軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

94.伝説のポーション

ヘンリーが帰った後も、シャーリーとジェシカの模擬戦は続いた。

二人の戦いを、俺はじっと食い入るように見つめていた。

シャーリーは真面目で一本気な女だ。集中すれば騎士選抜の時の様に、親王である俺でも構わず、目的の為に平気で刃を突き立ててくる。

ジェシカも似たような女だ。俺が「本気で戦え」と命じた瞬間から纏う空気が一変して、どの歴戦の戦士よりも鋭く、洗練された闘気を放っている。

そんな二人がぶつかり合い、物理的にも精神的にも火花を散らす戦いは美しかった。

いつまでも見ていたいと思うほど美しかった。

だから、これは俺のミスだ。

真剣の戦いは、例え模擬戦であっても簡単に一線を踏み越えてしまう。

シャーリーがジェシカの剣をはじいて、淀みのない動きで電光石火の突きがジェシカの胸にまっすぐ伸びていく――

「いかん!」

とっさに中指を親指に引っかけ、反動をつけてはじいた。

はじかれ飛ばされた空気の塊がまっすぐ飛んでいき、シャーリーのロングソードをはじいた。

手からはじかれたロングロード、ぐるぐる回って遠く離れた地面に突き刺さったのを、呆然と見つめるシャーリー。

そして王手をかけられ、尻餅ついたままの格好のジェシカ。

「そこまでだ」

俺がそう言うと、二人は一斉に我に返った。

俺が楽しみに耽ってしまったせいで二人を危険にさらした、謝らないと。

「すま――」

「すごいです! さすが陛下!」

「今のは……空気の塊。純粋な空気の塊を飛ばしてきた……?」

シャーリーは無邪気に喜び、俺を褒め称えた。

ジェシカは驚きつつも、頬を染めて心酔しきった目で俺を見つめた。

「むっ」

二人してそんな目をされるとものすごくやりにくい。

「……取り敢えずそこまでだ。ジェシカ、着替えてこい。父上のところに行く」

「わかりました」

ジェシカは一瞬で空気を切り替えた。

さっきまでは歴戦の戦士だったのが、一瞬で高貴な貴婦人に纏う空気を変えた。

俺の意図を読み、ドレスに着替えるため屋敷に戻っていくジェシカの後ろ姿を眺めて、俺は今の事を反省し。

そして……。

ドレスに着替えたジェシカを連れて、父上に謁見を求めた。

皇帝と上皇の面会、場合によってはかなり荘厳な儀式とともに行われるものだが、父上は俺達を庭園に通して、自身は平服のまま姿を現わした。

「父上」

「うむ、よくきたなノア。ほう、それが新しい妃か」

皇帝の座を俺に譲って、上皇になった後も父上の情報網は健在のようだ。

ジェシカが俺の新しい妃になったことは完全に筒抜けのようだ。

それはいい、説明の手間が省けた。

「ジェシカ、挨拶を」

「はい」

ジェシカは一歩前に進み出て、しずしずと父上に一礼した。

貴婦人の――庶妃の作法を完璧におこなった文句のつけようがない一礼だ。

当たり前の事だが、皇后、嫡妃、側妃、庶妃と、位によって礼儀作法がまったく異なる。

昨日の今日で、ジェシカは庶妃として完璧な作法を披露してみせた。

「ほう、なかなかの女ではないか」

「余もそう思う」

「剣術も達者だと聞いたが、見せてくれぬか」

「それは容赦願いたい父上」

シャーリーとの一件があったから、それはまた今度にして欲しいと思った。

父上は少し俺を見たが、食い下がることなく「そうか」と引き下がった。

「で、その娘を討伐軍に随行させるつもりなのだな」

やはり父上は話が早い、と、俺は静かにうなずいた。

「はい、そのつもりです」

「花は花瓶に生けたままでよいのではないか?」

「人は宝です、父上」

「ふむ?」

「そして手つかずの宝は半分も残っています。ジェシカは始まりの一人に過ぎません」

「そうか。ふふ、ノアらしいな」

父上は楽しげに笑った。

これで少なくとも俺の考えには好意的なのが分かった。

「ですので、父上にもご協力願いたい」

「何をすればいい」

「これに反対するものは、父上に直訴を試みるはずです」

「……うむ、余はノアの十倍は妃をもっている。ノアのそれで余がもっとも影響を受けると考えるであろう」

「はい」

実際はなにも影響を受けないけど――とは、父上とのアイコンタクトで通じ合ったから、あえて言葉にはしなかった。

俺が妃を部下にすると公言し、その伝統を壊したとしても、父上には実質何の影響も出ない。

しかし形式としては変わることもある。

そこをついて、反対する連中が父上のところに駆け込むのは間違いない。

「わかった、その事は任せよ」

「ありがとうございます、父上」

俺が軽く頭を下げた、ジェシカも無言ながら、俺のそばで同じように頭を下げた。

妃というのは夫をたてるもの。

庶妃になりきっているジェシカは完璧にそれを演じた。

「しかし……即位してからこれだけ経つのに、まだ二人とは……もっと一気に増やさぬかノア」

「一気に……ですか?」

父上の空気が一変した。

真剣のように見えて、その実からかっている口ぶり。

親戚の老人が「まだ結婚しないのか」って言ってくるあれとほぼ同じだ。

「男子たるもの、常に女の匂いをくっつけておくべきだ」

「はあ」

「戦場の返り血と閨の女、この二つの匂いは男には必要不可欠だぞノア。100人くらい妃を持て、それがノアを更なる上のステージへ押し上げる」

