軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

189 勇気ある申し出

「何しろディートリヒ殿下に接触したのは、きっと組織の末端も末端。ディートリヒ殿下を殺して守れる情報は、組織にとってそれくらいのものですから」

「僕の命、そんな程度なのか!?」

ディートリヒは衝撃を受けているが、むしろ喜ばしいことのはずだ。

(だけどシルヴィアは、そうはいかない。子供の頃から組織に関与していて、末端といえども知り過ぎている……)

だからこそ、命を狙われる。友人である彼女を、リーシェはどうあっても守りたかった。

「……ディートリヒ殿下、ご安心ください。殿下も実は、危険な目に遭うことは決定事項なのです」

「えっ」

「オリヴァーさま」

「はい、ディートリヒ殿下は諜報組織に指示されたようですね。『悪の皇国ガルクハインは、いまのうちに討たなくてはならない。そのために皇太子妃の故国の王子として、皇族に接触してほしい』などと指示されたようですね。そしてその初日の待ち合わせで、あの劇場が指定されたようです」

「ち、違うぞオリヴァー! 僕はもちろん疑ったさ、果たしてガルクハインが本当に悪の国なのかと! そしてこの目で確かめるべく、わざわざ王太子自らこの国に来たのだ!」

大慌てしているディートリヒに、リーシェはじとりとした目を向けた。

再会した初日、ディートリヒがアルノルトに悪しざまな言葉を向けたことを、リーシェはもちろん忘れていない。その視線が突き刺さったのか、ディートリヒはやはりしどろもどろしている。

「ディートリヒ殿下の思惑が、どのようなものであろうと。殿下は諜報組織の思惑通り、私たちに出会った上で、公務中のアルノルト殿下と数日の行動を共にされました」

「え……? あれ……? ひょっとして、僕に親切心で公務見学をさせてくれていたわけじゃなかったのか……?」

「組織の目には、ディートリヒ殿下が順調に接触しているように映ったかもしれませんね。――ですが今夜、つい先ほど、ディートリヒ殿下が滞在なさっている宿屋まで、アルノルト殿下の近衛隊の馬車がお迎えにあがったはず」

ディートリヒは、そこでぽかんとした顔をした。

「……どういうことだ?」

「つまり。――組織の目には、ディートリヒ殿下が諜報を仕掛けようとし、見事失敗して近衛騎士に連行されたように見えるかと」

「なあああああああああっ!?」

「うるさい。大声を上げるな」

アルノルトが不機嫌そうに言い放つ。だが、ディートリヒがどれほど絶望したところで、状況は覆らないだろう。

「組織はきっと、ディートリヒ殿下がすべてお話になったことを察したはず。自分たちの存在が、ガルクハイン側に明るみになったと気付いたでしょうね」

「ひ、ひええ……」

ディートリヒにはすべてを話さないものの、これで状況は決定的になったのだ。

(シルヴィアの命じられてきた諜報は、世界各国の要人を相手取ったもの。だけどディートリヒ殿下やマリーさまへの接触は、明らかにガルクハインやアルノルト殿下を目的にしているわ)

仮にシルヴィアがガルクハインに囚われ、何かを話しても、他国に対する他の諜報と同じだとしか思われない可能性が高い。だが、ディートリヒの話す情報は別だ。

(ディートリヒ殿下がすべてを話してしまえば、『諜報組織の裏で糸を引く黒幕に、アルノルト殿下が勘付く可能性もある』と組織側も考えるはず。……実際は、そんなことよりも遥か前の段階で、アルノルト殿下はお気付きだったのだけれど)

つくづくアルノルトは、さまざまな人の思惑の先にいる。

(今の状況でシルヴィアに尋問をされるのは、組織にとっても絶対に避けたいはず。ここでシルヴィアの口を封じなければ、黒幕に雇われた自分たちの信用問題だし、命が危ないもの)

だからこそ、ディートリヒの口からもガルクハインを狙っている事実が暴露された以上、組織に余力を残している暇などないはずだ。

(組織はきっと、すべての手駒を使ってシルヴィアを殺しにくる。――シルヴィアの唯一の隙である、公演再開日の舞台中に)

改めて、囮役の危険が高い作戦だ。

だからこそリーシェは、ひとつの策を講じていた。

(組織だって、シルヴィアがガルクハイン側に何も話していないとは思っていない。それでも、一刻も早く殺さなくてはならないという心理のはず。……情報の流出を止める、唯一の方法だもの)

「だ、だが……!!」

「ディートリヒ殿下?」

考え込んでいたリーシェの前で、ディートリヒが自分を奮い立たせるように声を上げた。

「ぼ、僕が組織に裏切り者扱いされているのなら、なおさら囮作戦には好都合ではないのか!」

「……!」

「だ、だだだっ、だから! ……だから僕を、囮に、その……」

震えながら口を開いたディートリヒは、心からの勇気を振り絞っている。

「……」

それが分かったからこそ、リーシェはくすっと微笑みを零し、隣のアルノルトの袖を引いた。

「ね。アルノルト殿下」

名前を呼ぶと、アルノルトは眉根を寄せてリーシェを見下ろす。

「ディートリヒ殿下はこう見えて、正義感が強いところもおありなのですよ」

「おいリーシェ、『こう見えて』とはどういう意味だ!! そんなこと言ったら取り下げるぞ!? やらない理由を探すのは得意だぞ、僕は!」

自信満々に主張されるが、それに対しては苦笑いした。

「こんな風に仰っていますけれど。……私を心配してガルクハインに来て下さったというのも、確かに理由のひとつであり、嘘ではないと感じています」

誰かに唆されたという、それだけの理由では無いはずだ。

「……どうでもいいな。そんなことは」

アルノルトは、やっぱり興味の無さそうな顔でディートリヒを見遣った。

「この男がどんな心持ちであろうとも、考え無しにお前を追放した愚者であることに変わりはないだろう。弁解の余地はなく、その機会も生じない」

「ぐううっ!!」

「それに、この男が自主的に何を言い始めようと無関係だ。この国に来て、いまさら姿を見せた以上、余すところなく利用するのは当然だからな」

「もう、アルノルト殿下……」

「り、利用だって?」

ぱちぱち瞬きをしたディートリヒに、アルノルトは告げる。

「お前はどの道、囮計画の歯車のひとつだ。……俺の近衛騎士を劇場に配備する、その表向きの理由として、お前の存在を餌にする」

「……へ……!?」

戸惑ってこちらを見たディートリヒに向けて、リーシェもにっこりと微笑むのだった。

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五章7節へ続く