軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2◇氷の番

魔王軍には『二柱』『三界』『四天王』『十二魔将』など、中学二年生の時分に見聞きすればさぞ心が躍ったであろう、そんな名称の役職がいくつかある。

中でも四天王は遊撃隊のようなもので、どの将軍の下にもつかずに、独自の作戦で人類と戦うことが許されていた。

グレンは功績を上げる為に人類の街を片端から焼いていたのだが、そのやり方を非難したのが『四天王』『氷の番』コキューリアだ。

氷のような色合いの長髪と瞳、氷柱のような角、いてつく視線、すらりとした体型に豊満な胸部。

イラストでしか見たことのなかった美女が、現実として目の前に立つ衝撃たるや凄まじい。

「遅刻せずに来るだなんて、珍しいですね」

決闘の会場に向かうと、彼女が開口一番皮肉を言う。

オレはフッと嘲笑うように息を吐いた。

「美女との逢瀬に遅れるわけにはいかんだろう?」

あまり急激に態度を変えると不自然極まりないので、対外的にはグレンっぽく振舞わねばならない。

だがグレンとして喋ろうとすると悪態と皮肉と恫喝だらけになるので、微調整することさえ難しかった。

これでも、俺が出せるギリギリの皮肉なのだ。

「……貴方との逢瀬だなんで怖気が震いますが」

コキューリアが美しい顔を心底嫌そうに歪めた。

――うぅむ、嫌われている。

人に蔑みの目で見られるのは辛いが、今はそれどころではない。

俺たちは今、場外の闘技場にいる。

魔王軍は荒くれ者が多いので、こういう場所も用意されていた。小規模のコロッセオみたいな空間だ。

観覧席のほとんどはコキューリア派で、静かにオレがボロ負けするのを待っている。

「オレはお前を気に入っているがな」

「何度も聞きました。この容貌がお気に召したのでしょう。ですが、その者の価値とは中身にあるのですよ」

「オレの中身が気に入らんか?」

「貴方の浅い底は、露呈するまでもなく誰もが知るところですが、一体誰が気に入るというのです?」

「グレン様ー! 頑張ってくださーい!」

ニャルルが頑張って応援してくれている。

嬉しいけど、喉を枯らさないようにな。

ここで微笑むとグレンらしくないので、顔は向けずにすっと手だけ向ける。

ニャルルの声が大きくなった。

「……撤回します。貴方を思う者が一人はいましたね」

まぁ、乱暴者だらけの部下たちも「グレン様やっちまってください!」「ぶっ殺せ!」「生意気なメスを裸に剥いてやれー!」などと叫んでいるが、心からオレを応援している者はおるまい。

