軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

284 伝えることは出来ません!

「え…………」

ザハドからの思わぬ賛辞に、リーシェはひとつ瞬きをする。

「世辞ではないぞ。本当に、貴女は綺麗だ」

(……これは、どういった計算があっての発言なの?)

女性をそのように褒めることは、社交において珍しくない手法だ。

ザハドの場合は、商人だったリーシェに対しても、場を和ませるように口にすることが多かった。

『まるで、砂漠の中で輝く宝石のようだな。……どうかもっとその顔を俺に見せてくれ、リーシェ』

リーシェがザハドと遠乗りに行き、風の気持ち良さに笑ったときも、何処か幸福そうに言ったのだ。

ザハドは他人の喜びを、自分の喜びのように尊ぶ。それがたとえ、一介の商人でしかない相手であってもだ。

(あの頃のザハドは、私が王の前で気兼ねなく過ごせるように、何度も肯定の言葉をくれた。けれど今は)

「特に……」

長い睫毛と、神秘的な赤色のラインに縁取られたザハドの双眸が、とても楽しそうにリーシェを見詰めた。

「アルノルトのことを話すときの貴女は、どんな瞬間よりも美しい」

「!?」

再び頬が熱くなったリーシェを前に、ザハドはくすっと笑った。

「どうやら、心からアルノルトのことを好いておられるようだな? 妻を娶る気がないと言い続けていたあれが、ようやく身を固める気になったのも頷ける。このような奥方に、愛らしく恋慕われているとあっては……」

「あ、あの、ザハド陛下……!」

リーシェは慌てて両手を伸ばし、懇願を口にする。

「どうか、アルノルト殿下にはこのことを、秘密にしておいてください……!!」

「……まさか」

面食らった顔をしたザハドが、杯を手にぱちぱちと瞬きをした。

「まだ、想いを告げておられないのか?」

「…………っ」

アルノルトに聞こえていないことを祈りながら、何度も頷く。ザハドは口元に手を当てて、無表情のまま何かを考えたようだ。

やがて彼は何かに得心がいったように、片目を眇めた。

「さあて、どうだろうか」

「え……」

「奥方はふとした折にさえ、アルノルトを見詰めておられるだろう。心から慕わしいというような、そんなまなざしで」

ザハドはほんの少しだけ意地悪な微笑みで、声を潜める。

「貴女の想いを、アルノルトが既に察していたらどうする?」

「〜〜〜〜……っ!?」

「はは!!」

はくはくと口を開閉させたリーシェを見て、ザハドは何故か満足そうだ。

「可愛いな。冗談だ」

「ザハド陛下……!!」

これがもし商人人生だったなら、リーシェは率直に拗ねた顔をしていただろう。ザハドは脚を組み替えながら、リーシェの方に酒瓶の口を差し出した。

「だが、アルノルトにも早く伝えてやってくれ。……あれは人心の機微に聡い割に、自分へ向けられる肯定や好感については、最初から無いものとしてしまうからな」

「……それは」

酒を注いでもらった杯を見下ろして、映り込んだ自分の戸惑いを見遣る。

幼馴染を称するだけあって、ザハドの言葉はきっと正しい。たとえばアルノルトは、テオドールがあんなに兄を尊敬していることすらも、まだ本当には実感していないはずだ。

「……申し訳ありません」

ザハドの言葉に頷けないことを、リーシェは詫びた。

「今はまだ、そうする訳にはいかないのです。とある誓いを果たすまでは、アルノルト殿下に打ち明けることは致しません」

「ふむ?」

(それに……)

少し離れた場所で話しているアルノルトの背中を、一度だけ見遣る。

(私は、アルノルト殿下の望みを打ち砕く、敵だから)

リーシェが想いを告げられるようになったとき、アルノルトは傍に居てくれるだろうか。

そんな考えを振り切って、リーシェは再びザハドに向き直る。すると、杯を干したザハドが笑い、真っ直ぐにリーシェを見据えてきた。

(……アルノルト殿下とは違った種類の、何もかも見透かすような瞳……)

アルノルトが最初から全てを知っているまなざしなら、ザハドはまさに『今』暴かれているような、そんな錯覚をいだかせる目だ。

「……やはり、欲しいな」

「ザハド陛下?」

リーシェが首を傾げると、ザハドは不思議なことを口にした。

「貴女がアルノルトの妃にならねばならない理由を、もっと知りたい」

「え……」

「美しい宝石を、みすみす逃すことなど出来ないだろう?」

ゆっくりと杯を置いたザハドが、何処か挑むような笑みで尋ねてくる。

「――貴女は、幼いアルノルトが母君を殺した直後に、あの塔から連れ出した人物ではないのか」

「……その、お話……」

リーシェは思わず息を呑む。

この先を知らなくてはならない。今すぐに全てを知っておきたい。けれど、制限時間だ。

「ザハド」

「!!」

背後から聞こえてきた声は、冷たさを帯びたものだった。

「リーシェに何を話していた」

「……アルノルト殿下……」

振り返ったリーシェは、すぐ傍に立つ未来の夫を見上げる。動揺を隠し切ることが出来なくて、僅かに戸惑いを滲ませてしまった。

「少し、浮かない表情をしているようだが――」

青い瞳でリーシェを見下ろしたアルノルトは、静かにザハドへと尋ねるのだ。

「俺の妻に、何故こんな顔をさせている?」

(…………っ)

緊迫感に、背筋が凍った。