軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

131 私の七度目の人生は

「ハリエットを見たぜ。『妹』を随分と可愛くしてくれて、ありがとな?」

リーシェがじとりと目を細めれば、ラウルはにんまりと満足そうだ。

「良い目。そういうの、すっごく俺の好みだ」

「……」

口を塞いでいた手がようやく離れ、リーシェは言葉を取り戻す。

「カーティス殿下のお姿で、この振る舞いはいかがなものかしら?」

「その声も良い。俺のこともっと叱ってほしいな」

「……埒があかないわね」

どこまでも冗談めかしたラウルの態度に、心の底から溜め息をついた。

狩人人生では、いざというときにとても頼れる存在だった相手だ。それなのに、味方でない立場だとこうも扱いにくいのかと驚愕する。

「なあ、あんた」

リーシェを壁に押し付けたまま、ラウルが顔を覗き込んできた。

「――ハリエットに、新しい世界なんか見せないでくれよ」

「……なんですって?」

聞き捨てならないその言葉を、リーシェは真っ向から聞き返す。

だが、ラウルはあくまで軽やかな口調のまま続けた。

「残酷なことをしないでくれって言ってんの。あいつがあんな風になったのは、生き残るための戦略なんだぜ? 『自分が悪い』ってことにして、外の世界を遮断する。母親の教え通り、それさえ上手くこなしていれば、自分が酷い環境にいるって気付かずに済むんだから」

「……」

「前を向ける幸せなんか知っちゃったらさ。……婚約者のところに帰って、また言いなりの人生に戻るのが、耐えられないくらいに辛いことだって分かっちゃうだろ?」

明るい声音で紡ぎながら、ラウルはにこにこと微笑んだ。

「それとも、そういう作戦なのか?」

「……作戦?」

「それはもちろん、ハリエットの心を折るための」

思いもよらないことを言われ、リーシェは目を丸く見開いた。

「さっきも言ったけど、あんたは本当に『良い目』をしてる。その人間が誇りにしていること、恥じていること、最後のよすがにしているもの……そういうものを把握して、心の中に入り込んでるんだろ?」

ただでさえ間近にあったラウルの顔が、ますますリーシェに近付いてくる。

「大切なもののため、誇りのため、明るい未来のために。――あんたに見抜かれた人間は、希望を持ってしまいたくなるみたいだ」

リーシェは顔を顰め、ぐっとその肩を押しやるものの、男の体はびくともしない。

抵抗を嘲笑うかのように喉を鳴らし、機嫌が良さそうに見つめてくる。

「それっていいよ、すごくいい。……だってさあ」

赤い瞳が、暗い光を帯びながらリーシェを射抜いた。

「誰かの心を折ることだって、すっごく簡単に出来そうじゃないか」

「……」

それは、獲物を狙う狩人そのものの声音である。

「あのね、ラウル」

狩人人生のような心境で、かつての頭首をたしなめた。

「そういうの、なるべく止めた方がいいと思うわ」

「そういうのって?」

「仕事に関係のないところでまで、自分に嘘をつくところ」

そう言うと、ラウルが一瞬だけ息を呑む。

「――なにを」

「完璧な嘘でもない。だからといって、純粋な本心でもない。……嘘の中に真実を混ぜたり、本音の中に偽りを混ぜたりし続けた結果、ときどき自分でも分からなくなっているのでしょう?」

それは、狩人人生でも告げたことのある言葉だった。

ラウルの振る舞いは飄々としていて、一見すると芯がない。仲間たちは、ラウルらしい軽薄さだと笑っていたが、リーシェには違って見えることもあったのだ。

本当は痛くて辛いのに、平気な顔をして笑ったり。

真剣に怒ってみせたいのに、冷静なふりをしているのではないかと感じられた。

(きっと、あのとき同様に、『そんなことはしていないよ』と誤魔化すのでしょうけれど……)

