軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

113 どうぞ遠慮なくお申し付けを

***

滞在場所となる小さな城は、ヴィンリースの郊外に建てられている。

海辺の街を見下ろすような、小高い丘に建てられた城だ。そこから再び街へと降りるには、数十分も掛からなかった。

(随分と大所帯になったけれど……)

少し離れた場所からは、リーシェの護衛騎士がついてくる。

その手前に歩いているのは、ハリエットの侍女である女性たちだ。そしてリーシェのすぐ後ろには、どんよりと俯くハリエットが歩いている。

ぞろぞろと続く大所帯は、ここにいるのが要人だと触れ回っているようなものだ。

悪目立ちをすると説明したのだが、侍女長だという女性は聞き入れてくれず、こう言い放ったのだ。

『なりません。いくらこのような事態とはいえ、ガルクハイン皇太子妃となられるお方にハリエット殿下を護衛いただくのですから。せめて我々侍女一同は、ハリエット殿下のお傍につき、リーシェさまに掛けるご迷惑を少しでも軽減することが役割です』

侍女長は、リーシェの母親と同じくらいの年齢だろうか。

至極当然のこととして告げられては、押し切ることはできない。結果として、ハリエットを護衛するリーシェたちの一行は、十人ほどの団体行動になっている。

(それでも、せっかくの街歩きを楽しんでもらいたいわ)

リーシェはハリエットを振り返り、にこりと微笑んだ。

「お疲れではありませんか? ハリエットさま」

「ふえっ!? あ、あのう……」

ハリエットは、動揺を露わにしたあとでもじもじと俯く。

そのあとで、侍女たちをちらちらと見遣りながらこう答えた。

「だ、大丈夫です。私のことなんて、気にしていただかなくとも……」

「そういう訳には参りません。船旅の直後だというのに、ガルクハインの街を知りたいと仰って下さったのですから」

騎士のように胸へと手を当てつつ、ハリエットに告げる。

「せめて、少しでも快適にお過ごしいただきたいのです」

そんなリーシェは、腰に一本の剣を提げていた。

黒を基調とした鞘に、金の装飾が施されている。これは、アルノルトの使っている予備の剣だ。

リーシェには少し大きいそれを、「何もないよりマシだろう」との言によって借り受けた。

剣帯も一緒に貸してくれたのだが、一番きつく締める位置のベルト穴でもぶかぶかだったため、新しく穴を開けてもらっている。アルノルトは細身に見えるけれど、リーシェと比べれば、男性らしいしっかりした体格をしているのだ。

ドレスの上から剣帯を巻き付け、そこにアルノルトの剣を提げていると、自然と騎士人生のそれに引き寄せられた。

(それに、騎士としての心得も思い出すのよね……)

騎士たるもの、すべての女性を敬うべし。

それは、愛妻家だった国王による指導だ。かの国で男装し、男として騎士をしていたリーシェも、女性に何度も跪いている。

ここにいるハリエットを守るため、リーシェは真っ直ぐ彼女を見つめた。

「潮風でお体は冷えていませんか? 陽射しが眩しいようでしたら、すぐに日傘をお持ちいたしましょう。お好みのペースで歩きますので、どうぞお申し付けを」

「そ、そそそっ、そんな滅相もないいい……!」

「姫君。どうか、私には遠慮をなさらないで」

白くて小さな手を取りながら、改めて彼女に笑みを向ける。

「今日このときを、あなたさまに楽しんでいただきたいのです。――そのために、全身全霊をかけると誓いましょう」

「……!」

するとハリエットは、前髪に隠れた目元を片手で押さえて呟いた。

「まっ、眩しい……っ」

「やはり日傘をご所望ですか?」

そう言うと、ハリエットがぶんぶんと頭を振る。そのあとでとても恥ずかしそうに、長い前髪で顔を隠しながら俯いた。

数メートル後ろを歩いていた侍女長が、涼しい顔でハリエットに告げる。

「ハリエット殿下。過分な遠慮は、却ってリーシェさまに失礼ですよ」

「は、はい……!」

小柄な体をびくりと跳ねさせ、ハリエットはますます縮こまった。

その様子を見て、侍女長は大きな溜め息をつく。

「国王陛下からは、『ガルクハインで存分に買い物を楽しんでくるよう』とのご慈悲を賜ったはず。ガルクハインへの経済貢献のためにも、まずは宝飾店などを回るべきではございませんか」

「あ、う……」

ハリエットの顔は見えないが、困っている様子なのがよく分かった。

「で、でもその、お金が……」

「何を仰います。陛下から、この大陸の金貨をたくさんいただいているでしょう」

侍女頭は、どこか素っ気ない口振りだ。

「第一に。たとえ本当に持ち合わせていらっしゃらないとしても、そのようなことを感じさせず優雅に振る舞うのが淑女の嗜みです。ハリエット殿下の評価は、そのまま国王陛下の評価にも繋がるのですよ?」

「……ごめん、なさい」

「まったく、いつまで経ってもあなたという方は! リーシェさま、主に代わってお詫び申し上げます」

「……」

リーシェは瞬きを一度したあと、侍女長にもふわりと笑い掛けた。

「いいえ、侍女長さま」

そして一歩を歩み出すと、今度は侍女長の手をぎゅっと握る。

彼女は目を見開いたが、リーシェは構わずに言葉を続けた。

「確かに奥方さまの振る舞いによって、ご夫君が悪し様に言われることもあるでしょう。しかし、少なくとも私の前では、そのようなことをお気になさらないでいただきたいのです」

