「いえ、そんな! ですが、店主さまのようなお方にそう祝福していただけるなんて、嬉しいです」

「あらあら」

老婦人は、孫の青年からベルベット張りの箱を受け取りつつ、リーシェを見守るように尋ねてくれた。

「サファイアも素晴らしく手入れされた輝きですわね。エメラルドの方は、その後いかがでございますか?」

問われたのは、アルノルトの婚礼用の耳飾りについてだ。美しいものの話をするのが楽しくて、リーシェは心を弾ませる。

「昨晩初めて、長い時間着けてくださいました。お痛みや不快感なども無いご様子でしたし、何よりもよくお似合いで!」

「それはよかった。きっと近々あの色をお求めになられるだろうと、探し続けていた甲斐がありましたわ」

「? それは何故……?」

「うふふ」

そんなやりとりを交わしながら、老婦人は全ての箱を開けた。

「さあ。――こちらをご覧くださいまし」

「……!」

そこに並んだ金細工に、リーシェは思わず息を呑む。

「きれい……」

一番右に置かれたのは、金細工の髪飾りだ。

カチューシャ型のヘッドピースで、咲き乱れる花と花びらを象った彫刻は、可憐さと清らかさの双方を象徴するかのようだった。

その隣には、花と戯れる蝶の耳飾り。花に雫を表現した首飾りと、同じく花びらに蔦を絡めた華奢な腕輪。

様々な花の表現を駆使しながらも、華やかな統一感を放つのは、すべてが金細工のみで作られた飾りだからだ。

「ご注文の通り、宝石は一切使用せず、黄金の輝きのみで作り上げた芸術品です。……表面には、一流の職人が魂を注いだ、彫り細工を」

「……まるで、妖精の翅のようです」

糸よりも細い線の彫り込みが、それほどまでに幻想的な輝きを放つ。

光を反射しているというよりも、自ら輝いているような神々しさだ。手を伸ばすことすら忘れて見詰めるリーシェに、老婦人がくすくすと笑う。

「リーシェさまの、婚礼のためのアクセサリーですよ」

「……私の……」

婚姻の儀では、指輪のサファイアを際立たせるために、他の飾りには石を使わない。

そう決めたリーシェが、想像して願った以上の品が、目の前に並べられているのだった。

喜びを噛み締めながら、リーシェは老婦人の瞳を見詰める。

「ありがとうございます。店主さま」

「もうすぐですわね。遠くから、あなたさまを見守っておりますよ」

「……はい!」

老婦人はひとつ頷くと、続いてもうひとつ、小さな箱をテーブルに置いた。

「それから、こちらもご注文の品ですわ」

「!」

老婦人は、リーシェが少しだけ緊張したのを、間違いなく察していただろう。

リーシェは、小箱を手に取って中身を見詰める。

「…………っ」

そこに飾られた『とある物』は、リーシェが秘密裏に用意してもらったものだ。

「……素敵です。とても」

たったひとりの姿を思い浮かべながら、その小箱を両手で包み込み、目を伏せる。

そんなリーシェに、老婦人が微笑んだ。

「間違いなく、あのお方にお似合いになると思いますよ」

「……ありがとう、ございます」

リーシェは笑って頷いたあと、少しだけ寂しい気持ちで考えた。

(きっと、この品をお贈りしたら、困らせてしまうけれど……)

そのとき、不思議そうな声が聞こえてくる。

「どうしたの? 義姉上」

「テオドール殿下」

護衛の騎士を傍につけ、少し離れたカウンターで宝石を眺めていたテオドールが、どこか心配そうにこちらを見ていた。

他人の感情の機微に聡い第二皇子に、安心してもらいたくてこう告げる。

「申し訳ございません。婚儀も目前だと思うと、ついつい気を張ってしまい」

「本当にその自覚あるのかなあ? こんなに直前に、しかもお忍びでアクセサリーを取りに行くなんてさ。しかも、兄上の予定が全然動かせない日に!」

(そういう日を選ばないと、アルノルト殿下に内緒で『これ』を受け取るなんて、出来なかったから……!)

老婦人はにこにこと笑っているが、すべてを察しているだろう。

その上で、テオドールにこう声を掛けた。

「弟殿下にお会いするのも、随分とお久し振りですわ。あんなにお小さかったのに、ご立派になられて……深いサファイアの瞳に、ますます優しい色を宿されるようになられましたね」

「これはこれは!」

テオドールは冗談めかして姿勢を正し、胸に手を当てて、忠実な執事のように一礼した。

「お客さんを選ぶことで有名な宝石商が、僕を褒めてくれるなんて光栄だな」

「テオドール殿下。そのご挨拶は、少しだけ意地悪に聞こえてしまいますよ?」

「僕はもともと意地悪だよ、義姉上。……ねえ、ミヒャエラ・ローレ・ベールマン」

リーシェの傍らに立ったテオドールは、老婦人を静かに見下ろした。

「あなたは、正妃フロレンツィアの『欲しいもの』に心当たりがある?」

「テオドール殿下……」

「…………」

この義弟は、恐らくリーシェのために、敢えてこんな問い掛けをしたのだ。