軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12◇ミュークル

後日。エルエイネ幻影森。エルフの隠れ里があった地点。

「グレンスフィオールさん!」

オレが馬車から降りるや、その姿を確認したミュークルが駆け寄ってきて――オレに抱きついた。

その拍子に、彼女の豊満な胸部が柔らかそうに形を変える。

当然、今日は服は着ている。

内心の動揺はおくびにも出さず、俺は彼女をそっと受け止める。

「息災か」

金糸のような髪が陽光をたっぷりと湛えて美しく輝く。

その瞳は喜びに溢れ、あどけない顔には全幅の信頼が滲んでいた。

出逢い方こそ良いとはいえないものだったが、どうやら嫌われてはいないようだ。

胸の内でほっとする。

同じ美女でも、絶望に歪んだ顔よりも、幸福に満ちた顔の方がよっぽどいい。

「はい! 約束を守ってくれて、ありがとうございます!」

隠れ里は、シンラの植物魔法で元通りになった。

大樹と大樹の間には橋が掛かり、木の虚や枝を上手く使って住居が造られている。

シンラに礼をすると言ったら、昔のように一緒にいたいと言われ、一日中街を連れ回されたが、これであいつの力を借りられるのなら安いものだ。

しかし、どうにもシンラが男には見えないのだが……原作で実は女、なんて裏設定があっただろうか。

転生前に刊行されていたのは六巻までなので、それ以降の展開については知らないのだ。

かといって、弟分に「お前、女か?」とは聞けないし……。

それにライトノベルでは女性としか思えない容姿の男性キャラは珍しくない。

シンラもその可能性はある。

「グレンスフィオールさん?」

考え事をしていたオレの沈黙を不思議に思ってか、ミュークルが顔を覗き込んできた。

「ん? あぁ、問題ない。それと、オレのことはグレンで構わんぞ」

オレの言葉に、ミュークルの表情がパァッと華やいだ。

「はいっ、グレンさん! グレンさんは、今日はどうされたんですか?」

隠れ里を再生する時も訪れたが、今日は別件だった。

「この里のことを知っていたのはバーンズ軍の者だけで、それは我々と勇者パーティーが全滅させたが、他の里に関しては既に多くの者に知られてしまっている」

正確には、バーンズの部下の生き残りはシンラとコキューリアの手勢が捕縛した。

奴らはバーンズから分け前をもらうことで非公式な奴隷狩りに協力していたので、全員が投獄されることとなった。

なので情報漏洩の心配はない。

「……あの、はい」

俺が何を言いたいかわからないのだろう、ミュークルがきょとんとしていた。

「一応、長には話を通しておいたが――おい、連れてこい」

馬車が何台も到着し、部下たちが荷台から――エルフを連れてくる。

その数は一人や二人ではない。

新たな村を作れそうなほどである。

「え? ま、まさか……」

ミュークルが信じられないという顔で目をぱちくりさせている。

「うむ。バーンズが奴隷にしたエルフの一部だ」

あのあと、オレは『バーンズの凶行を止める為に任務に同行したところ、勇者パーティーの襲撃を受けた。バーンズとその部下はやられてしまったが、なんとか勇者から聖剣を奪取することに成功』と報告し、更に『中立の立場の者を虐げるのは魔王様の本意ではないので、これを禁止とし、既に売られたエルフたちも救出すべき』と訴えた。

