軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6◇大演説

「兄さん兄さん兄さん兄さんすはすは!」

緑色の髪はボブカットに整えられ、瞳はくりっとしている。小柄で線が細く声も高いので、言われなければ女性だと勘違いするほど。

角は小さく普段は髪に隠れているが、たまにチラリと覗く。

抱きついてきたシンラからは、なんだか清涼感のあるいい匂いがした。

その体の柔らかさに思わず驚きながら、オレはなんとかグレンっぽい口調に気をつけつつ口を開く。

「いきなりなんだ、シンラ」

正直心臓が飛び出るほど驚いているのだが、それはおくびにも出さない。

「なんだって、弟分が兄さんの近くにいるのは当たり前じゃないか!」

グレンの記憶では、確かに幼い頃のシンラはグレンにひっついていた。

それこそ雛鳥のように。

だが魔王軍になってからは顔を合わせる機会も減っていた筈。

少なくともグレンの記憶でシンラが近くにいたことは少ない。

「分かったから、離れろ」

「兄さんが冷たくなってから、ボクがどれだけ悲しかったことか!」

シンラがオレの腰に抱きついて離れない。

彼の寂しさを思うと同情してしまうが、どうしたものか。

「し、シンラ殿。我々の会話を聞いていたのですが?」

コキューリアの問いに、シンラが頷く。

「え? そうですけど?」

何を当たり前のことを、みたいな顔で言う。

よし、深く考えるのはやめよう。

この子、変な子だ。

それを受け入れ、話を進める方がよいだろう。

「……分かった。ならばそのまま聞け。オレに協力するか?」

「当たり前だよ! 兄さんはこれからも好きに暴れていいからね? 必要ならボクが森でも畑でもバンバン作るから!」

シンラが興奮した様子で語る。

暴君を甘やかしてどうする。

だが今のオレにとってありがたいのも確か。

「あ、あぁ。頼む」

オレがそう言うと、シンラがふらりと後ろに倒れそうになる。

咄嗟に支え起こすと、彼の鼻からつぅと血が出ていた。

「〜〜〜〜っ! に、兄さんの役に立てるって考えたら、鼻血が……」

グレンは暴力を振るう先をいつも探しており、シンラを守っていたのも弱々しい彼が狙われがちだったからだ。

それと、雛のように後ろをついて周り、尊敬の眼差しで見上げてくるのが心地よかったというのもある。

徹頭徹尾グレンにあるのは『我』のみだったのだが、助けられた者たちはそんなグレンに優しさや慈愛のようなものを感じているようだ。

その勘違いは悲しいが、せめてオレが、これからでもその気持ちを裏切らぬよう頑張っていこう。

彼らの信じたグレンの善性を、今からでも本物にするのだ。

そのことを、かつてのグレンが望まないとしても。

「で、では、残る問題は部下だけですね」

コキューリアも深く尋ねないことにしたようだ。

聡明な魔人である。

「簡単だよ兄さん。ボクの魔法で作れる植物から、すごいクスリが作れるから――」

「それはやめておこう」

そのすごいクスリはすごく非合法な気がする。

「そっか! そうだよね。最初はよくても、いずれ廃人になっちゃうもんね。でもそこは『浮雲』を上手く使えばいいんじゃない? 壊れて治して壊れて治してを繰り返してさ」

つぶらな瞳でえぐいことを言う。

昔からシンラは身内とそれ以外で対応が極端だったが、それは今も同じのようだ。

「申し出はありがたいが、これはオレの統率力の問題だ」

「がっごいいぃ! そうだよね! 兄さんならやれるよ!!!」

胸を押さえて悶えるシンラ。

コキューリアはドン引きしていた。

義理の場合でも、ブラコンという言葉は使って良いのだったか。

ともかく、協力者が更に増えた。

残る問題は、部下の統率だろう。

数日後。

グレンが集めた荒くれ者三百名が、練兵場にあつまっている。

