軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4◇先代最強四天王に殺されるかもしれない

決闘から数日が経った頃。

王都の屋敷。

オレが執務室で仕事していると、訪ねてきたコキューリアが、こう言った。

「グレン殿、父が是非貴殿に会いたいと言ってまして」

瞬間、心の中で冷や汗がドバッと出る。

原作でもほんの少しだけ触れられたことがあるが、コキューリアの父は先代『氷の番』であり、先代の四天王最強だ。

原作ではグレンとの接点などなかったが、今回は違う。

「ふむ。貴様の父というと、アケロス殿か」

内心の同様を一切表には出さず、平然と応える。

しかし、彼女の父に会ってどうしろというのだろう。

娘さんを性奴隷にさせて頂きました、とでも言えと?

殺されてしまうだろ。

というか、向こうはオレのこと殺すつもりだろ。

オレが彼の立場でも、相手のことは殺すと思う。

娘が性奴隷にされて怒らない親はいないだろう。

「あの、父は今冷静ではないようで……。断りましょうか?」

やっぱり殺すつもりだ。

とても断りたい。

だが断ったらこっちの屋敷に飛び込んでくるのではないか。

なんでこんなことになろうのだろう。

オレは右目を失う展開を避け、破滅エンドから逃れようとしただけなのに。

いや、違うか。

性奴隷という要求がかつてのグレンのものだとしても、勝利の果てにそれを受け入れたのはオレ自身だ。

「……いや、オレの方から出向こうと思っていたところだ」

大嘘である。

しかし、いい機会であることも確か。

覚悟を決めよう。

「そうなのですか?」

意外そうに首を傾げるコキューリアに、俺は頷く。

「オレに親はいないが、こういう時は挨拶に赴くものなのだろう?」

そう言うと、コキューリアが嬉しそうに頬を染めた。

「じぃ〜〜」

コキューリアと夜を共にして以降、ニャルルの様子がおかしい。

ジト目でオレを見ていることが多い気がする。

どうしたと尋ねると「なんでもありません」と言うが、明らかに何かある。

……いや、理由は明白だ。

嫉妬しているのだろう。

普通なら自意識過剰かもしれないが、原作既読のオレはニャルルがグレンに特別な思いを寄せていたことを知っているのだ。

そして、コキューリアもそれに気づいたようだ。

「ニャルル、でしたか」

「! は、はいっ!」

最強の四天王に名前を呼ばれ、ニャルルが緊張する。

オレも緊張してきた。

コキューリアは大事だが、これまで仕えてくれたニャルルも大事だ。

二人にはなんとか仲良くなってほしいのだが……。

そんなことを考えていると、コキューリアが慈愛の微笑と共にニャルルの手をとった。

「わたくしよりも早くグレン殿をお支えしていた貴女を、わたくしは尊敬しています。どうか心のままに」

「にゃ!?」

これはつまり、ハーレム容認ということだろうか。

ちらりとコキューリアを見ると、優しく微笑んでいる。

「優れた者の血は多く遺すべきです」

なるほど、イイジママサタカがいた国とは価値観が違う。

「で、でもでも、ニャルルは獣人で……」

ニャルルが肩を落として言う。

死亡エンドを回避するつもりが、ハーレムルートにでも入ってしまったのだろうか。

しかし、健気にグレンに尽くしてきたニャルルを悲しませるなんて、オレにはできない。

というのは本音だが、それだけではない。

魅力的な女の子に好かれて嫌な気持ちになる者はいまい。

「種族を気にするなら、最初から雇っていない」

と、ぶっきらぼうに言うと、ニャルルが瞳を輝かせた。

「か、体をぴかぴかに洗っておきますにゃ!」

どうやら、感情が昂ると猫語が出てしまうようだ。

正直可愛すぎて毎回表情が緩みそうになる。

さて、改めて。オレたちは現在、グレンの執務室にいた。

かつてのグレンの顕示欲がばりばり現れた無駄にギラギラした部屋なのだが、二人に引いてる様子はない。

ニャルルはオレを否定しないし、コキューリアは暴君の演技の一環だと解釈したようだ。

「コキューリア、一つ訊きたいことがある」

「なんでしょう?」

「お前の父君に贈り物を持って行くならば、何がいい……?」

真剣な顔で問うオレに、コキューリアは柔らかく微笑むのだった。

数日後。

「アケロスだ」

「……グレンスフィオールと申します」

コキューリアの父は、白い短髪を後ろに撫でつけた偉丈夫だった。

身長は二メートルを超え、肩幅も異様に広い。

魔人基準でも、ガタイが良すぎる御方だった。

ちなみにグレンは百八十センチを超えており、こちらも前世基準だと高身長なのだが。

コキューリアの家の屋敷を尋ねたところ、門を通ってすぐに彼に出迎えられた。

普通、屋敷の中で待っているものでは……。

「グレンスフィオール殿、貴殿に魔神決闘を申し込む」

――やっぱりオレを殺す気だ!

