軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 利害の一致 ~「この国を護るためなら、同盟を結ぼう」~

翌朝。

私がリビングに行くと、そこは見知らぬ光景になっていた。

「おはよう。朝食は作っておいたぞ」

エプロン姿の帝国宰相が、爽やかに挨拶をしてきた。

テーブルの上には、完璧な焼き加減のトースト、スクランブルエッグ、そして湯気を立てるコーヒー。

香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

「……おはようございます」

私は呆気にとられながら席に着いた。

美味しい。

悔しいけれど、私の自動調理器(味は平均的)よりも数段美味しい。

「閣下、お帰りにならないんですか?」

コーヒーを啜りながら尋ねると、彼は優雅にナイフを置いた。

「帰らんと言ったはずだ。今日からここは、ガレリア帝国宰相府・ヴォルグ支部だ」

「私の家です」

「家賃は払う」

彼が指を鳴らすと、亜空間収納から革袋が取り出され、テーブルの上にドンと置かれた。

ジャラッ。

袋の口が開き、眩い光が溢れ出す。

白金貨だ。

これ一枚で、平民が一年遊んで暮らせる額だ。それが十枚はある。

「これで一ヶ月分だ。足りなければ追加しよう」

買収工作だ。

あまりにも露骨な、札束ビンタだ。

私はため息をついた。

「お金の問題じゃありません。私は静かに暮らしたいんです。貴方のような重要人物がいると、帝国の騎士団とか、暗殺者とか、面倒な連中が寄ってくるでしょう?」

それが一番の懸念だ。

私の安眠を妨げるのは、騒音とトラブルだ。

クラウスは真剣な表情で頷いた。

「もっともだ。だが逆だ、リリアナ」

「逆?」

「私がいないほうが、君の平穏は脅かされる」

彼は窓の外を指差した。

そこには、今日も難民村の方からやってきた商人たちの馬車が見える。

「あの村の発展速度は異常だ。早晩、王国や周辺諸国の利権争いに巻き込まれる。君はそれらをいちいち撃退するつもりか? 交渉し、法的手続きをし、時には武力を行使して?」

「……う」

想像しただけで胃が痛い。

タレットで吹き飛ばすのは簡単だが、その後始末や、外交問題への発展を考えると、布団を被りたくなる。

「そこで私の出番だ」

クラウスは胸を張った。

「私がここにいれば、帝国宰相の名において、全ての干渉をシャットアウトできる。『ここは帝国の重要保護区域である』と宣言すれば、王国の軍隊すら手出しはできない」

「……つまり?」

「君の『盾』になろうと言っている。面倒な対外折衝、書類手続き、害虫駆除。全て私が引き受ける」

彼は身を乗り出し、私の目を真っ直ぐに見つめた。

「君はただ、そのソファで寝ていればいい。好きな時に起き、好きな物を作り、好きなだけ怠惰を貪れ。その権利を、私が全力で保証する」

悪魔の囁きだ。

いや、天使の福音か?