実際、原作ではこの決闘で負けたグレンを見限って、多くの部下が去ったという記述がある。

そんな中、ニャルルは癒しだ。

「よく働くメイドでな」

「……意外です、そのような顔もできるのですね」

やばい。何かミスっただろうか。

オレはグレンの生き方を変えるつもりだが、周りに不信感を持たれては動き辛くなる。

あくまで自然に変わったように見せたいのだ。

この時点で疑われるのはよくない。

「ニャルルに嫉妬か?」

嫌味を言うと、彼女の顔に嫌悪感が戻る。

「彼女に向ける慈愛を、他者にも向けることはできないのですか?」

ふむ、最終的にはいい感じに落ち着いた。

悪人だが情はあると解釈されたようだ。

ならば、今後その情の部分を自然に増やしていけばいい。

「今からお前にも向けてやる」

「戯言を」

試合、開始だ。

ここに来るまで内心ブルブル震えていたが、既に覚悟は決めている。

「『 氷結塊(いてつけ) 』」

彼女が呟くだけで魔力が励起し、世界に変化が訪れた。

オレの立つステージ半分が氷に包まれたのだ。

いや、オレの立っていた、か。

この規模の魔法を一瞬で放てる者は、グレンの知識では稀だ。

原作知識でも、勇者パーティーの賢者と、主人公の仲間になる魔法使い、あとは魔王様の護衛を務める『二柱』くらいのものだろう。

「『 噴炎(もえあがれ) 』」

俺は炎を推進力とし、空を飛んでいた。

自分でやっておいてなんだが、すごい高さである。

イイジママサタカが子供の頃、何かのイベントで気球に乗せてもらったことがあるが、その時の気持ちを思い出す。

「……この程度は避けますか」

「『 火雨(もえあがれ) 』

この世界の魔法には、特定の呪文は存在しない。

正確には分類上存在するが、使用する者は三流とされる。

オレの場合、使用可能なほぼ全ての魔法は『もえあがれ』と口にするだけでいい。

コキューリアの場合は『いてつけ』だ。

呪文から属性以外の具体的な魔法の推測ができないので、敵からすれば厄介。

イメージを想起するのに言葉は役立つので、よほど簡単なものでない限り、無詠唱はおすすめしない。言葉をどこまで詰められるかを、魔法使いは日々考えている。

「『 氷結盾(いてつけ) 』」

俺が降らせた火矢の雨を、彼女が氷の盾を展開して防ぐ。氷から煙が上がるが、全て溶けるほどではない。

「『 氷結投槍(いてつけ) 』」

そして反撃とばかりに生み出された馬鹿でかい氷の槍が、こちらに向かって飛んでくる。

「『 炎掌(もえあがれ) 』」

手を象った炎が生まれると、それは氷の槍にそっと触れ、槍を溶かしながら軌道を逸らした。

正面から受け止めて全て蒸発させるよりも、受け流す方が魔力消費が少なくて済む。

「……」

コキューリアの眉がぴくりと動いたのを、オレは見逃さない。

「オレの浅い底を、いつまで漁ってるつもりだ?」

この方がグレンらしいだろうと、煽るような言葉を口にする。

コキューリアは悔しそうな顔をしたが、素直に認めた。

「……わたくしが考えていたよりも優秀であることは認めましょう」

グレンは才能を性格で台無しにしているタイプで、力で押しつぶすやり方にこだわった。

逆に言えば、そんな状態でも、四天王に任命されるほどの才能があったのだ。

性格が災いして四天王最弱から脱脚できなかったが、今の中身はイイジママサタカだ。

敵の攻撃を回避し、時に受け流すことも厭わない。

……って、こんな基本的なことで驚かれる、かつてのグレンの愚直さが悲しい。

そんな内心は表に出さず、オレは笑う。

「ほう。素直なのは美徳だな」

「それを知っているなら、貴方も備えなさい」

「必要性を感じればな」

「『 絶対氷結領域(すべていてつけ) !』

コキューリアが本気を出してきた。

この魔法は周辺一帯を氷結させる高位の魔法。その範囲を闘技場内に留める技術も、観客席には余波しか及ばないよう調整する力加減も、見事だ。

ちなみに、余波で俺の部下たちが凍えているのだが、わざとだろう。開始前の野次に実はキレていたと思われる。

原作だとクールな人物に思えたが、意外と人間らしいところがあるようだ。

いや、魔人らしいと言うべきか。

「『 冠絶焼却世界(ことごとくもえあがれ) 』

こちらも応じるように、魔法を繰り出す。

敵味方の魔力を炎に変える魔法だ。

「な――」

これは本来グレンの使用魔法ではなく、『二柱』と呼ばれる魔王軍きっての実力者が使用したもの。

『二柱』は魔王様の護衛を務める存在で、表舞台には出てこない。だが、グレンはその人物を知っていた。

オレは原作知識と地球人の豊かな妄想力で、この魔法を会得したのだ。

本当にヒヤヒヤした。一夜漬けさえ出来ない、ぶっつけ本番でよく出来たと思う。

想像力が重要な世界かつ、グレンが才能のある人間だったおかげだ。

内心バックバクだったが、そんなこと顔には出さず余裕の表情を浮かべる。

「急いたなコキューリア」

闘技場を包んでいた冷気全てが火炎と熱気に変換され、炎が世界を照らす。

そしてこの全ての炎はオレの支配下だ。

これを再び氷結させる魔力を、彼女はすぐに用意することが出来ない。

――うん、上々の結果だ。

コキューリアには切り札がある。

原作では、頑なに負けを認めないグレンに対し使用したと記されていた。

氷雪剣という魔剣だ。

魔剣とは対価を捧げることで特別な力を発揮する武器の総称。

人類が持つ者に聖剣と呼ばれるものもあるが、あれは別物らしい。

なんと対価が要らないらしいのだ。

ともかく、氷雪剣である。

これは抜いている間、時間を凍結させることができるという破格の魔剣だが、対価となる魔力消費が激しく、彼女の全魔力でも四秒しかもたないらしい。

その四秒によって、原作時空のグレンは片目を失った。

ぶっちゃけ、それが怖くて空を飛んでいたところがある。

だがこれだけ魔力を消費すれば、使えるのは一秒か多くても二秒だろう。

魔力防壁を全開にしていれば凌げる……と、いいなぁ。

俺はこの試合に負けるつもりでいる。

全力で臨んだが一歩及ばず、しかし敗北から学び生き方を改める……という筋書きだ。

さて、コキューリアのことだ、なんとか氷雪剣を使ってくるだろう。

それをギリギリ凌いで、いい感じに負けるのだ。

オレは魔力防壁を展開しながら、氷雪剣を防げることを祈る。

「わたくしの負けです」

「は?」

今、なんと……?