そりゃそうだ。可愛い娘が性奴隷にされたのだ。父親ならば相手の男を殺そうとするだろう。むしろ、そうしなければ父親ではない。

傍から見れば、完全にオレが悪役である。

原作から見てもオレは悪役なのだが。

「お父様!」

「お前は黙っていなさい」

コキューリアの方を見もせずに、アケロスはオレを見下ろしている。

視線だけで人を凍らせることが出来そうだった。

オレは目をそらすことなく、ゆっくりと頷く。

「お引き受けいたしましょう」

「グレン殿!?」

コキューリアが驚いた顔をする。

アケロスはコキューリアさえ真剣勝負を避ける相手で、魔王軍最強と呼ぶ者もいる……という設定だった。

原作において戦闘シーンはなかったが、彼から漏れ出る魔力だけでもその評判に偽りなどないことが窺える。

「ほう……。私が誰か知った上で、臆することなく乗ってくるとは。豪胆なのか、愚者なのか」

アケロスは現役時代、敵国の大都市を丸ごと一つ氷結させたという。

しかも、一撃で。

「オレが勝ったら、御息女との交際を認めて頂きたい」

「……では、こちらが勝てば、娘を解放して頂く」

「それは出来ません」

「なに……?」

眼光だけで人を殺せそうな相手に睨まれて内心恐ろしいが、一歩も引かない。

「オレにとって、コキューリア嬢は賭け金に使っていい存在ではありませんので」

最初に性奴隷になれと言っておいて何を抜かしてるんだ……という気持ちだろうが、オレとしては本心なのだから仕方ない。

「…………ご立派な考えだが、それではどうする。私は娘を取り戻す為に魔神決闘を挑んでいるというのに」

ここだ。この局面を乗り切るのに重要なのは。

「オレの命を賭けましょう」

「――――」

アケロスの瞼がぴくりと動く。

「なっ! いけませんグレン殿!」

オレの身を案じてだろう、コキューリアが止めに入る。

「オレが死ねば、奴隷契約も無効です。御息女を取り戻すことも叶いましょう」

「私に勝てるとお思いか」

ズイッと、アケロスが顔を近づけてきた。

底冷えするような声。返答に傲慢さや嘲りを感じれば、次の瞬間に俺は永遠に氷像となるだろう。

「勝てる勝てないではありません」

オレは自ら更に顔を近づける。

まるでキスでもするような距離感だが、こういうのは引いたら負けなのだ。

死にたくないのに自分の命をベットするなんて馬鹿みたいだが、譲れないこともある。

自分に身も心も委ねてくれたコキューリアを賭けに使うことは出来ないし、そんなコキューリアを大事に思うアケロスの気持ちを無視して逃げることも出来ない。

ならば自分が差し出せるものを使って立ち向かうしかあるまい。

死にたくないのと、懸けるべき時に命を懸けるのは、矛盾しない。

命が軽いから賭けるのではない。命ほど重いものを懸けねば釣り合わないと感じただけだ。

正面から睨め合うことしばらく。

不意に、アケロスがフッと相好を崩した。

「なるほど。娘の言っていた通りの御仁だったわけか」

彼はそう言って、俺に手を差し出した。

え?

「試すような真似をして申し訳ない。一人娘故、いまだに可愛くてしょうがないのだ。性奴隷と聞いた時は貴殿を氷像にして砕こうと思っていたが、聞けば大切に扱われているという。しかし娘には交際経験もない。万が一にも騙されていやしないかと不安でな」

それで一芝居打った、というわけか。

……し、心臓に悪すぎる。

こっちは命がけで先代四天王最強と死闘を繰り広げるつもりだったというのに!

「もう! お父様……!」

「ははは、すまんすまん」

和やかな父娘トークをする二人の側で、俺のは心を落ち着けるのに忙しかった。

安堵していい筈なのに、まだ心臓がバクバクいっている。

それでもなんとか取り繕い、改めて一礼した。

「オレこそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」

「よい、よい。……まぁあそこで素直に娘を賭けていたらブチ凍らせていたが」

怖ぇよ……!!!

とにかく、命がけの魔神決闘は回避することができた。

そのあと、屋敷の中に招かれ、コキューリアを交えて食事を共にした。

アケロスは酒が入ると饒舌になるタイプで、原作でも出てこなかったようなコキューリアの子供時代の情報を聞けて、俺は大変楽しかったのだが……。

羞恥心が限界に達したコキューリアが父親を凍らせたことで、お開きとなった。

そのまま帰ってきてしまったが、大丈夫なのだろうか。

「もう、お父様には困ったものです」

帰りの馬車で、コキューリアがぷんぷんと怒っている。

四天王としてではなく、一人の娘としての彼女は新鮮で、微笑ましい。

魔王軍の中でどれだけの者が彼女のこの側面を知っているだろうか。

「あれだけ大切に思ってくれる親がいるのは、よいことではないか」

オレが孤児であることを思い出したのか、コキューリアは真面目な顔になって「そう、ですね」と頷く。

それから、火照った顔でオレを見つめた。

「グレン殿も、き、きっと、そういう父親になれると思います……よ?」

原作では強い女性というイメージだったが、今のコキューリアは可愛すぎる。

危うく心臓が止まるところだった。

「……娘に氷漬けにされないよう、気をつけねばな」

俺がなんとか口にした冗談に、彼女が口元に手を当てて微笑む。

「ふふ、もしくは火あぶりですね」

グレンとコキューリアの子となると、両属性を使えるかもしれない。

とにかく、かつての四天王最強に殺される結末は回避できた。

その日以降、夜のコキューリアが甘えてくるようになったのだった。