軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

223.娼婦の需要

夜、執務室の中。

日がおちてからもしばらく、俺は執務室で書類を整理していた。

途中でランタンの油補充が三回ほどされた頃に、コンコン、とドアがノックされた。

応じると、「失礼します」とゾーイが入ってきた。

執務机の向こうで立ち止まり、かかとを揃える音が聞こえた。

「どうした」

顔を上げずに応答する。

「ご主人様のお耳に入れたいことがございます」

「ふむ?」

ゾーイの声がいつになく剣呑な感じなのに気づいて、俺は手を止めて顔をあげた。

声とおなじように、ゾーイは真顔だった。

「なんだ?」

「先ほど、バスク商会と名乗る者が、私にご主人様に取り次いでほしいと接触してきました。その際1000リィーンを渡してきました」

「取り次ぐだけなのに気前がいいな、いやお前の現状を考えれば妥当か」

俺は頷く。

こういう取り次ぎをしてほしいが為に、使用人ないしは屋敷の門番に袖の下をわたす事は決して珍しくない。

これが例えば同じ親王の家の者だったり、あるいは役所からの連絡や呼び出しだったりしたらそういうことはない、通さなければ主にとって致命傷クラスの不利益もあるからだ。

が、はじめて会う、何かしらの紹介状を持ってくるような初対面の人間だとそうせざるを得ない。

初対面で、紹介状をたよりに会いに来る人間。それは大抵の場合会いたい側よりたちばが低い人間である事が多い。

言い換えれば立場が弱い場合がおおい。

それにつけ込んで、門番なり使用人なりが「取り次がない」事がある。

これは意地悪だが、筋は一応通っている。

門番からすればやってきた人間が何者かも湧かない。

紹介状があるといっても、そういう紹介状は屋敷の主か、高位の執事じゃないと本物なのか、あるいは重要なのか判断出来ない事が多い。

門番にいる段階では、それを口実に屋敷に潜入しようとするくせ者、という可能性は捨てきれないのだ。

極端までに安全をとり、石橋を叩いて渡るのなら通さない、というのはそれなりに筋は通っている。

それを逆手にとって、通す代わりに袖の下をもらう、という門番や使用人は数多くいる。

そういういわば「取次料」はなかば公然とまかり通っているのが現状だ。

そしてそれは互いの立場が高ければ高いほど、金額も高くなるというものだ。

現在、帝都における成人男性の平均月収は20リィーンほどで、ここエンリル州でも10~15位はある。

それを取次料だけで1000リィーンという、ざっくり庶民の6年分の稼ぎに匹敵する金額を出してきた。

純粋な額としては高い、が、事実上の副総督であるゾーイに、総督に自己降格したとはいえ皇帝である俺への面会取り次ぎを頼むとしては相場であり、高いとはけっして言えない。

とはいえ気前がいいのは間違いないから、俺は少し感心した。

このあたりは軍を率いることも多くなったから、戦力の逐次投入ではなく一気に決着を付けるやり方に通じるものを感じたから、少しだけ感心した。

それはゾーイも似たような感じ方をしたようで。

「機を見るに敏であるとは思います。ご主人様が 陛下のまま(、、、、、) であったら、その百倍を出しても面会はかなわなかったことでしょう」

「そうだな」

皇帝とはそういうものだ。

皇帝と会うにはもう金がどうこうという次元の話ではなく、有力者の引き合わせなり、自身の立場なり、あるいは人生に一度だけの豪運を発揮したりと、そういうのがなければ通常は不可能だ。

