作品タイトル不明
20話◇再びの勇者
軍と共にゼニスが現れたことに気付いた時、コキューリアは驚かなかった。
『浮雲』のサクヤリネイルが彼を治療したことは聞いていたし、魔族に負けたまま引き下がるような男でないことは、これまでの報告を聞いているだけで分かる。
ゼニスはパーティーメンバーも連れていたが、とても連携出来ているとは言い難かった。
反面、コキューリアの部隊は統率がとれている。
グレン相手に敗北を認めた件でも配下からの忠誠心は下がらなかった。
むしろグレン暗殺を企てる過激な部下たちを抑えるのが大変だったほどだ。
砦を守る十二魔将との連携もうまく取れており、人類側は責めあぐねていた。
石の防壁の上には、コキューリアの魔力が込められた氷の盾が展開されている。
人類の攻城兵器や並の魔法使いでは、とても突破出来ない。
「妙ですね……こうなることは人類側も読めていた筈」
それなのに、この国は軍を派遣した。
背景に教会からの圧力があるとの噂もあるが……。
「あーあーあー! ダメだこりゃ! お前らじゃどうしようもねぇよ、どけ!」
驚いたのは、ゼニスの行動だ。
彼は人類の軍に紛れていたのだが、突如として周囲の友軍に斬りかかったのだ。
ゼニスに斬られたものは、まるでミイラのように一瞬で干上がり、骨と皮だけになって地面に落ちる。
そんな不気味な戦死者が、瞬く間に数十数百と増えていく。
彼を止めようとした者も彼から逃げようとする者も、どんどんゼニスに斬られていく。
「ゼニスさん! やめてくださ――」
「うるせぇぞ! てめぇは死ぬまで俺を強化してりゃいいんだよ!」
強化付与士リットを含むパーティーメンバーたちの首には、光の首輪が装着されている。
その首輪の効力なのか、メンバーの誰もゼニスに逆らえないようだった。
「こ、コキューリア様、これは……」
「攻撃を継続。敵が仲間割れをしてくれたのです、感謝しましょう」
部下に向けて冷静に言うが、内心は混乱していた。
――あれは、魔剣……?
魔剣とは、魔法の力を宿した剣の総称。
聖剣が単体で能力を発揮するのに対し、魔剣の能力は使用者の魔力を消費することで発動可能。
コキューリアの『氷雪剣』ならば、彼女の全魔力を注いでも四秒しか時間を止められない。
破格の能力に見合う、燃費の悪さなのだ。
統制のとれなくなった敵軍は、多くが魔王軍に討ち取られた。
だが、ゼニスが殺した数も凄まじい。
彼の剣は人を殺すごとに形を変え、今や邪悪に脈動する大剣と化していた。
「あの赤髪のクソ魔人を出せ」
それがグレンを指しているのは明白だったが、従うわけがない。
砦から魔法兵たちが無数の魔法を放つ。
それらは真っ直ぐとゼニスへ向かい――剣の一振りに飲み込まれた。
「無駄だっつの、ばぁか! この魔剣は喰ったもんを力に変える。普通の魔剣は使用者の魔力を必要とするが、こいつは特別製! 喰ったもんの魔力で動き続ける! 分かるか! 殺せば殺すほど強くなる最強の剣なんだよ! 誰がこれに勝てるってんだ! あぁ!」
――そのような都合のいい魔剣があるだろうか。
確かに、使い手の魔力を消費しない、例外的な魔剣も存在する。
だがその全てが、魔力の代わりに別の何かを消費するものだった。
少なくとも、他者の命を身代わりに強くなれる魔剣というのは、コキューリアは聞いたことがない。
とはいえ、目の前のゼニスと魔剣が脅威なのは間違いない。
「チッ。おいレジーナ。あの壁をぶっ壊せ」
「……『 大爆風(はぜろ) 』」
バーンズの比ではない爆破魔法に、砦が大きく揺れる。
コキューリアの展開した氷壁がなければ、今ので崩れ落ちていただろう。
その氷壁も、今の一撃で破壊されてしまった。
魔人でもないというのにこの魔法威力。
レジーナは人類稀に見る大魔導士のようだ。
