軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1◇最弱四天王転生

『俺』はイイジママサタカ。

ただこれは、前世の名というべきだろう。

「ふむ……」

今の『オレ』は、魔王軍四天王『炎の番』グレンスフィオールだ。

部下たちからはグレン様などと呼ばれている。

『イイジママサタカ』として高校の卒業式に向かう途中で記憶が途切れたかと思えば、オレは『グレン』になっていた。

しかも、オレはこいつ……いや、今となってはオレ自身と呼ぶべきか――を知っていた。

「『優しすぎるからと追放された僕は、新天地で美少女たちと最強パーティーを結成します』に登場する、最弱四天王グレンだな」

朝起きて違和感を抱いたオレは、慌てることなく部屋の鏡を確認。

そこに写った姿は、先程口にしたライトノベルに登場するキャラクターそのものだった。

燃えるような赤い長髪。イラストでは髪を後ろに撫でつけていることが多かったが、寝起きの為か髪はボサボサだ。

原作では眼光鋭く笑顔は嗜虐的だったが、これは中身がイイジママサタカになった影響か、どこか堅苦しい。

そうなのだ。俺はどうにも堅物というか、とっつきにくさを感じさせてしまうようなのだ。

転生前はそれでよく苦労した。

と、今はそんなことを考えている場合ではないか。

「夢ならば放っておけば覚めるから問題ない。だが、夢でなかった場合が深刻だな……」

地球に残したであろう俺の肉体はどうなっているのか。

死んだにしろ消えたにしろ、両親や友人に申し訳がない。

「しかし、そのような心配も、まずは安定を得てからだな」

なにせ、これが現実ならば、異世界に転生したことになる。

まったく別の人生を歩んでいた男の中に、イイジママサタカの精神が入り込んだのだ。

これまで通りグレンを演じるべきか、オレなりに生きていくべきかも決めねばならない。

「いや、ありのままのグレンを演じるのはなしだな」

このグレンという男は、正直かなりいけ好かない男だった。

弱者には傲慢に振る舞うが、強者相手には媚びる。

弱きを苦しめ、主人公相手に劣勢になったかと思えば、魔王軍の情報を売ってでも生き延びようとする。

主人公が慈悲で見逃してくれたというのに後ろから襲いかかり、結局はヒロインの一人に殺されるというのが結末だ。

ヘイトを稼ぐだけ稼ぎ、スカッとする為に倒される悪役。

グレンとは、まさにそんな存在だった。

「グレンを演じるということは、確定した死に向かって突き進むということ」

なにより……。

「世話になった魔王様を裏切るなど、断じて許されない」

世話になったのはグレンであってオレではないが、同じことだ。今のオレは最早グレンなのだから。

もっと言えば、強いからと弱者を甚振ることも、強者に無闇に媚びへつらうことも、度し難い。

グレンは孤児で、それを拾い上げてくれたのが現魔王なのだ。

だがグレンは己に魔法の才があると分かるや増長し、辛かった幼少期の鬱憤を晴らすが如く、粗暴な振る舞いをするようになった。

彼なりに苦しみがあったのだろうが、オレはそれを踏襲するつもりはない。

オレにはグレンの記憶もある。だが、それは彼の人生が記された本を貰ったようなもので、上手くページを捲らない限り、該当の記憶を引き出すことができない。

イイジママサタカの人格を保つ為の措置、なのだろうか。

とにかく、グレンに同情の余地がないとは言わないが、オレにはオレの価値観がある。

「まず、幾つか確認しよう」

オレは作中にあった設定を思い出す。

「確か……魔法には『適性』があり、適性属性ならば、体内の魔力とイメージで発動可能、なんだよな」

グレンにあるのは火属性への圧倒的適性と、感情に呼応して上昇する魔力、だったか。

「『 灯火(もえあがれ) 』」

手のひらを天井に向け、小さな火球をイメージすると――出た。

「ふむ……実際に魔法を目にすると、かなり感動するな」

表情に変化はないかもしれないが、驚いているのだ。

魔法が使えることは分かったし、この肉体がグレンであるとの確信も強まった。

次だ。

「作中だとどの時期なんだ……。生きているということは、主人公たちとの遭遇前なのは確かだが……おっ」

鏡を改めて見ることで、俺はあることに気づく。

「目に傷がない。ということは……」

グレンは主人公と遭遇する一年ほど前に、最強の四天王に決闘を挑んでボロ負けしている。

