軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53.俺たちの気が済まない

この日、アリーチェの歌を聴きに行って、昼過ぎくらいに屋敷に帰ってくると、庭に二人、木に括りつけられている男女の姿が見えた。

男の方は宦官、女の方はメイド。

どっちもこの屋敷にいる、顔を知っている人間だ。

その二人は木に括りつけられて、別の宦官に鞭打たれている。

普段見ない光景を不思議がって立ち止まっていると、屋敷の中からゾーイが出てきた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「あれはなんだ?」

聞くと、ゾーイは赤面して、複雑な顔をした。

「奥様が……その……」

「ふむ。分かった、オードリーに直接聞いてくる」

よほど言いにくいことなのがわかった。

強く問い質せばゾーイは答えるだろうが、そこまですることもない。

俺は屋敷に入って、ゾーイに聞いて、リビングにいるオードリーを訪ねた。

「あっ、お帰りなさいませノア様」

「ただいま。庭のあれは何だ?」

「すみません、私の不徳の致すところで」

「ん?」

どういう事だ? と目線で詳細を促す。

「ついさっきの事ですが、あの二人が自分の部屋で、裸で抱き合っていたのを見たとメイドから聞かされて、それで行ってみれば……」

「ほう」

こめかみがヒクッ、と動いたのが自分でも感じた。

「男の方が?」

「ちゃんと改めました。全去勢――間違いなく宦官です」

「ふむ」

宦官の去勢にはいくつか方法がある。

睾丸だけをとる半去勢と、性器を丸々取ってしまう全去勢だ。

もちろん、宦官の成り立ちから考えて、後者の方がより「安全」なのは言うまでもない。

「ってことはただのごっこ遊びか」

「はい。ですので、宦官は鞭打ち30メイドの方は10としました。内事ですので、私が処理しました――まずかったでしょうか」

「いや、まったく妥当だ。何の問題もない」

オードリーはほっとした。

宦官は去勢された男だが、だからといってまったく性欲がなくなったわけではない。

もちろんゼロになった宦官もいる、それはそれでいい。

しかし少しでも性欲が残っている宦官は、王宮でなら女官と、貴族の屋敷ならメイドと。

たまにいい関係になって、体を重ねることがある。

ちなみに完全に去勢した宦官は、体を重ねても「出す」事ができないから、相手を噛む殴るなど、暴力的な行為に走る傾向があるという――のは余談だ。

これで実は去勢してなかったとなれば相手もろとも死罪だが、ちゃんと去勢した上での「ごっこ遊び」なら、鞭打ち数十回程度の話で終わる。

「なんで数に違いがあるんだ?」

「それが……宦官の方が『俺が誘った。彼女は悪くない!』と庇うので。メイドの方も同じように自分がかぶろうとしたのですが、宦官の方が額に血が出るほどの勢いで土下座してきたので」

「ふむ……両想いって訳か」

「はい」

オードリーは静かに頷いた。

俺は少し考えて、一緒にリビングに入ってきたゾーイに言った。

「庭に行って、鞭打ちが終わったらここに来いと伝えろ」

「かしこまりました」

ゾーイはリビングからでて、二人を呼びに行った。

しばらくして、服がボロボロで、あっちこっちにミミズ腫れ――裂けて血が出てるところもある、宦官とメイドの二人組がやってきた。

二人はリビングに入るなり、ものすごく青ざめて土下座をした。

「も、申し訳ございません!」

「もう二度としません! ですから――」

「ああ、もう罰は受けたんだ、その事はいい」

俺は手をかざして、二人の謝罪を止めた。

オードリーの言うとおりこれは内事だ。

彼女が処分した以上、俺が何か言うのは良くない。

オードリーは 親王(俺) の正室、つまり王妃だ。

面子があるし。明らかに間違ってるのならともかく、それがないのに俺がしゃしゃり出たら今後誰も彼女の命令を聞かなくなる。

「そういう話じゃない。お前ら、好き合っているみたいだな」

「それは……」

「えっと……」

宦官とメイドは互いに見つめ合った。

どう答えていいのかわからない、って顔だ。

やがて、宦官の方が意を決した顔で。

「はい! 好き合ってます。俺たち同じ村の出身で、彼女は殿下の屋敷に、俺は王宮に行ってたのですが、殿下が封地入りする時に、上に頼んで付いて来たんです」

「幼馴染ってわけか」

オードリーをみる、彼女はびっくりした顔で首を振った。

どうやら知らなかったみたいだ。

「はい……」

「ずっと一緒に居たいか」

「居たいです……だから付いて来て……」

宦官は訥々と答える。

俺の真意をはかりかねて、おそるおそるって感じだ。

「最後にもう一つ。屋敷の中にお前達のようなのはいるか?」

「――っ!」

「密告しろって話じゃない。ああ、話す順番が悪かったな。ゾーイ、屋敷の周りにある家を何軒か買い上げろ。出来ればぐるっと屋敷を取り囲むようにしてな。で、その一つをお前ら二人にやる」