このままでは、砦が落ちる。
「……ふぅ。わたくしが出ます。指揮は任せましたよ」
「コキューリア様、それは……!」
コキューリアは部下の制止を振り切り、魔力強化を用いて砦から飛び降り、ゼニスの前に立った。
「なんだぁ?」
「『四天王』『氷の番』コキューリア、参ります」
「地獄に参れよ、クソ女」
「『氷雪剣』」
時が止まる。
コキューリアだけが動ける世界。
今日の戦いで消費した魔力も考慮すると、使えるのは三秒ほどか。
コキューリアは素早くゼニスの首を刎ねた。
これで一番の厄介事は取り除けた。
使ったのは二秒。即座に『氷雪剣』を解除する。
「同胞を殺めた貴方こそ、地獄行きでしょう」
地面に転がったゼニスの頭部と目が合う。
「いいや、テメェだね」
「な――ッ」
咄嗟に『氷雪剣』を再発動したコキューリアの判断は見事の一言に尽きた。
残る一秒で許される限りの回避行動をとったコキューリア。
しかし再び時間が動き出すと、その左腕の付け根から先が失われていた。
胴体だけ残ったゼニスが振るった魔剣に『喰われた』のだ。
コキューリアは即座に傷口を氷結させ、止血を試みる。
彼は転がる頭部を拾うと、それを首に装着した。
黒い何かが、頭部と首を接合する。
「うぉ? こいつは中々美味いな。そうか、四天王。強い奴ほど美味いのか」
「嘘でしょ……ゼニス」「これでは化生の類ではないか……」「もう、ゼニスじゃない……」「神の代行者である教会が、こんな魔剣を……」
ゼニスの仲間たちまで驚いている。ということは、四人は巻き込まれただけか。
「……なるほど、使い手さえも食らう魔剣ですか」
「バカが! これは同化だ! 喰ったカス共と違って、オレはオレのままなんだよ!」
ゼニスが初代の使い手ということは考えづらい。
魔剣は聖剣と同じく古い時代に生み出されたもので、新たに生み出す技術はないからだ。
では先代までの使い手はどうなったのか。
おそらく、魔剣使用に必要な魔力を賄えなくなった時、使い手の魂さえも喰らわれて、魔剣だけが残るのではないか。
ならば、最適解は時間稼ぎと、部下の退避。
「総員、砦を放棄して退却」
動かない部下たちに、コキューリアは叫ぶ。
「これは命令です!」
「あぁ……? ふーん。まぁいいぜ? お前を食い終わったら、すぐにあいつらも喰ってやるから」
「女性に向かって食うなどと、下品な」
「死ね」
限界まで『氷雪剣』を使ったことにより、コキューリアの魔力は底を突きかけていた。
長くはもつまい。
それでもよかった。
彼ならば、必ずここへやってくる。
それまで時間を稼ぎさえすればいいのだから。
◇
オレが駆けつけた時、コキューリアは殺される寸前だった。
目の前がカァッと赤くなる。
頭に血が上っていることに、これほど自覚的なのは初めてだった。
「あ? はは! 来たかよクソ赤髪――」
ゼニスはコキューリアの首を掴んで彼女を持ち上げていた。
俺は迷わず聖剣を引き抜き、炎で加速し、奴の腕を断ち切って彼女を取り戻す。
「――野郎……ッ!? な、なんだぁ……!?」
「すまないコキューリア、遅刻だな」
満身創痍の彼女を安心させるように、俺は努めて微笑む。
左腕を失っただけで重傷だというのに、彼女は意図的に痛めつけられていた。
何故この世界には、そのような下衆ばかりなのか。
「ふふ、本当ですよ。おかげで、下らない男に声を掛けられたのですから」
それでも気丈に笑うコキューリアを見て、思わず彼女を抱きしめる。
「安心しろ。オレが追い払っておく」
「手ぬるいですね。地獄の劫火に焚べてやってください」
「はは、承知した」
気力はとうに限界を迎えていたのだろう。
彼女は俺の返事を聞くと、気を失った。
俺は彼女に向けていた精一杯の微笑みを消し、ゼニスへと意識を向けた。