作品タイトル不明
266.お預かりしますね
やんちゃだと認識していた次男オイゲン様の言葉に、侯爵様は目を閉じて考えた。ハンナ様は涙ぐんで、夫の袖を引く。許してあげて、訴える妻に夫が同意した。
「わかった。……ケンプフェルト公爵夫人はよろしいですか?」
「もちろんです。弟ユリアンが言い出したようですし、ご子息は責任を持ってお預かりします。もちろん大切に……」
「お願いいたします」
勝手に罰したりしないし、蔑ろにもしない。客人として預かると伝える途中で、ハンナ様は静かに頭を下げた。二杯目の紅茶を飲み干し、私は立ち上がる。泊まりの準備は、服を用意してもらうくらいで済む。
扉を開けば、少し離れて待つ使用人が動いた。執事ベルントに、ユリアンがオイゲン様の宿泊を伝える。後ろで忙しく動く侍従の姿を見れば、もうすぐオイゲン様の荷物が整うと判断できた。女性と違って宝飾品や化粧道具がない。何か足りなければ用意するか、届けてもらえばいいわ。
貴族のお茶会は見送りまで含まれ、玄関先で立ち話が長引くことも多いと聞く。まあ、私の場合は体験談ではないのだけれど……。王家とのお茶会は見送りがないし、バルシュミューデ公爵家の時もばたばたと別れた。
一礼したリリーは、玄関先でそっとショールを差し出す。外の気温が下がったのかしら。肩にかけてもらう。夫に寄り添って震えるハンナ様に歩み寄った。彼女の手をとって、両手で包む。指先はひどく冷えていた。
「ハンナ様、ご子息は客人として預かりますから……ぜひ会いにいらして。明日以外ならいつでも構いません。お待ちしておりますね」
「……っ、はい。はい……ありがとうございます」
ああ、また泣かせてしまったわ。包んだ手を握って、必死に頷く姿に安心した。この人は思わずきつい言葉を息子に投げてしまった。それを後悔し、悪かったと反省している。失敗したけれど、取り戻そうと願うなら……親子が分断される心配はいらない。
「公爵夫人、もし何かあれば」
「何もありません。ご子息はユリアンの友人ですもの」
ティール侯爵の言葉を遮り、首を横に振った。まだ声の聞こえる距離にいるオイゲン様に、余計な言葉を聞かせてはいけない。あの子はこれ以上ないほど傷ついたのだから。
いまは離れて、お互いに冷静になれたらいい。縁を切るのは一瞬で、結び直すのは長い年月がかかる。だから切らないよう、大切に育んでほしかった。私が言葉を遮るのは、上位者であっても失礼に当たる。けれど、侯爵夫妻は何も言わなかった。
挨拶を終えて、馬車に乗り込む。向かいに並んで座る子供二人は、仲良く手を繋いでいた。目を合わせないよう伏せるオイゲン様に、ユリアンはいろいろと話しかける。
レオンが素直で可愛いとか、妹のユリアーナが見た目よりお転婆だとか。それから自分の部屋の自慢をして、兄エルヴィンを褒めた。お前は? と促され、兄の話を始めるオイゲン様の声は小さい。まずは痩せた子供に、大量に食べさせるところから始めましょうか。