その際に右目に刃物による傷が刻まれたのだ。

だが今のグレンの右目はキレイなものだ。

つまり、元々の死の予定まで、少なくとも一年以上の猶予がある。

「いいじゃないか。一年あれば、色々と変えられそうだ」

勇者パーティーには、グレンの部下も大勢殺された。

最近はフィクション作品において魔王軍目線の作品も増えてきて、魔族イコール悪という印象も薄れてきたが、実際この世界の魔族は純粋な悪ではない。

魔王様の持つ秘宝に、『願いを叶える小箱』というものがある。

注いだ魔力に応じて奇跡を起こす代物なのだが、人類はこれを奪おうとしているのだ。

人類側にも叶えたい願いがあるのだろうが、随分勝手な話だろう。

この作品においては心優しい主人公が対話で秘宝を借りられるよう交渉しようと言い、それを軟弱だと切り捨てた勇者に追放される、というのが導入になっている。

主人公の優しさと追放理由を描く為の設定なのだろうが、俺は対話を選ぶ主人公に好感を持った。

だが、この秘宝には欠陥がある。

まぁ、今はその話はいいだろう。

とにかく、転生したから人類と仲良しルート、とはいかない。

「まずやるべきは――」

「……失礼します。グレン様」

控えめなノックのあとに部屋に入ってきたのは、茶髪の猫耳メイドだった。

髪型はボブで、くりっとした目をしている。

小柄でしなやかそうな身体、体格に不釣り合いな大きな胸。

名をニャルルという。

怯えたような態度なのは、日頃グレンが乱暴を振るっていたからだろう。

それでいて彼女に嫌悪の感情が見えないのには、理由がある。

「おはよう、ニャルル」

「えっ……あ、は、はいっ。おはようございますっ」

朝の挨拶。たったそれだけのことで、少女ニャルルは嬉しそうに笑う。

獣人は魔族の中でも魔力が非常に低く、蔑まれている。

身体能力は優れているのだが、この世界は魔力による防壁で物理攻撃を防げるし、魔力で身体強化まで出来てしまうので、獣人は魔族内での地位が低いのだ。

ある時、グレンと同じ魔人のグループが、ニャルルとその家族を虐めていた。

虫の居所が悪かったグレンは、暴れる理由として、ニャルルを助けた。

虐げられる同胞を救う為の暴力を責める者はいない。

グレンは己の暴力が肯定される場を常に求めていた。

そんな具合にただの気まぐれだったのだが、ニャルル一家はいたく感謝しグレンに忠誠を誓った。

グレンも家のことをさせるくらいはいいだろうと、彼女たちを雇ったのだ。

しかしグレンの中身はカスなので、それ以降彼女たちは冷たく扱われていた。

それでもニャルルは健気にグレンに尽くし、グレンが殺されたあとは、主人公たちに復讐しようとする。

たった一度、優しくされた恩義をずっと忘れずに。

中身がイイジママサタカになった以上、こんないい子を冷遇するなんて、とても出来なかった。

「お、お召し替えを……」

「いつもすまないな」

「っ!? め、滅相もございません! ニャルルのお役目でございますから!」

人に着替えを手伝ってもらうのはこそばゆいが、断るとニャルルが悲しそうな顔になった記憶があるので、任せることにする。

俺が素直に服を着せてもらっていると、ニャルルは見るからに上機嫌になった。猫耳がピクピク揺れ、尻尾が微かに揺れ動く。

「きょ、今日は決闘の日でございますね!」

着替えが終わり、グレンの髪に櫛を通しながら、ニャルルが言う。

オレは額に冷や汗を掻いた。

「……今日、だったか?」

慌てず、されど確認の意を込めて口にする。

「は、はい。『氷の番』コキューリア様との決闘の日……ですよね?」

――きょ、今日だったかぁ!

目の傷がないことで、決闘前であることを知り、勝手に安堵してしまった。

改めてグレンの記憶を探ろうと試みると……確かに、今日が決闘の日だった。

四天王最強のコキューリアと、決闘の日取りを決めた時の記憶が脳裏に蘇る。

つまり、オレが転生したのは、原作でグレンが片目を失うことになった日。

では、この一年後に主人公たちに殺されるわけか。

余命一年。

これを覆すのはもちろんだが、その前に決闘をなんとかしなければ。

普通に考えて、片目を失うとか嫌過ぎる。

「ぐ、グレン様ならば大丈夫です!」

「……そうだな、ありがとう」

「にゃにゃ!? ……グレン様がニャルルにありがとうって……」

ニャルルが体をくねくねさせながら照れているのは可愛いが、今はそれどころではなかった。

転生直後に訪れたこの危機、どう乗り越えようか。