軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お前の命は勿論、このブルーム子爵家の存続は全てお前にかかっているからな(3-3)

「なあに? 違うと言いたいの?」

ヴァイオレットは、笑うような、拗ねるような、ダイアナがよく目にする表情でわざとらしく首を傾げてみせた。

「いえ、ヴィオラ様は薔薇のような高貴さも、百合のような気高さも、菫のような可憐さもお持ちです!」

「そうだよねえ。鈴蘭とか水仙とか」

レイモンドも頷きながら、言葉を続ける。

「それ、毒のある花ですわよね?」

ヴァイオレットが眉を顰めると、ばれたか、とレイモンドは笑った。ダイアナは二人の気安さに驚いた。

「兄上は、毒も含めてヴィオラ嬢を愛しているし、毒があるから安心しているところがあるからね」

「そうね。わたしに毒がなければ、心配して監禁されていたかもね」

ヴァイオレットもあっさりと頷いた。

「君も、ヴィオラ嬢の傍に居るなら、毒を持った方が良いよ」

そう言ってウィンクするレイモンドの手を、ヴァイオレットはパシリと叩いた。

「わたしのお友達に余計なことを言わないでちょうだい。わたしはここで少し休んでいくから、後は頑張ってくださいね」

「えー、まだ始まったばかりなのに、私をあの群れに一人で放り込むのかい?」

「途中で助けに行ってあげますわ」

「お願いするよ。あーあ、兄上とヴィオラ嬢が羨ましいよ」

渋々という表情で、レイモンドはこの場を離れて行った。すぐに人が群がっていく背中を、ダイアナは気の毒に思いながら見送った。

「さて、少しお話をしましょうか、ダイ?」

そう言って、近くの用意されているテーブルに二人で座った。さり気なく周りを護衛騎士や侍女たちが固めているので、他の人間が近寄ろうとするのは無理だろう。

「……わたしのこと、幻滅しましたの?」

どこかしょんぼりとした声で俯く様は、ごく普通にダイアナが今まで見てきた十歳の少女の姿であった。

「まさか! とても格好良かったです! 思わず見惚れました。さすがヴィオラ様でした! 本当に素敵で、だけど、その」

その言葉を口にすることが、ダイアナは情けなくて躊躇した。

「わたしは、ヴィオラ様のお役に立てるのでしょうか……」

容姿とか、ドレスとか、そんな単純なことではない。

初めて会った時から、お姉さんなんだから守らなきゃ、と思っていた。ずっと、わたしが守ってあげるんだ、教えてあげるんだと思ってきた。

でも、途中から本当は分かっていたのだ。自分が教えられるようなことは何もないのだということを。

ヴァイオレットは、一人で毅然と、立つことが出来る人だ。

なんて、格好良い人なんだろう。

では、わたしが、この方の為に出来ることは何だろう?

そう思うと、何も出来ない自分が恥ずかしく、ヴァイオレットの傍に立つことが分不相応に思えた。

「そうやって、わたしの為に悩んでくれる人がどれだけ貴重か分かる? 貴方たち兄妹は、自分の価値を分かっていないわね。さっき、レイモンド様がわたしやディーを羨ましいと言ったでしょう? 阿(おもね) ることなく媚びることもなく、意見を言ってくれる臣下というのは、まともな 主(あるじ) なら喉から手が出るほどに欲しいものなのよ」

「いえ、わたし、そんな大した意見なんて言ったことないですよね?」

ダイアナには、ヴァイオレットはどちらのリボンが似合うか、というような事しか意見を言った記憶はない。

「意見、というか。貴方はわたしに、芝生の上に座ることや寝転ぶことを教えてくれたわ。宝石ではなく、花で作られた冠を渡してくれた。くるりと回ると、スカートの裾がふわりと広がって、とても綺麗で楽しくなることを教えてくれた」

「か、勘弁してください……」

ダイアナは顔を覆った。だって、知らなかったのだ。自分にとっては当たり前な事が、公爵令嬢にとっては考えもしなかった事だなんて知らなかったのだ。それを教えたなどと、畏れ多すぎる。

「あら? 楽しかったのよ、とても。それまで、何をしても余り喜ばないわたしに、両親は心配して困っていたの。だから、貴方にとても感謝しているのよ」

確かに、ヴァイオレットの両親からわざわざお礼を言われたことはあったが、そんな理由があったことをダイアナは初めて知った。

「いや、教えようとしたとかではなく」

「『わたし、お姉さんだから楽しいことを教えてあげる!』って言ってくれたわよね」

ダイアナは、過去の自分を罵った。

「あのね、わたしの元に連れてこられたお友達候補の人は、他にも何人もいたのよ?」

「え? そうなんですか?」

他の人を見かけることは無かったので、自分だけだと思っていたダイアナは驚いた。しかし、冷静に考えれば、確かに子爵家令嬢だけを紹介するという筈がない。

「他の方たちはね、わたしの機嫌を窺ってばかりで、楽しくなかったの。でも、貴方は色んな遊びを教えてくれて楽しかったわ。わたしが選んだのは、貴方だけなの」

ヴァイオレットは、サーブされた紅茶を一口飲んでから、ダイアナに微笑んだ。

「だから、ディーが嫉妬して大変だったわ」

「わたし、よく今まで無事に生きてきましたね!」

心の底から、ダイアナは不思議に思った。思わず、自分を抱きしめるように両腕を摩ってしまう。さすがに六年もヴァイオレットの傍にいれば、「完璧な王太子」と呼ばれるディルニアスの 為人(ひととなり) を理解してしまっていた。