「それでは父上よりも多くなってしまいます」

「それでよい、ノアの器を考えればそれが最低限だ」

ものすごい評価をされた。

が、そんな評価がなくとも――人は宝だ。

「見つかればそうします、父上。数ではなく質が欲しいので」

「ふむ、それもよかろう」

話はそこで終わり、俺はジェシカを連れて、辞して宮殿から立ち去った。

宮殿を出た後、ジェシカはそっと話しかけてきた。

「陛下」

「ん、なんだ?」

「討伐に向かうのですが、敵や捕虜、現地などで女を見繕った方がよろしいのでしょうか」

「父上の話か」

「はい」

ジェシカは真顔で俺を見つめている。

冗談ではない、何か試しているという顔でもない。

言葉通り、やるべきなのかと聞いてきている。

そして、命令さえあれば本気で、という顔でもある。

「そんなのは――ああいや」

俺は言いかけた言葉を飲み込んで、別の言葉に代えた。

「父上との話を聞いてたな? 量より質だ。お前のメガネにかなって、ふさわしいと思う女だけつれてこい」

「――はい!」

俺の言葉を信頼と正しく受け取って、ジェシカは大きく頷いた。

離宮の書斎、一人になった俺は、アポピスを出した。

一つ深呼吸して、アポピスに命じる。

「やれ」

アポピスからわずかなためらいの感情が伝わってきたが、それでも俺の命令だから、とおそるおそる従った。

「――ぐふっ!」

次の瞬間、俺の体に毒が駆け巡った。

アポピスの毒だ。

その猛毒は一瞬でまわり――

「消せ」

――命令とともに消えた。

「……がはっ!」

腹の底からこみ上げてきたものを吐き出した。

紫色をした血だ。

毒に犯された証である毒血。

それをあらかた吐きだした後。

「もう一回だ、アポピス」

今度は迷いが短くなって、再び俺の命令に従って、俺の体に毒を回らせた。

「消せ」

そして、再び消す。

「……なる、ほど」

二度にわたる、毒とそれが消えた瞬間を自分の体で体験した俺。

その感覚は、ほとんど予想した通りのものだ。

アポピスが自分の毒を消すとき、全くの無にするのではなく、正反対の力でそれを中和させている。

その正反対の力が、俺が今欲しい物だった。

それがあると分かって――三度。

あると分かるものを、もっとよく感じるために。

「やれアポピス――消せっ」

俺は、再び毒を自分の体に受けた。

また毒の血を吐き出す。

床一面に紫色の血が広がった。

そのおかげで欲しい物が見つかった、判明した。

俺は手を伸ばして、つきだした人差し指に全神経を集中する。

やがて、指先からきらりと光る、透明の雫がにじみ出る――。

兵務省、親王大臣室。

ノック無しに入室した俺に、ヘンリーは一瞬「何者だ!」と誰何したが、俺の顔を見るなり慌てて椅子から立ち上がった。

「陛下がおいでとは知らず失礼しました」

と、その場でひざまづいた。

「よい、余が通報しなくていいと言ったのだ。ジェシカも楽にしていい」

ヘンリーと話をしていたジェシカも同じようにひざまづいたから、二人を立たせた。

「それで……陛下がおいでになったのは?」

「ああ、ジェシカに話があってな。ヘンリーにも見てもらった方が討伐での割り振りをしやすいと思ってな」

俺はそう言って、懐から小瓶を取り出した。

瓶の中に薄青い液体が揺らめいている。

「これをジェシカに持たせようと思ってな。まだ試作品だが、期日までに数を揃える」

「それはなんでしょうか?」

「見ていろ」

俺はまず、手刀で自分の手首を斬った。

結構深く斬って、どくどくと血が流れ出す。

俺が何かをする、と分かって身構えていたヘンリーもジェシカも驚いた。

「陛下!」

「な、なにを」

「いいから見ていろ」

二人を制止して、小瓶の液体を手首の傷に振りかけた。

すると、深く斬ったはずの傷が一瞬で塞がった。

「なっ!」

「これを作った。ジェシカはこれを持っていけ」

「そ、それはまさか――伝説のポーション?」

ヘンリーが驚愕しながら言った。

「ポーション? なんだそれは」

「かつて、栄華を誇った古代文明に『回復魔法』なる物があるというのは陛下もご存じのはず」

「ああ」

完全に失われた古代魔法の事だな。

「回復魔法があっても、魔法は誰にでも使えるものではない。そこで回復魔法と同等の効果がある、魔道具『ポーション』が作られていたわけです」

「なるほど、道理だ」

「本当に怪我が癒えるのですか?」

「切り傷程度ならば。肉体が欠損するほどの大けがだと、一瞬で傷を塞ぐ程度でしかないが」

「伝説のポーションそのものです……これを陛下が?」

「ああ、作った」

「なんという……さすが陛下でございます」

ヘンリーは、今までで一番びっくりしていた。

そんなヘンリーを置いといて、ジェシカと向き合う。

ポーションを渡す。

彼女とシャーリーが模擬戦で怪我をしそうになったのを見て、それを何とかしようと作ったポーション。

「ジェシカ」

「は、はい」

「お前は余の妃でもある。肉体は綺麗なままに、怪我を負ったらすぐに使え」

「――っ、はい!」

ジェシカは感激して、その場でひざまづいた。

一方で、ポーションを見たヘンリーは。

「すごい……これがもしもっとあれば……戦争の形が変わる……」

と、真剣な顔をしていた。