軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

157 未来の旦那さまの計画は

「俺への誘導尋問のつもりなら、もう少し上手くやった方が良い」

僅かに掠れた声は、リーシェを挑発するようでもある。カマを掛けようとしたことは、すぐさま見抜かれてしまったらしい。

「なんとなく胸騒ぎがするだけで、根拠があるわけではなかったので」

「グートハイルに対し、やたらと緊張感の籠った視線を向けていたのも、その『胸騒ぎ』とやらの所為か?」

(……表には、出さなかったつもりなのだけれど……)

ほんの些細な反応であっても、アルノルトには気付かれてしまう。だが、リーシェがグートハイルを注意深く見ているのは、ひとえに未来を知っている所為だ。

そのことまでは、知られるわけにいかない。

「グートハイルさま個人に対し、思うところがあったのではありません」

小さな嘘をついた上で、リーシェは続けた。

「ですが、今日の警備状況については、アルノルト殿下らしくないと感じました」

「へえ?」

「人手が不足しているのは事実だとしても、アルノルト殿下の近衛騎士はずっと少数精鋭でこられたはず。別隊に協力を要請されるきっかけが、『劇場の警備』では弱すぎます」

他国に赴く用件ならいざ知らず、本来なら今日は、何事もなく終わる予定だったのだ。

「ここにきて拡張をお考えなのは、なにか、兵力の必要になりそうな懸念を抱えていらっしゃるからなのでは?」

「……」

リーシェはじっとアルノルトを見上げる。

(これはもちろん、戦争の準備を進めていらっしゃるのかどうか、その動向も気になるのだけれど……)

青い瞳は海のようで、眺めているだけでは底が知れない。

(それだけではなくて。……アルノルト殿下に、何かご心配や憂いごとがあるのなら、少しでもそれを晴らすお手伝いがしたい)

とはいえ、それは難しいことだとも分かっていた。

ガルクハインに来たばかりのころ、アルノルトに『少しでも打ち明けてほしい』と願ったことがある。あれは、リーシェがテオドールに攫われた際のことだっただろうか。

そのときは、まったくアルノルトに届かなかった。

(話して下さることなんて、望めないのかもしれないけれど……)

そう思った瞬間に、目を伏せたアルノルトが口を開く。

「……ファブラニアは、愚かな国だ」

「!」

それは、先日出会った王女ハリエットが嫁ぐはずだった国の名前だ。

ファブラニア国は、他国の贋金を製造していた。そして彼らは、他国から嫁いでくる予定だったハリエットに命じ、ガルクハイン金貨の贋金を流通させようとしていたのである。

その目論見は暴かれ、ハリエットは婚約破棄を決意して、シグウェル国を中心に告発の準備が進んでいる。しかし、そんなファブラニア国の名前が、ここで挙げられるとは思わなかった。

意外に思ったリーシェに対し、アルノルトは淡々とした声音で言う。

「ファブラニアは、ガルクハインと頻繁に交易をしているわけではない。贋金を大量に作ったところで、それを使う機会は限られている。なのに、何故そんな真似をした?」

「かの国は、ガルクハインに一方的な敵対心を抱いているのですよね? 当初はガルクハインに取り入ろうと動き、アルノルト殿下の妹君に求婚して、それが受け入れられなかったからと。不合理であろうともそういった感情から、ガルクハイン金貨を標的にしたのでは……」

そこまで答えたあとで、リーシェは自分の考えを否定した。

(……アルノルト殿下が問題になさっているのは、ファブラニア国の動きではないんだわ)

思考がそこに至ったことを、アルノルトの方も察したのだろう。

「ファブラニア国の連中が、愚行を侵してでもガルクハインに攻撃しようとするのは察しがつく。面倒なのは、それを手引きした存在があるのではないかという点だ」

「ガルクハインの贋金を作るため……ガルクハインを攻撃するために、ファブラニア王室とは違う何者かが、王室をそそのかした……?」

もちろん、まったく想像ができないことではない。

世界戦争は二年前に終わっており、平和な日々が続いているが、そんな期間にも大国はさまざまな戦略を動かしている。

敵対しうる国の国力を削り、有事に備えるというのは、国防の手段のひとつでもあるのだ。

(……未来で起きる戦争において、ガルクハインと渡り合うことが出来るほどの兵力があったのは、世界に三ヶ国だけだわ)

アルノルトは、座席の背もたれに体を預けて目を瞑る。

「とはいえ、兵力拡張に関してあからさまな動きを取れば、他国の諜報が潜り込んでいた場合は筒抜けになる」

それについては同感だ。五度目の人生において、リーシェの所属していた『狩人』集団は、裏で諜報活動を行う組織でもあった。

ガルクハインへの潜入を命じられたことはないが、それはシグウェル国がそう判断したからだ。他国にも諜報はたくさん存在していて、大国であるほど狙われやすいだろう。

「他国も面倒だが、父帝はそれ以上に面倒だ。あの男がファブラニアの動向を知れば、それを利用してどう動くか分からない。兵力を増やすにしても、なるべく父帝の目につかないようにする必要がある」

(……お父君を徹底的に避けようとなさるのは、本当にそれだけが理由かしら……)

アルノルトの父である現皇帝は、好戦的な人物だと聞かされている。

他国が不穏な動きを見せれば、それを理由にすぐさま侵略を始めてもおかしくはないと教わった。

しかし、アルノルトが秘密裏に動くのは、父殺しの革命を見据えている可能性もある。

(ここはやっぱり、未来のアルノルト殿下に繋がる存在――未来の重臣である、グートハイルさまのことについても調べておきたいわ。けれど、私がいきなりあの方を探るのは怪しすぎる)

近付く理由が必要だ。それに、先ほどグートハイルに運んでもらった歌姫シルヴィアの容態についても、リーシェの心配のひとつだった。

(それに、ディートリヒ殿下への対処についても……)

「……」

アルノルトの視線を感じ、俯いていた顔を上げる。間近に彼と目が合って、心臓がどきりした。

「アルノルト殿下?」

「……あの男が、お前の『誕生日祝い』と口にしていた」

アルノルトの言葉に、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。