「ディーはわたしが本当に嫌がることはしないから、大丈夫よ。でも、貴方のお兄様も頑張ってらしたわね」

お兄様ありがとう! これからは優しく労ります! とダイアナは心の中で強く誓った。

「だからね、貴方はわたしに、本当に、とても楽しいことを教えてくれた、大切な人なのよ」

婚約者であるディルニアスが引き合わせたから、ヴァイオレットはずっと自分と付き合ってくれているのかとダイアナは思っていた。ダイアナはヴァイオレットが大好きだけれども、ヴァイオレットは自分のことをその他大勢の一人だと考えているだろう、と思っていた。

そう思っていたことを、ダイアナは申し訳なく思った。

けれども。

「……でも、先ほどだって、ヴィオラ様は一人で毅然と闘っていらっしゃったのに、わたしは何もお手伝いすることは出来なくて」

「それはそうでしょう。あれは、わたしの闘いだもの。位の高い者の責務の一つね」

そう言われても憂いた顔をしているダイアナに、ヴァイオレットは困ったように笑いかけた。

「あのね、そう心配されることは無いのよ? だって、わたしにはディーが付いてくれているのだもの。王太子じゃなくて、ディーが、よ」

この意味分かる? とヴァイオレットは蠱惑的な微笑を浮かべた。

「もし、わたしが世界中の人を敵に回しても、ディーだけはわたしの味方でいてくれるという確信があるわ。万一、わたしが誰かを引っ叩いたとしても、ディーは叩くだけの理由があったのだろうとわたしを信用してくれることは、疑いようがないわ。だから、わたしは一人で闘っているのではないのよ」

ヴァイオレットの、ディルニアスに対する絶対の信頼。

「わたしは一人じゃない、味方がいる、わたしは正しい、って真っ直ぐに立って闘えるの」

確かに、とダイアナは苦笑を浮かべた。

自分などが一緒に闘うとか、助けるなどと考えていたことがとても烏滸がましく思える。一緒に闘う相棒が既に存在するのだから。

「わたしがちゃんとしておかないと、ディーが暴走しちゃうしね」

困ったように微笑むヴァイオレットに、そうですね、とダイアナは頷いた。ディルニアスの暴走を止める事が出来る人物は、ヴァイオレットしかいないのだ。ダイアナは虚ろな目をした兄のライアンを思い浮かべた。

ダイアナは、ディルニアスが少し、いやかなり怖いけれども、ヴァイオレットを大事にしている気持ちはよく分かっていた。ヴァイオレットも、ディルニアスをとても信頼していることは、よく分かっていた。

とても強固な絆の二人の間に、自分が入れる筈もない。

ならば、自分がヴァイオレットの為に出来る事とは。

「……では、わたしは、ヴィオラ様が楽しく過ごせるように頑張りたいと思います」

共に闘うことは出来なくても、いや、もしも自分が出来る立場であったなら、ダイアナは間違いなくディルニアスに消されているだろう。

「わたしは、ヴィオラ様の『お姉さん』なので」

「期待しているわ」

この方に一生ついて行こう、とダイアナが十二歳にして決意を固めた日となった。

帰宅してから、兄のライアンに自分の決意を報告すると、

「尊敬出来る人物を主君として仰げるのは、とても羨ましいよ」

ライアンは、羨望の瞳でダイアナを見つめた。

◇ ◇ ◇

それから、ダイアナは頑張った。

マナーも勉強も頑張ったし、学園に入学してからはヴァイオレットの味方になってくれるような令嬢はいないかと探し、勧誘も行った。学園卒業後は当然ヴァイオレット付きの女官となり、忠誠を尽くした。

そうして、ディルニアスとヴァイオレットの結婚式の日を迎えた。

「ねえ、お兄様。何処かに丁度良い男の人いないかしら?」

「は? 丁度良いとは?」

壇上で誓いのキスを済ませた二人から、隣の妹へとライアンは視線を向けた。

「ヴィオラ様の御子の乳母になりたい……!」

「……それは、相手もいない独身のうちから壮大な目標だな」

ヴァイオレットからチョコレート色で美味しそう、と言われている髪を結い上げ、きちんとドレスを着ておしゃれをしているダイアナは、身内の欲目を引いても綺麗になったとライアンは思う。

だが、言動がとても残念になっていた。

「乳母になる為には、早く結婚して子供を産まないと!」

「落ち着け。あの殿下がすぐに子供を作ると思うか? 絶対に暫くは独占したい、二人きりの蜜月を楽しみたい、って何年か過ごすだろうよ」

例え周囲が世継ぎを急かしても、絶対にすぐには作らないだろうとライアンは思った。

「いいえ。もしかしたら、取り敢えず一人は産んで、ヴィオラ様の立場を盤石なものにしてからゆっくり二人で過ごす、という手を取るかも」

なるほど、そういう考え方もあるのか、とライアンはダイアナの考えに感心した。

「だから、良い人がいたら、すぐに連れてきてね!」

そこはせめて「紹介して欲しい」と言ってくれ、とライアンは思った。連れてきてからどうするんだ、直ぐに婚姻届に署名をさせる気かと怖くて突っ込めない。

しかし、とライアンは思う。

ヴァイオレットを信望する者は、年を経るにつれ増えていった。ダイアナは「わたしなんて、ヴィオラ様が子供の頃から凄いことが分かっていたもの!」と自慢している。

まだ十八歳でこうなのだから、これから更にヴァイオレットの信望者は増えていくかもしれない。

ディルニアスの臣下は優秀な者が多いが、自分を含めて殿下を信望しているかと問われると、頷くことが出来る人間は何人いるのか謎である。

まあ、あの殿下を陥落させているのだから、一般人の我々が妃殿下を信望するのは当たり前な事なのかもしれない。

「完璧な王太子」に視線が集まってしまうが、真に怖いのはその王太子を狂わせる「婚約者」の方であったのだな、とライアンは今更ながら気が付いたのであった。