これに対し、コキューリアを筆頭とした良識派からの賛成票が多く集まり、魔王様からの承認も得られた。

というわけで、エルフを奴隷にしてる悪い魔族と悪い人間はぶっ倒しまくっている。

しかし救出したはいいが、彼女らの行く先がない。

かつて滅びた隠れ里は、奴隷商人や関係者など人間にも知っている者がいるかもしれないので避けたいし、そもそもバーンズは男は皆殺しにしていた。

里だけシンラに再生させても、男手がいないのでは困ることもあろう。

というわけで、ここに連れてきたわけだ。

「すごい! すごい! グレンさんは、エルフの救世主です!」

ミュークルが飛び跳ねて喜んでいる。

解放されたとはいえ、元奴隷のエルフたちの表情は優れないが、同胞との生活で少しずつでも、心の傷が癒えればいい。

「グレンスフィオール様」

ミュークルに続き、この隠された里の長がやってくる。

美しい女性で、実はミュークルと並んで裸に剥かれていた人でもある。

ミュークルの母親らしいが、姉妹にしか見えない。

「長か。エルフの受け入れに感謝する」

「こちらこそ、同胞を救出してくださり感謝の念に堪えません」

「それで、例の件だが、考えてくれたか?」

オレの言葉に長が頷いた。

「はい。魔王国へ、使節団を派遣できればと」

エルフは中立だ。しかしこの中立とは『どちらともうまくやっていく』ものではなく、『どうでもいいからうちに関わるな』という排他的なものだった。

人類も魔族も、その美しさや有能さについて知りながら、エルフに拒絶された立場。

バーンズの行いは許されることではないが、真の中立には、力とバランス感覚が求められると思う。

友人関係にたとえるとわかりやすい。友人Aと友人Bが喧嘩した際、仲裁を務めるにしろ無関係を決め込むにしろ、その立ち回りは重要だ。

片方に肩入れすればもう片方に恨まれるし、その問題に関わらない場合は理由を上手く説明しない限り、両者から不満を持たれるかもしれない。

自分はその喧嘩にまったく関係ないのに、自分に対する評価が変動し得る。

エルフはこの戦争の中で、自分に火の粉が飛んでこないよう、動き回る必要がある。

オレはその手助けをすべく、魔王様から、エルフの使節団を迎え入れる許可を得た。

魔王軍に組み込むのではなく、エルフという種族と、国家として関わりを持つ。

これだけでも、第二第三のバーンズが生まれることを抑止できるだろう。

エルフは魔王様が認めた種族、という扱いになるのだから。

そしてこのことを知れば、エルフを魔王軍に取り込まれてなるものかと、人類側もエルフにコンタクトをとる筈だ。

両者にとって、エルフは軽視できない存在になる。

「そして、その使節団の長には、ミュークルを指名いたします」

「え? わたし?」

これについてはミュークルと同じく、オレも初耳だった。

「ミュークル、貴女の気持ちには気づいています。エルフの慣習にはそぐいませんが、グレンスフィオール様ほどのお方ならば、反対する者はいないでしょう」

……ん?

それではまるで、ミュークルがオレに好意を抱いているようではないか。

「えっと、つまり……わたし、グレンさんと一緒に行っていいの?」

「えぇ。お付きの者たちの言うことをよく聞いて、エルフの為に尽くすのですよ」

「やっっっった~~~~!」

ミュークルが再び飛び跳ねて喜ぶ。

「いや待て……長よ」

「なんでございましょう、グレンスフィオール様」

「ミュークルは、今年で幾つになる」

原作でもそこは明らかになっていないのだ。復讐の鬼と化したミュークルはクールキャラなので、振る舞い的に二十代くらいに思えたが、今の彼女のテンションは完全に十代女子だ。

「まだ百十八の若輩ではございますが、グレンスフィオール様のお邪魔となることはないでしょう」

百十八! そ、そうだった……エルフって千年以上生きるんだった……。

「グレンさん……わたしじゃ、ダメですか?」

ミュークルがうるうるとした瞳で上目遣いに見上げてくる。

原作でグレンを殺した子とは思えぬほど、可憐で健気だった。

「……いや、お前がいいのなら、オレは構わない」

「えへ。わたしは、グレンさんと一緒にいたいです!」

輝く笑顔に心臓が射抜かれる。

ミュークルとは、こうも魅力的な子だったのか。

「ふむ……だが、いいのか? 前にお前が言っていたように、真の善人ならば事が起こる前に止められただろう」

ミュークルが首を横にふる。

「わたし、コキューリアさんやニャルルさんと話して、分かったんです! やりたいことをやるのは、簡単じゃないって! グレンさんはご自分の力の及ぶ範囲で、わたしたちを助けようとしてくれました。エルフは魔王軍への協力を拒んだ種族で、助ける義理なんてないのに」

義理はなくとも理由はあった。

君に殺される未来を回避したかった、とはとても言えないが。

「オレは、バーンズが気に食わなかっただけだ」

これもまた事実。

「はい、わかっています。そんなバーンズの亡骸さえも、グレンさんは大事に抱えていたことも。貴方ほど優しくて慈悲深い人は見たことがありません。そんな貴方だから……一緒にいたいんです」

ミュークルがはにかむ。

バーンズの首を持ち帰ったのは、遺体を弄ぶゼニスが気に食わなかったからだ。

あいつを勇者に始末させようと考えたのはオレだというのに、身勝手な感傷だという自覚はある。

ちなみにゼニスは、レジーナの治癒魔法で一命をとりとめたらしい。だがレジーナは治癒に特化した魔法使いではないので、完治には時間がかかるという。

この世界、いわゆる白魔導士が大変貴重なので、大きな傷を負った者はすぐに戦線復帰できない。

その点、魔王軍は王都まで戻れば『三界』の『浮雲』が治してくれるので、人類からすれば厄介極まりないだろう。

そういえば、原作ではグレンの右目に切り傷があったが、これを『浮雲』に治してもらうことは出来なかったのだろうか。

グレンが、プライドから頼めなかったとか?

記憶を探ると、そもそもグレンには他人に治療を頼むという考えがなかったようだ。

どこまでプライドが高いんだか……。

まぁ、それはいいか。

「よろしくお願いしますね――グレンさん!」

「……よろしく頼む」

今は、ミュークルを仲間に出来たことを喜ぼう。