「次の殺しが始まんのか?」「次はエルフの村を焼きてぇなぁ」「それよりグレン様、コキューリアとヤッたんかな?」

あぁ、本当に気が重い。

俺は演説台に上がり、口を開く。

「貴様らの願いはなんだ?」

「は?」「グレン様何言ってんだ?」「金と女と殺しに決まってんだろ。なぁ!」

民度が終わっている。

部下でなければ積極的に関わりたくない者ばかりだ。

しかし、やるしかない。

深く息を吸う。

「オレは孤児だった。かつてほしい物と言えば、まずはメシだった。腹を壊すと知りながら残飯を漁り、泥水を啜るのはあまりに惨めだった」

グレンの記憶を頼りに語り続ける。

「次にまともな寝床。土や石畳の上で寝ると体温が奪われる。冬の時期、ノミが湧いた襤褸布を纏い、孤児同士で身を寄せ合って眠るのは恐ろしかった。翌朝目覚めなかった仲間もいた」

思い返すほどに、グレンの過去は哀れだった。

彼の行動を正当化することは出来ないが、この過去あっての上昇志向だったというのは理解できる。

「他にも色々あるが、すぐに思いつくのは靴か。食料を漁るにも仕事を探すにも、裸足では辛い。知っているか? 裸足で歩き続け、何度も何度も怪我をすると、足の裏の皮膚が厚くなるのだ。少しでも己を守ろうとしてな」

怪我をした時、綺麗に処置することなど出来ないから、傷口を焼いて処理したのも一度や二度ではない。

どれだけ成り上がり、良い飯を食い、身体を鍛えても。

服を脱いだ時に露呈する、惨めだった頃の己の傷跡がグレンは不快でならなかった。

「オレには何もなかった。故に全てを欲し、それらを獲得する為の力がほしかった」

グレンの長話に、部下たちがしびれを切らす。

「なんの話だ?」「おいおい訓示とかないのがアンタのいいところだろ」「校長の長い話系はぶっ殺したくなるんだよなぁ」

「デニー。お前の願いを言え」

「へ?」

困惑気味の声を上げるのは、ボブゴブリンのデニーだ。

力は強いが要領が悪く、グレンのところでなければ軍にはいられなかっただろう。

グレンの頭の中には、部下全員分の記憶がある。登用したのは彼だからだ。

しかし、グレンは部下への興味がなかったようで、名前を呼ぶことはなかったようだ。

だが問題ない。

グレンの興味が薄かろうが、記憶という書物に記されているなら、オレは自在に引き出せる。

「人間の街を焼き払うのが、お前の望みか?」

「お、おれ、おれは」

「言ってみろ」

彼の言葉を待つことしばらく。意を決したように、デニーが口を開く。

「おれは、戦働きで稼いで、きれいな奥さんもらいたいだけだ!」

デニーの心からの叫びに、場がシーンとなる。

「いい願いだ。次、ラウラウ!」

ラウラウは体長2メートルを超えるオークだ。

「お、おれは……おふくろに親孝行してぇ」

デニーが打ち明けたからか、ラウラウも願いを口にする。

「オレには親がいないが、己を育ててくれた者に感謝するのは当然だ! 素晴らしい願いではないか!」

オレが願いをバカにしないことが分かると、次々に部下たちが声を上げる。

「相思相愛の彼女がほしい!」「血を浴びてヒャッハーとか言ってたけど実はオレ綺麗好きなんだ! 戦場でも風呂に入りてぇ!」「肉もいいけど、甘いものも食べたい!」

荒くれ者だって、ただのクズではない。

その内に抱えるものは色々ある。

オレはそれを引き出し、残虐性以外の部分を満たしてやることで、統率しようと考えた。

原作において、グレンの部下の大半は勇者パーティーに殺される。その時にデニーやラウラウが最期の言葉として残したセリフを、オレは覚えていた。

たった一行二行のセリフだが、そこに彼らの人間性が滲んでいて、オレは忘れられなかった。

だから、あの二人を指名したのだ。残りの部下たちが流れに乗ってくれて助かった。

「その願いの成就に、オレが力を貸そう。だから、お前たちもオレに力を貸せ!」

俺の叫び声が練兵場に響き渡る。

果たして、部下たちの反応は――。