作品タイトル不明
394.偶然の接触で赤面
翌朝、仕事に戻るヘンリック様を見送る。抱っこしたレオンが手を伸ばし、ヘンリック様に抱きついた。抱える私が近づくと、レオンの陰で額にキスをくれる。驚いたけれど、微笑んでお返ししようとした。
偶然なのかしら。レオンが振り返ったのでぶつかりそうになり、少し横へ移動したら……ヘンリック様の唇に触れる。柔らかく、触れただけ。すぐに離れたけれど、顔が真っ赤になった。
「行ってくる、アマーリア、レオン」
「あい!」
元気に手を振るレオンは、今のキスに気づいていない。ほっとして一緒に手を振った。騎乗した夫の姿が見えなくなったところで振り返ると……フランクが満面の笑みで一礼した。
もしかして、そこから見えていたの?
恥ずかしくなって走り出したくなるが、ぐっと堪える。万が一にもレオンを落としたり、ぶつけたりしたら、私が悲しいもの。フランクの意味ありげな視線を無視し、早足で寝室へ逃げ込んだ。
「おかぁしゃま、ねんね?」
ここは眠る部屋と認識するレオンは、きょとんと首を傾げる。込み上げる羞恥で、ベッドを転がり回りたいのよ。でも行儀が悪いし、レオンが真似すると危ないから我慢。
「ねんねは……しないわ」
お昼寝はまだ先だし、でも顔を合わせると赤面しそう。どうしましょう。
「おにぁ、はな!」
庭の見える大きな窓に駆け寄り、レオンはご機嫌でどこかを指差した。隣に並び視線を揃える。庭師が新しく花壇を整えていた。主寝室から見える場所を優先して、植えることにしたみたい。
台風で折れた花木を植え替える作業が行われていた。かなり太い木が落雷で裂けて、伐り倒す様子も見える。庭師総出の作業に、レオンは目を輝かせた。
「二階ならよく見えると思うから、お昼まで見ていましょうか」
「うん!」
先日のガラス交換もそうだけれど、子供って職人の作業が好きよね。手際が良くて、動きに無駄がなくて、見ていて目を逸せなくなる気持ちは理解できた。まだ恥ずかしいので、リリーに伝言を頼む。
レオンと手を繋いで階段を登った。私が一段上がると、レオンは右足、左足と一段ずつ両足を揃える。倍の時間が掛かるけれど、掛け声をしながら元気に上がった。
「いっち、にぃ」
「ゆっくりね」
階段が終わると、レオンは目の前に飾られた肖像画に目を見開く。
「これ、だぁれ?」
「お母様も知らないの。お父様に聞いてみましょうね」
ヘンリック様の両親ではない、若いご夫婦が描かれている。可能性があるのは、ケンプフェルト公爵家の初代か。または先先代に当たる義祖父母だろう。
すぐに興味を失ったレオンは、左側へ走ろうとした。その手を引っ張り、こっちよと逆方向を示す。かつて家の主人であるヘンリック様の私室だった場所。見晴らしのいい部屋へ向かった。家具はほとんど残されている。
事前に連絡したからか。バルコニーに長椅子が用意されていた。手すりは洒落た幾何学模様の格子で、レオンが落下の心配もない。走ったレオンが、手すりにしがみ付いた。隙間から覗き、うわぁと声を上げる。
「奥様、お茶のご用意をいたしました」
「ありがとう」
イルゼが淹れたお茶に口をつけ、暖かくなった風に身を任せる。目を閉じて大きく深呼吸した。