作品タイトル不明
206 この再会は想定外ですが!?
(な、なんでこの人がこんな所に!? いえ、この街には居てもおかしくないどころか、目的のひとつはこの人に会うことだったのだけれど……!!)
だが、考えるのは後だ。
リーシェはその人物の頬をぺちぺちと叩き、過去人生と同じように声を掛けた。
「お……起きて下さい。おはようございます、朝です!」
「……朝……?」
むにゃ、と眠そうな声がして、瞼が開く。
一見すると茶色の瞳が、ぼやぼやとリーシェのことを見上げた。
そしてその人物は、簡素なドレス姿でのそりと身を起こしながら、大きなあくびをして言うのだ。
「ふわあ……。ガルクハイン、もう着いた?」
「到着しています。していますし、詳しくお話を聞かせていただきたいのですが、いまはひとまず健康状態です! 痛むところや吐き気や不調は!?」
「んんん、無……。捕まってる間、暇で眠くて……」
(あ、相変わらずだわ……!)
そのとき、ばたばたと荒い足音が聞こえてくる。
「あの黒髪の男は化け物だ、相手にするな!」
「船を捨てよう、ばらばらに散らばって逃げるぞ!! 『荷物』は置いて行け、どうせ先に着いた船が他の商品を準備している!!」
船乗りたちの張り上げた声に、リーシェは顔を顰めた。
(いくらアルノルト殿下でも、別方向に逃げ出す敵を同時には相手にできない)
それはリーシェも同じことだ。このような場では単純に、人手が必要となる。
リーシェはドレスの裾に手を伸ばし、太ももにベルトで固定した短剣を抜いた。そして、目の前の人物に尋ねる。
「何処も痛むところは無く、眠くて寝ていらっしゃっただけですね? でしたらこれ、お願いします!」
「!」
そう言ってその人物に手渡したのは、リーシェが持っていた短剣だ。
「……ねえ待って。君は」
「では、私はあちらのお方の援護に行きますので!」
リーシェはそう告げて立ち上がると、急いで船室の外に出た。
船倉から甲板に上がる階段は、この船に二箇所あるようだ。それからいくつかの窓があり、そこからでも河に逃げられてしまう。
(とはいえ、残りはたったのこれだけ……!?)
船内に響き渡る足音は、十人程度といったところだろうか。船の規模からして、船乗りは少なくとも三十から四十人ほど居たはずだ。
「そこの女、どけ!!」
「――……」
怒鳴りながら駆けて来た船乗りが、リーシェを排除しようと舶刀を振り上げる。リーシェはアルノルトの剣を鞘ごと使い、その攻撃を受け止めてから刃を流した。
「う……っ!?」
力を分散させられた男は、何が起きたのか分からないという顔をしている。
リーシェはそのまま船乗りの手首を掴み、人体の構造を利用して捻り上げると、床に崩れた彼の首裏に一撃を落とした。
(あと何人かしら……船の外には、逃がさないようにしないと)
ひとり、ふたりと倒しているうちに、アルノルトが大方を片付けて行く気配がする。だが、そのときだった。
「何やってんだ、『荷物』は置いて早く逃げるぞ!」
「待て待て、いくらなんでもひとりかふたりは確保できんだろ! どの女でもいい、引き摺ってでも連れて行くぞ!」
「!」
アルノルトとリーシェの間にある船室へ、ふたりの男が入っていく。
そこは、女性たちが捕らわれている部屋だ。
手近にいる最後のひとりを気絶させたアルノルトが、船室を振り返って舌打ちをする。
だが、アルノルトが間に合わなくても問題がないことを、リーシェはきちんと知っていた。
「きっと大丈夫です、アルノルト殿下!」
「……?」
アルノルトが目を眇めたその直後、女性の悲鳴が響き渡る。
「きゃああああっ!!」
そのあとに、船室から何かが倒れるような音がした。
同時に船室についたアルノルトとリーシェは、ふたりで中を改める。
室内に立っていたのは、赤いドレスを身に纏い、先ほどリーシェが短剣を渡した人物だった。
「……あーあ、全部面倒臭い……」
足元には、大柄の船乗りたちが蹲って倒れている。
赤髪の人物は、ドレスの裾を鬱陶しそうに掴んだかと思えば、同じくぞんざいに長い髪を掴んだ。
「ドレスも邪魔。髪も邪魔。はあ……海賊野郎は結局ボコっちゃったし、これもういいよね……」
「……あれは」
「お察しの通りです。アルノルト殿下」
長い髪に見せ掛けられた 鬘(かつら) が、ずるりと床に落ちる。
鬘の中から現れたのは、鬘と同じ赤髪だがとても短い、ふわふわとした癖毛だ。
「あのお方は、女性の格好をして潜り込んでいらっしゃった――男性のようで」
「……」
その人物は、自身のドレス姿を邪魔そうに見下ろすと、適当な所作でそれを脱ぎ落とす。
ドレスの下には、薄手のシャツとズボンを身に着けていたらしい。
こうしてみると、最初に女性としては長身に感じたその体躯も、男性にしては細身の体型だ。
「ふわーあ……ねむ」
気怠げな雰囲気を纏ったその人物は、くっきりとした二重の瞳を眠そうに緩めた表情で、長い睫毛に縁取られた目を擦っていた。
(相変わらずね。この表現が、正しいのかどうかは分からないけれど)
彼のいまの年齢は、リーシェのひとつ年上である十七歳のはずだ。
青年と呼べる年齢であるものの、どこか線の細い印象があり、女性たちからは美少年めいた顔立ちだと評判だった。
瞳の色は一見すると茶色だが、それは彼がいつも眠そうに俯き、瞳に光が当たらないからだ。
明るいところで見る彼の瞳は、輝くような金色であることを、リーシェはよく知っている。
(騎士人生で、私はずっとこの人と同室で過ごしていたんだもの)
気絶した船乗りは、彼の操る短剣によって倒れたのだ。
アルノルトもそれが分かっているからこそ、静かに彼のことを見据えている。
(島国シャルガの天才剣士。騎士人生最期の戦いのとき、アルノルト殿下から私を庇って命を落としたお方……)
茫洋とした金茶色の瞳が、アルノルトの方へと向けられた。
(……ヨエル先輩……)
短剣を手にしたままのヨエルは、リーシェの前に立つアルノルトの方に踏み出す。
彼の過去の言動をよく知るリーシェは、ぎくりとした。
(駄目! いつものヨエル先輩なら、間違いなくアルノルト殿下を挑発してしまうはず……)
「……そこの黒髪のお兄さん」
そう危惧したリーシェの予想に反し、ヨエルは眠そうな声のまま口にする。
「後ろに居る珊瑚色ふわふわの女の子と、どういう関係?」
(え、私?)
その言葉によって初めて気が付く。
アルノルトがいつのまにかリーシェの前にいるのは、恐らくヨエルから庇うためだ。
「あ、あの。アルノルト殿下」
「……」
「……まあ、今はなんでもいいや……。それより、やっぱ、眠……」
「!!」
その直後、ヨエルがどしゃりと床に崩れ落ちる。
怪我をしたのかと驚いたが、どうやらそれは違うようで、ヨエルはそのまま寝息を立て始めた。
「……」
アルノルトがいささか不機嫌そうに、ぽつりと低く言葉を漏らす。
「……なんなんだ、この男は」
「く、薬の影響かもしれませんし! ひとまず錨を下ろしましょう、船を停めてこの方々を手当てしませんと……!!」
そしてリーシェは、思わぬ形での邂逅について考える暇もなく、しばらくのあいだ忙しく動き回ることになるのだった。
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6章2節へ続く