作品タイトル不明
22話 顛末
あれから数週間の時が経った。
オレは現在、ベッドで上体を起こすコキューリアの看病をしていた。
「もう……っ。わたくしならば大丈夫ですから……!」
コキューリアが照れと煩わしさを同量滲ませた声で言う。
俺はスープの入った皿から、匙で彼女に一口ずつ飲ませている最中だった。
もちろん、重傷を負った彼女を心配してのことだ。
ちなみに全身火傷を負ったニャルルにも同じように看病しているが、あちらは喜んでくれている。
「何が不満だ。お前を心配してのことだぞ」
「それはありがたいですが、もうとっくに完治していますし、病人扱いは不要です」
「だがな……」
「ふぅ……。グレン殿、そのお気持ちは本当に嬉しいですよ。ですが、わたくしならばもう大丈夫です。それよりも……湯浴みをさせてください」
「うむ、そうか。そうだな。湯で濡らした布で身体を拭うだけでは、さすがに辛かろう。では、誰か呼んで入浴の補助を――」
コキューリアがきゅっとオレの袖を掴んだ。
「貴方ではダメ……なのですか?」
その頬はほんのり赤く染まっている。
ここのところコキューリアとニャルルが心配で、そういったことはご無沙汰だった。
……と言いつつ、ミュークルからの誘いに何度か乗ってしまったのだが。
ともかく、二人とはご無沙汰であった。
「う、うむ。では、連れて行こうではないか」
「きゃ……」
オレはコキューリアをお姫様抱っこし、浴場へと向かうのだった。
◇
コキューリアとのことを知ったニャルルやミュークルに同じことを要求されたりがありつつ。
現在、俺は元勇者パーティーの面々を自領に招いていた。
とはいっても、捕虜としているわけではない。
食客扱いとしている。
レジーナにはうちの魔法使いを、エイリとゴードンには兵士の訓練を頼んだ。
最初は敵を強くすることに抵抗を示した彼女たちだが、最終的には応じた。
人類を見限るわけではないが、教会が彼女たちにした仕打ちを思えば、戻りたくないのも無理はない。
原作主人公のリットは、悩んでいるようだった。
ゼニスの件……というより、神の代行者である教会に捨て駒にされた件にショックを受けているのだろう。
元々はゼニスに追放されたことを機に最強への道を歩みだす彼だが、原作よりもゼニスとの仲が短くなったことで、回収できた経験値も少なくなった。
この瞬間戦いになれば、まず間違いなくオレが勝つだろう。
仲間に引き込めるならばよし、そうでなくとも敵対せずに済むよう誘導せねば。
人間を、ましてや勇者パーティーを自領で自由にさせることには批判が殺到したが、魔王様からの許可を得たことで一応は収まった。
魔王様自身は人間を特別恨んでおらず、降りかかる火の粉を払うというスタンス。
とはいえ、人類嫌いの魔族からは、かつてのグレンよりも嫌われてしまった。
……しかし、殺すわけにも帰すわけにもいかなかったのだから、仕方がない。
もしかすると、グレンとして安心できる日は来ないのかもしれない。
そもそも、誰だっていつ死ぬか分からないのだ。
明日以降も、目の前の問題を解決していくしかないのだろう。
だがひとまず、一年。
本来の命日を越えられるよう、打てる手は打っていこうと改めて誓う。
◇
夜。
俺はバルコニーへと出て、虚空を睨む。
「出てこい――サクヤリネイル」
「こんばんは、グレンくん」
自在に動かせる雲に乗った、白髮の魔人。
魔王軍『三界』『浮雲』のサクヤリネイルは、にっこりと微笑んだ。
「オレに何の用だ」
「いやぁ、きみこそ、訊きたいことがあるんじゃない?」
「ゼニスを治したのは、再びオレにぶつける為……いや――オレにゼニスを殺させる為だな?」
俺の答えを聞いたサクヤリネイルは――顔中で喜びを表現しながら、手を叩いた。
「その通り! やっぱり、 今の(、、) グレンくんは違うねぇ! 楽しいよ!」
ゼニスを治療すれば、再び魔王軍を殺しまくるのは目に見えている。
もっと言えば、聖剣を奪ったオレを恨み、再戦を望むのも分かりきっている。
分かった上でゼニスの治療を実行するなら、それこそが目的ということ。
だが、オレとゼニスがただ再戦しても、またオレが勝つだけ。
ただの繰り返しだ。
そんなことを望む者はいまい。
つまり、繰り返しにならず、何かが決定的に変わることを望んでいるのではないかと思った。
ならば、結末は二つしかない。
オレがゼニスを殺すか、ゼニスがオレを殺すか。
そして、オレがゼニスを殺すことを望む理由があるとしたら……。
「いつ気付いた」
「きみがコキューリアちゃんに勝った日」
つまり、オレがグレンスフィオールの肉体に入った初日だ。
「勘違いしないでね? 私は今のグレンくんを気に入っているんだよ。前のままだったら、遠くない内に死ぬことになっていただろうからね」
……原作のグレンの行動に、違和感を抱いた点がある。
彼はプライドが高いが、なによりも勝つことにこだわる。
今勝てないなら、次の機会に勝つ。負けっぱなしでいることが、グレンには耐え難いことなのだ。
その点で言えば、リットパーティーに負けた上で見逃されたなら、一度退却して、次の機会に勝てるよう策を講じる方が、グレンらしい。
しかしグレンは背後からリットに襲いかかり、ミュークルに殺された。
グレンは何故、退却しなかった?