そんなラウルを想像して、リーシェは複雑な気持ちになる。

しかし、返ってきた反応は、五度目の人生で見たものとは違っていた。

「……本心をさあ」

ラウルは目を細め、ごくごく小さな声で言う。

「見抜かれたら、全部終わりだって思わない?」

「!」

その言葉に、リーシェは思わず瞬きをした。

こんなやりとりをしたところで、ラウルには届かないだろうと想像していたのだ。しかし、思いのほか真摯なその声音が、リーシェの間近で紡がれる。

「俺は、他人に全部を知られる方が、よっぽど怖いよ。……たとえば、自分の本心がぐちゃぐちゃになるよりも」

「……!」

これは、今回の人生のラウルにとって、いまのリーシェが他人だから話してくれた言葉なのだろうか。

「あんただって、そう思わない?」

空虚な響きを帯びた声を、リーシェは受け止めて口を開く。

「いいえ」

脳裏に浮かぶのは、昼間に浜辺で見たアルノルトの横顔だ。

「全部を言えたらって。……自分の秘密を、この人には知っていて欲しいって、そう思ってしまう相手だって存在するわ」

「だけど、あんたも言えていない」

追求されて、言葉に詰まる。

「てことは、だ。本当のことを喋ることが不利益になるってこと、ちゃあんと理解できてるんだろ? なのに俺だけ叱るなんて、ひどいよなあ」

「……ラウル」

赤い瞳が、リーシェのことを探るように見据えてくる。

「あんたにとって、ガルクハイン皇太子との結婚って一体なに?」

「……」

瞬きをした。

「そもそも政略結婚って、女の子の方はどういう気持ちなの。やっぱ、儀式の途中で現れた旧知の男に、攫って逃げてほしいとか夢見たりする?」

「……そんなことを聞いて、一体どうするの」

「鈍感だなあ」

ラウルは、その甘く整った顔立ちに笑みを浮かべ、少しだけ掠れた声で言う。

「あんたが、あの皇太子さまと結婚したくないんなら、俺が攫ってやろうかと思ってんの」

「……」

リーシェは心底呆れてしまい、いよいよ大きな溜め息をつく。

誰かに聞かれたら、それこそ外交問題に発展しそうな発言だ。

ラウルの肩を全力で押し戻し続け、腕がふるふると痺れてきたけれど、平気なふりをして彼を見上げた。

「そういう演技は、やめた方がいいと言ったでしょう」

「けっこう本気で心配してるぜ? 政略のための結婚なんて、どう考えても花嫁は幸せにしてもらえない」

その言葉に対し、リーシェははっきりと反論する。

「あの方に幸せにしてほしいだなんて、願ったことなんか一度もないわ」

ラウルの顔に、どこか歪んだ笑みが浮かんだ。

「……へえ?」

「私の幸せな生き方は、私自身が作り出すものだから。たとえあの方との結婚で、どんな災いが降り掛かることになったとしても、その所為で不幸になるとは思わない」

大きな戦争に巻き込まれても。

その所為で、死ぬことになったとしても。

ほかのすべての人生のように、『皇太子妃』である今回の人生だって、『この道を選ばなければ良かった』だなんて思うはずもない。

後悔のない最期を迎えられるのなら、間違いなく幸せな人生だ。

「私にとって、この結婚がどんな意味を持つものになるのかはまだ分からないけれど。たとえあの方に婚約破棄されようと、お傍を離れないって決めているの」

だから、攫って欲しいだなんて願わない。

「あの方の花嫁になる。――私は、この人生をどんな風に生きるかを、すでに選んでいるわ」

そんな意思を込めてラウルを睨むと、ラウルはふっと笑みを浮かべた。

「……!」

それは、これまでそこにいたラウルの顔ではなく、彼の演じる『カーティス』の笑い方だ。

その瞬間、第三者の気配が近付いていることを悟る。

これまで気が付けなかったのは、ラウルが巧妙にリーシェの意識を引き付け、妨害していた所為なのだろう。

「アルノルト殿下……」

現れた人物の名前を呼んで、リーシェは眉をひそめた。

いまのリーシェは、ラウルによって壁に押し付けられている。

肩をその手に強く掴まれ、顔を間近に覗き込まれて、あまりにも近しい距離だった。

「……」

青い瞳が、真っ直ぐにラウルのことを見据える。

その瞬間、ぴりっと張り詰めた場の空気に、リーシェの背筋がぞくりと粟立った。