「っ、と、言いますと……!? それにリーシェさま、何故わたくしの手を握って……」

「ファブラニア国王陛下への評価は本来、陛下ご自身のなさりようによって決められるべきもののはず。ですから、ハリエットさまがどのような振る舞いをなさろうとも、ファブラニア国王陛下への印象が変わることはございません」

美しい皺の刻まれた目が、戸惑いの瞬きを繰り返す。

「それに。――ハリエットさまからは、私を煩わせたくないという、おやさしい心を感じます」

「はえ……っ!?」

リーシェがいきなり振り返った所為か、ハリエットが肩を跳ねさせる。

「ですが、本当にご遠慮はなさらずに。あなたさまに笑って過ごしていただけるのなら、護衛としてこんなに幸せなことはございません」

「ひい……」

「お買い物の件については、どうか明日をお楽しみに。私の贔屓にしているアリア商会が、とっておきの品々をお持ちしますので」

そう言って、前髪に隠されたハリエットの目元を見つめる。

そのあとで、こんな風に尋ねてみた。

「……それと、ハリエットさま。ご自身ではなく、侍女の皆さまのことではいかがでしょう?」

「え……?」

ハリエットの声音が、戸惑いに揺れた。

「ご自身の望みを仰るのに、お気兼ねがあるということでしたら。代わりになにか、侍女の方々になさりたいことは?」

「……!」

「な、何を仰いますリーシェさま!」

侍女長が慌てて声を上げ、首を横に振る。

「我々のことなど、お気になさる必要はございません。それに、ハリエット殿下とて……」

「……っ、あ、あのう……!!」

か細い勇気を振り絞るように、ハリエットが口を開いた。

「あのっ、その、でしたら……」

「は、ハリエット殿下?」

「えぇっと……す、涼しいところに……!! 侍女の皆さんも、座って休めるような、そんな場所が……。あの、船旅で疲れているのは、一等船室にいた私よりも、侍女長さんたちのはず。で……」

段々と小さく掠れていくものの、ハリエットは深く俯きながら、こう続けるのだ。

「す、すみません。出過ぎたことを言っていたら、ごめんなさいぃ……」

ぽかんとしている侍女長を横目に、リーシェはにこりと微笑んだ。

先ほどからハリエットは、侍女を何度か振り返っていた。彼女たちの目を気にしているようにも見えたのだが、もしかしたら心配しているのかもしれないと、リーシェが考えた通りだったようだ。

「承りました。それでは、テラス席のあるお店にご案内いたしましょう」

リーシェもこの街に来たばかりだが、アルノルトに見せてもらった地図は記憶している。

この時間の太陽の位置であれば、海辺を見渡せるいくつかの店が、涼やかな日陰に入っているはずだ。

「……お、お手数をおかけして……」

「滅相もございません。ハリエットさまは、他の方の為に勇気を出せるお方なのですね」

「!!」

侍女のためにと申し出たハリエットは、小さな肩を震わせていた。

希望を伝えるという行為は、彼女にとって覚悟のいることなのだ。それでも、疲れている侍女のためならと、言いにくいことを口に出してくれている。

「あなたのやさしさを、心から尊敬いたします」

「っ、そんな、あの……!!」

そのときだった。

「――……」

リーシェは、ハリエットに伸ばしかけていた手をぴたりと止める。

そして、自身の斜め後方を振り返り、白塗りの建物を静かに見上げた。

屋上付近には海鳥が飛び、みゃあみゃあと互いに鳴き交わしている。

青空に浮かぶ入道雲は、太陽に眩く輝いていた。

「……」

「リーシェさま、いかがなさいました?」

近衛騎士に声を掛けられて、リーシェは彼らに言う。

「迷子の子供らしき泣き声がします。少し、様子を見に行こうかと」

「子供の声? では、自分たちが参ります」

「騎士の皆さんは、少しだけハリエットさまの護衛を。……周りに侍女の皆さまがいらっしゃる状況であれば、少しのあいだ男性がお守りしても、問題はないはずですから」

「あ、リーシェさま!」

騎士たちに止められないうちに、リーシェはするりと路地裏へ入り込んだ。

「……」

足音を消し、限界まで自分の気配を削ぐ。角をふたつほど曲がりつつ、どんどん奥まった方向に進んだ。

白い石造りの路地裏には、人っ子ひとり見当たらない。

(でも、そうじゃないわ)

リーシェは短く息を吐き出す。

そしてアルノルトの剣に手を掛けた、次の瞬間。

「――っ!!」

真上から、いきなり人間が降ってきた。

剣を抜き、頭上に構え、振り下ろされた武器を真っ向から受ける。考えて動いたというよりも、剣士としての反射的な動作だ。

鉄同士のぶつかる音が、きいんと辺りに響き渡る。

人影はすぐさま身を引いて、機嫌良く笑った。

「ふっ、はは!」

灰色のローブを身に纏う、背の高い人間だ。

フードを目深に被っていて、顔の上半分がよく見えない。けれどもその口元は、楽しそうに歪んでいた。

「こんにちは可愛らしいお嬢さん、素敵なご挨拶をどーも。あんな風にじいっと見つめられちゃあ、出てこない訳にはいかないよなあ」

「……」

静かに剣を構えながら、リーシェはその人物を真っ直ぐに見据える。

(見たことのない顔立ち。聞いたこともない声。だけど、この動きは……)

「なあ。――あんた、どうして気づいたんだ?」

フードを被った人物が、こちらを覗き込むような仕草をした。

「俺が、あんたを屋上からずーっと見つめていたこと」

遊ぶような口調で尋ねられて、目を細める。