「「…………」」

二人はポカーンとした、何が起きているのか分からず、まったくついて行けてない様子だ。

「昼間は今まで通り屋敷で仕事しろ、夜は二人の家に帰っていい」

「ノア様……それはまるで……臣下に婚姻を斡旋しているように見えますけど」

オードリーが言うと、二人ははっとした。

「俺はそのつもりだ」

オードリーに答えてから、二人に聞く。

「どうだ? ずっと一緒に居たくないって言うのならこの話はなかったことにするが」

「と、とんでもありません!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

二人は俺に何度も何度も頭を下げた。

「こんな……こんなすごいお方だったなんて……」

「このご恩は一生忘れません」

「ん。ああそうだ。娘なら、養子をとってもいいぞ。養子の娘も家人扱いにしてやる。別に息子でもいいが、お前も息子をとってその子まで宦官にはしたくないだろう?」

「「――っ! ありがとうございます!!」」

二人は涙が出るほど感激して、何度も何度も、米つきバッタの様に頭を下げ続けた。

「と言う訳だ。使用人達が他にも『家庭』を作りたい者がいれば今のと同じにしていい。お前に任せた」

「はい、分かりました」

オードリーは微笑んで頷いた。

「しかし、さすがノア様ですね。そんな処置、私では到底思いつけませんでした」

「あの、ご主人様……」

「ん?」

ゾーイの方に振り向く。

彼女は何故か、困り顔をしていた。

「どうした」

「その……ご主人様の命令なのですが」

「ん?」

「今年は、その……お金が……」

「……ああ」

少し考えて、ゾーイが難しい顔をした理由が分かった。

前に、水道メンテナンスの件で、オスカー兄上が今年は予算が付かないから、俺の私財からひとまず補填したのだ。

「まったく無いのか?」

「いえ、多分希望者の分は。ただぐるっと屋敷を取り囲むように買うのは……」

「なるほど。ならまず希望者の分だ。周りの住民もすぐに出て行ける訳でもない。残りは来年まで待とう」

「分かりました。そのようにします」

次の日、リビングでくつろぎながら、新しく臣従したアポピスと先輩にあたる四体の模擬戦をやって、レベル上げ兼こいつらの序列を決めていると、接客メイドのセシリーが入ってきた。

「ご主人様、お客様でございます」

「何者だ?」

「えっと……町長さん達が、たくさん」

「なに?」

思わず眉をひそめた。

「町長って、ニシルのか?」

「はい」

「分かった、応接間に通せ。それとドンも呼んでこい」

「かしこまりました」

セシリーは頷き、リビングを出た。

俺は立ち上がって、考えながら応接間に向かう。

アルメリア州、州都ニシル。

このニシルは、いくつもの「町」に分かれている。

その町ごとに町長がいて、二つないし三つくらいの町をベースに、一人の代官を置いている。

その町長が大勢で押しかけてきた?

なんだろう一体。

考えても分からないまま、途中でドンと合流して、一緒に応接間に入った。

部屋の中に二十人ほど立っていた。

ほとんどが老人で、たまに中年もいる。

そんな感じの町長達だ。

「お初にお目にかかります。私デロスと申します」

一番前の老人が頭を下げながら言った。

他の町長達はつられて頭をさげるが、何も言わない。

どうやらこのデロスがリーダーのようだ。

「うむ。セシリー、皆に椅子を」

「かしこまりました」

俺がソファーに座った。ドンは俺の後ろに控える様に立った。

町長達の人数では部屋に備え付けのものが足りなかったから、メイド達に椅子を運ばせた。

町長ら全員が椅子に座ったのを待ってから。

「で、今日はなんだ?」

と、デロスに聞いた。

「こちらを」

デロスは立ち上がり、俺の前にやってきて、両手で何かを差し出した。

受け取って、それを開く。

文字が書かれた、目録のようなものだ。

「これは?」

「町民一同のカンパでございます」

「カンパ?」

「聞けば――水道のメンテナンス、今年は殿下が私財を投じて下さったとのこと」

「……」

「水はこのニシルの生命線。殿下にいくら感謝してもしきれません」

「それでカンパして、俺に返しにきたわけか」

「はい」

デロスが言うと、町長らが全員、示し合わせたように立ち上がって、そのまま頭を下げた。

「失礼かとは存じますが。民の気持ち、どうかお受け取り下さい」

「「「お願いします」」」

「わかった、遠慮無くもらおう」

「「「ありがとうございます!!!」」」

再び顔を上げた町長達は、全員が嬉しそうな顔をしていた。

町長達が帰った後、応接間に残った俺とドン。

俺がデロスからもらった目録を眺めている。

「なんという……こんなすごい話初めてです。民がこうして自発的に金を出すなんて前代未聞。これも殿下の人徳でございますな」

「ドン」

「はい、何でしょう」

「特等水にするための水源浄化、進めろ」

「え? それは予算がついてから――」

俺は目録をドンに放り投げた。

「これがあるだろ?」

「……」

ドンはポカーンとした。

「し、しかしそれは殿下の――」

「民の健気に答えるのも貴族の義務だ。俺が使った金は来年財務省から取り返す。これは民の金、だから民に使う」

「――御意。間違いなく、全てを水利事業に使います」

「うむ」

俺は頷き、ドンを残して応接間を後にした。

ノアが去った後、しばし応接間にとどまって考えごとをしていたドンは、やがて部屋を出て、ゾーイを探した。

今やメイド長となっているゾーイ。

ドンが見る限り、エヴリンに勝るとも劣らない才覚を持っていながらも、本人はノアに忠誠を誓っているので、エヴリンのように代官などになるつもりはないという。

そのゾーイに、今起きた出来事と、受け取った目録を見せた。

「ご主人様らしいです。やるだけやって、民には何も言わないのでしょうね」

「それでは 俺たち(、、、) の気が済まない」

ドンが言い、ゾーイは頷く。

「何をすればいいのですか?」

「俺は全力で水利事業を進める。ゾーイはメイドや宦官を使って噂を流してくれ」

「事実を、包み隠さず?」

「そうだ」

「分かったわ。任せて」

「頼んだ」

ドンとゾーイ。二人は頷き会って、この場は別れた。

ノアは「やせ我慢は貴族の特権」だと言って言いふらす事を好まないが、彼を慕う者達はそれでは我慢ならない。

本人の意図しないところで、名声がますます上がっていくのだった。