作品タイトル不明
お茶会の後5
何があったのでございましょう。
「マークはご実家にでも帰っているのですか?」
静かな空間にわたくしは再度問いかけます。
誰も答えません。
マークは夫の従僕ですから、わたくしと顔を合わせない日ももちろんあります。
しかし、こちらに帰ってから姿をみておりません。なんの理由もなく、五日も姿を見なかったことはないのでございます。
部屋には静寂が続きます。
こうも言いにくいことですと、どんなことが起こったのでございましょうか。
…駆け落ち、窃盗、わが家の情報をどこかに流していた、などでしょうか。
どちらもマークがやるとは思えませんが、実際のところはわかりません。
しばらくの沈黙のあと、やっと夫が答えました。
「…そうだ。」
夫の答えに、わたくしはつい、ため息をもらしてしまいました。
夫の言ったことは嘘でございます。こんなにわかりやすい嘘がありましょうか。
執事もあきれた顔をしております。
「教えてくださらない理由を聞いてもよろしゅうございますか?」
「…。」
また黙ってしまわれました。
先ほどから夫は、目線の先をグラスに据えて動かしません。
わたくしは、答えない夫の代わりに使用人たちに矛先を向けることにいたしました。
わたくしの視線は夫に据えて、わたくしは後方にいる侍女に問います。
「ヴァネッサ。話してくださる?」
「旦那様、ピーターさん…。」
侍女は答えではなく、助けを求めました。いつもより大分細い声を、わたくしを通り越し、夫と執事に向けております。
おそらくヴァネッサの眉尻は最大限に下がっていることでございましょう。
侍女の問に、二人は答えません。
今度はわたくしが直接、執事に尋ねます。
「ピーター。何がありましたか?」
「旦那様。」
執事も夫に助けを求めました。
これは夫が口止めをしてるということです。
侍女の動きから、夫の命令を執事が屋敷の使用人たちに伝えたというところでしょう。
使用人たちの助けにも、夫はだんまりを貫いております。
しばらく誰も口を聞かず、三人でグラスを見つめた夫を見つめておりました。
この沈黙を破ったのは執事でございました。
「旦那様、ご勘弁を。」
執事の言葉に夫は言葉を返さず、少しの身じろぎをするだけでございます。
執事はそんな夫に小さなため息で答えると、つとわたくし
を見ます。
そして、衝撃的な隠し事を共有してくれました。
「毒でございます、奥様。」
「毒? 、でございますか?」
予想していなかった言葉に、思わず聞き返します。
「はい、毒でございます。毒に当たりました。」
衝撃的な内容に困惑して夫をみても目が合いません。
いったいグラスの何をそんなに見たいのでしょうか?
毒に当たるということは、自分で飲んだわけではなく、たまたま飲んでしまった、ということでしょうか?
なぜ、そんなことが起こったのでございましょうか?
いえ、そんなことよりも先に確かめるべきことがございます。
「マークは、マークは?生きているのですか?…今どこに?」
「部屋におります。」
執事が教えてくれました。
マークの状態を確認しなければなりません。
わたくしはすぐに立ち上がり、廊下に出ようと一歩踏み出します。
「生きてはいるよ。明日にしなさい。」
急くわたくしを夫が止めました。
夫が侍女に目配せし、わたくしは後にいた彼女によって椅子に座らされました。
「マークの容体は?生きてはいるというのはどういうことですか?」
わたくしはやっと目が合った夫を逃すまいと、早口で問います。
「落ち着きなさい。手足が一部しびれて動かないようだ。看病する者はつけている。医者が言うところには、今は見守るしかない、ということだそうだよ。」
そしてそこまで言って、執事に目配せします。
執事は夫に向かって再びため息をついてからわたくしに説明してくれました。
「奥様、落ち着いてきいてください。いまひとつ、深く座ってください。」
執事はゆっくりとした口調でわたくしを誘導します。
わたくしは、とりあえず座って聞く姿勢を取りました。本当に落ち着くことはできませんが、ふりならばできます。
ですが、一つ息を吐けば、確かに、今すぐに向かう必要がないことがわかりました。
マークが一刻を争うような容体でないのであれば、今から行っても皆に苦労をかけるだけです。