物語の都合以外に理由があるならば、もしかすると――退却が許されない状況だったのではないか。
原作で描かれていなかっただけで、グレンはあの時、リットたちを倒すことが、魔王軍に残る為の最後のチャンスだったのではないか。
だとすれば、その状況を作ったのは……原作時空における、サクヤリネイル?
考えすぎ、だろうか。
「オレにゼニスを殺させる為に、どれだけ被害が出たと思う」
オレはサクヤリネイルを睨みつける。
「殺さなくて済むなら、きみは殺さないでしょ? それじゃ意味がない。同胞の死は悲しいけれど、必要経費だよ」
サクヤリネイルはあっけらかんと言った。
「……そこまでの価値があったのか」
「あるさ! きみは前のグレンくんとは違う。見ていればわかったよ。人を殺したことがないって。できるだけそれを避けたいんだって。一般人なら立派な心がけだけど、ダメだよ! だってきみは魔王軍の『四天王』なんだから!」
「オレに魔王軍としての心構えを備えさせる為に、こんなことを?」
「そうだよ?」
何を当たり前のことをとでも言いたげに、サクヤリネイルは首を傾けている。
「その為に、多くの兵やコキューリアを、危険に晒したと?」
「うん」
「コキューリアが死んでいたら、どうするつもりだった」
「コキューリアちゃんも失うには惜しいから、助けたんじゃない?」
そうでなければ、見捨てていたということ。
「最後に一つだけ訊く。ゼニスが魔剣を手にしたことを、知っていたのか?」
「え~?」
「悪いが、今、諧謔の類を聞く余裕はない。簡潔かつ明瞭に答えろ」
こいつが今のオレよりも強かろうが知ったことか。
答え次第では、許すつもりはなかった。
サクヤリネイルは何を思ったか、笑みを消して答えた。
「……知らなかったよ、本当さ」
「ゼンバーグの件は」
「そちらにはまったく関与してないよ」
「……今回のところは、信じよう」
「それは嬉しいね。さっきも言ったけれど、最近のきみはとても面白い。とても好きだよ」
「そうか」
突如、サクヤリネイルから表情が消える。
「けれど、魔王様の宝具は壊させない。あれは、我ら魔族の希望だからね」
「…………」
リットと話していたことも筒抜けか。
反逆者扱いされてもおかしくないが、知られたのがサクヤリネイルなのは救いなのかどうか。
「君はこれから成功を収めていくだろう。乞われれば喜んで協力するよ。だから、最後はあの人間の子を裏切るんだよ? 我々は同志なんだから」
リットとの約束を守って、宝具を使えるようにしてやるのか。
オレが命の安全を確保できるくらい強くなった段階で、奴を切り捨てるのか。
サクヤリネイルは後者を強制しようとしている。
オレのことを気に入っているというのは本当だろう。
だがそれは『今の方が魔王軍に役立つから』でしかない。
そこから外れた時、こいつはオレの敵になる。
「今後、貴様とオレで利害が一致することもあるだろう。その時は、遠慮なく貴様の力を利用させてもらう」
「うんうん、仲良くやろー」
「だが、次に罪なき兵士や、オレの大切な者たちの命を軽んじたら、貴様を殺す」
オレの言葉に。
サクヤリネイルが歓喜の表情を浮かべた。
「それだよ! 一度殺すと、当たり前に選択肢に出てくるだろう? きみを、その段階に進めたかった!」
言われて、愕然とする。
つい先日、コキューリアに諭してもらったばかりだというのに。
これまでも、命令を下したことはある。決断したことはある。
魔王軍四天王を続けるにあたって、敵味方が死ぬと知りながら作戦を指揮したことはある。
何度も魘される夜を過ごしたが、次第に慣れてきたことにも、気づいていた。
だが、確かにオレは、そのように考えたことはなかった筈だ。
前世から合わせても、たったの一度も、相手を殺すだなんて、考えたことがなかったのに。
確かに、サクヤリネイルのように、ゼニスとの決着を通して、俺の中にはその選択肢が植え付けられてしまった。
「せっかくユニークなアイディアを次々出せるのに、不殺なんてつまらない縛りがあったら、惜しいだろう? うんうんよかった。これからも、魔王様の為に頑張っておくれよ?」
あぁ、理解した。
死亡エンドを回避するだけでは、ダメだ。
強くならなければ、利用されて終わる。
自分だけならばまだしも、仲間や部下まで利用されるかもしれない。
自分の死だけ回避できても、それでは意味がない。
誰にも利用されないくらいの強さを手に入れなければならない。