私が一番やりたくない「社会との関わり」を、このハイスペックな男が代行してくれるというのだ。

しかも、美味しい朝食と家賃付きで。

「……条件は?」

タダより高いものはない。

私は警戒して尋ねた。

「私の衣食住の提供。そして、君の作る『快適グッズ』の使用権だ。特にあのソファと、この家全体の空調システム……あれがないと、もう生きていけない体になってしまった」

彼は切実だった。

禁断症状に震える患者のようだ。

その時、彼の懐からブーブーと振動音が聞こえた。

通信用の魔導具だ。

「……失礼」

彼が端末を取り出し、耳に当てる。

漏れ聞こえてくるのは、悲痛な叫び声だった。

『か、閣下ぁぁぁ! どこにおられるのですか!? 決裁書類が! 予算会議が! 隣国からの抗議文がぁぁ!』

部下たちの断末魔だ。

クラウスは眉一つ動かさず、冷静に応答した。

「騒ぐな。私は現在、極秘任務により『賢者の隠れ里』に滞在中だ」

『け、賢者……ですか?』

「ああ。国家の命運を左右する超技術の視察だ。帰還は未定となる」

大嘘だ。

ただサボりたいだけじゃないか。

「だが、業務に支障は来さない。これより遠隔指揮を執る。……リリアナ、例の『鏡』を借りてもいいか?」

彼は私に目配せした。

私が昨日、暇つぶしに作った『双方向映像通信ミラー』のことだろう。

「どうぞ。そこの棚にあります」

クラウスが手鏡サイズの魔道具を起動すると、空中にホログラム映像が展開された。

帝国の執務室が大写しになる。

呆然とする部下たちの顔。

「総員、聞け。これより第一級非常態勢を敷く。私の指示に従え」

クラウスの声が変わった。

先程までの穏やかな同居人から、冷徹な支配者へ。

「北部の飢饉対策予算、案Bを採用。即時執行せよ。南部の反乱分子については、第三騎士団を派遣し威嚇のみ行え。武力衝突は避けること。それから、私の机の右から二番目の引き出しにある青いファイル……それを財務大臣に叩きつけてやれ。裏帳簿の証拠だ」

的確。迅速。そして容赦がない。

彼はトーストを齧りながら、次々と難題を片付けていく。

その姿は、指揮棒を振るうマエストロのようだった。

一時間後。

通信が切れる頃には、帝国の混乱は完全に収束していた。

「……ふぅ。こんなところか」

彼はコーヒーの最後の一口を飲み干し、私を見た。

「どうだ? 私を飼うメリットは、十分にあると思うが」

私は完敗を認めた。

この男は有能だ。

私の「怠惰」を守るための番犬として、これ以上の人材はいない。

「……わかりました。契約成立です」

私は手を差し出した。

「ただし、私の睡眠を妨害したら即刻退去ですからね」

「誓おう。君の安眠は、帝国の国益と同等に扱う」

彼は私の手を握り返した。

力強く、温かい手だった。

こうして、私と帝国宰相の奇妙な同居生活が始まった。

数日後。

我が家は劇的に変化していた。

リビングの一角にクラウス専用の執務スペースが設けられた。

といっても、机と椅子ではない。

私が新造した『人間を絶対に離さないリクライニングチェア』だ。

彼はそこに深く沈み込み、アイマスクを額にずらし上げた状態で、空中に浮かぶ映像モニターに向かって指示を飛ばしている。

「……だから、その案件は却下だ。非効率極まりない。……ん、リリアナ。おやつの時間か?」

「はい。スライムゼリーの冷製です」

私が皿を差し出すと、彼は通信をミュートにして、子供のように目を輝かせる。

部下たちには見せられない顔だ。

外からの干渉は、彼の宣言通りピタリと止んだ。

村の商人たちは「帝国の宰相閣下が滞在している」という噂に恐れをなし、礼儀正しくなった。

変な輩は、村の入り口に立った帝国騎士(クラウスが護衛として数名だけ呼び寄せた)が追い返してくれる。

私はといえば。

相変わらず、ソファでゴロゴロしている。

ただ、隣に誰かがいるという状況が、意外と悪くないことに気づき始めていた。

静かな部屋に響く、彼のペンの走る音。

時折聞こえる、低い声。

それが心地よいBGMになって、私を深い眠りへと誘う。

「……おやすみ、リリアナ」

意識が途切れる直前、頭を撫でられた気がした。

まあ、夢かもしれないけれど。

今のところ、私の楽園は守られている。

……そう、今のところは。

私はまだ知らなかった。

私が姿を消した祖国アルグリア王国が、私の予想を遥かに超えるスピードで崩壊の一途を辿っていることを。

そして、追い詰められた元婚約者が、狂気じみた行動に出ようとしていることを。