だから金でどうにかなるこのタイミングに来たことに俺もゾーイも感心した。

「それにしても……バスク、バスク、か」

俺は頭の中にある知識を引っ張り出した。

「その商人の名前に聞き覚えがある。たしかこのエンリルの最大手の娼館を持っている男だったか」

「おっしゃる通りでございます」

「その男が今すぐ会いたいといってるのか?」

「婉曲的にではありましたが、そのつもりのようです」

「ふむ」

俺は頷き、横をむいた。

窓の外をみた。

夜だ。

こんな夜に会いたいと、そして1000リィーンの袖の下をポンと渡してくる、と。

凡百の男ではない気がする、これは気合を入れる必要はあるなと思った。

「いかがいたしますか? 時間が時間ですし、一旦追い返してもよろしいかと」

「いや、あおう。無難な部屋に通しておけ、すぐに行く」

「かしこまりました」

ゾーイは一礼して、部屋からでていった。

俺は書きかけの書類を最後まで書き切って、席を立った。

廊下にでると、待っていた別のメイドが一礼して、俺を先導しだした。

黙ってついて行った。

いくつかある応接間の一つにやってきた。

メイドがドアを開けて、中に入る。

ソファーの横で立ちっぱなしの男がいた。

恰幅がよく、暑がりなのか、額に大粒の汗をたらしている。

商人は俺を見るなり、その場で平伏した。

いわば「王・侯・将・相」といった人間がする作法にのっとった物ではなく、平民がする様な土下座に近い平伏だ。

「お初にお目にかかります、陛下。わたくしはケグナ・バスクと申します。この度は――」

「かしこまらなくていい、それに陛下呼びもだ。今の俺は皇帝ではなく総督としてここにいる」

「大変失礼致しました」

「とりあえずすわれ」

「はい!」

応接間のなかには当たり前のようにソファーのセットがあった。

俺はソファーにすわるが、ケグナと名乗った商人は立ち上がったが座らなかった。

こういう時「座らない」事で敬意を表すやり方もある。

だから俺は強くは勧めなかった。

そのまま男を見あげるような形で聞いた。

「で、何の用なんだ」

「まずはこちらを」

ケグナはソファーセットから少し離れた、部屋の隅に積み上げられているもののところにいった。

なにかが山積みになっていて、赤い布がかけられている。

ケグナは赤い布をとった。

その下から空いてるはこだったり、テーブルの上に載せられていたりと。

様々な金銀財宝が姿を見せた。

質、量ともにかなりのもの。

概算で――3万リィーンくらいの価値だろうか。

「なんだ、それは」

「ほんの気持ちでございます」

そう言いながらも、ケグナは自慢げな顔をしていた。

自分が持ってきた贈り物の額に自慢げのようだ。

ほんの気持ち、といいながらも質と量に自信があって、相手はきっと満足するだろうという気持ちが透けてみえる。

「そうか。で、俺に何をしてほしい」

「はい、娼婦枠の拡充をお願いしたく」

「そうか」

その話か、と頷いた。

想定内ではある。

帝国では各地で娼婦の枠を制限している。

主に人口をベースに、この人口数だったらこれくらいの娼婦がいるだろうと、そういう計算で枠を定めている。

性と食というのは、需要があり、更にその需要に上限があるという点では一致している。

どちらも、よほどの異常者でも無い限りは、人間一人の食欲や性欲には限界がある。

そうであれば集団になったときの、人口に必須な穀物の数が計算できるのと同じように、人口に必須な娼婦の数もまた計算ができるということだ。

むろん、穀物は生きていれば誰もが口にするが、娼婦は個人でみれば必ずしも必要ではない。

それでも州レベルの大きな枠組みでみれば、傾向があり計算が成り立つものだ。

ここエンリル州もそうで、人口にそった枠があって、それを法で決めて、その土地の商人に分配している。

このあたりは、俺が法務大臣になったころに「法に厳格」という評判を聞いて、「娼婦で商売するのは不道徳だから厳しく取り締まろう」という進言があったのを、俺が却下したといういきさつがある。

法に厳しいからこそよく分かる、たとえ不道徳であろうと、人間の根源に直結した欲望を取り締まって、締め上げてしまうとかえって地下に潜り込まれるということを。

需要は決して減らない、それを法でガッチガッチに締め付けてしまうと法の届かない闇に潜り込まれてしまうだけ。

そうなれば色々と問題が起きる、本来の不道徳から生まれる問題よりもはるかに大きい問題が発生すると俺は考えている。

あの時はそうで、それは今も変わらない。

だから俺はその進言を却下し、逆に「枠」をきっちり守らせるという方向に注力させた。

その枠の事を、目の前のケグナという商人が持ち出してきた。

「なぜそのようなことを」

「じつはですな、こういった大きな災害のあとには需要が大きく増加するのでございます」

「……」

「過去もそうでしたし、今でもそうでございます。有り体にいえば、今いる女の数では客の数を捌ききれない状況なのです」

「そうか」

「ですので、どうかお許しを頂きたく。枠を定めたのは陛下であるという事は重々承知の上なのですが……」

ケグナはそういって、俺に諂うような目を向けてきた。

未だに陛下呼びだし、そもそも枠そのものを決めたのは俺ではない。

が、それをいってもしょうがないことだ。

「わかった」

「では?」

「明日でいい、正式に申請をだしてこい」

「ありがとうございます!」

ケグナは大げさなまでに頭をさげた。

頭を下げた瞬間、得意げな顔の中に、軽視するような意図が混じっていた。

ケグナが帰った後、俺はソファーにすわったまま、ケグナが残していった贈り物の山をながめた。

ほとんど入れ替わりに、ゾーイがこの応接間に入ってきた。

「失礼します。よろしいのですか、ご主人様」

「ん?」

「そのような事をお認めになって。いまここでそのような事をすると、その……口さがない者達が」

ゾーイはいいにくそうにした。

かなり心配そうな顔をしている。

「うん?」

「その……娼婦の枠拡大に手をつけると、ご主人様に不道徳の偏見が」

「勝手にさせておけばいい」

「え?」

「あの男の話は事実だ。災害のあとそれがらみの話が多くなるのは事実だ」

「……」

「略奪、強姦などの事件の件数は普段に比べて明らかに多い。娼婦枠の 一時的な(、、、、) 拡大は災害時には一概に間違っているとはいえん」

「そ、そうだとしてもご主人様に――」

「言いたいやつには言わせておけ」

俺はふっと笑った。

その辺りは全く気にならない。

俺自身、娼婦の類は全く必要としないが、世の中の大多数の男が必要なのは分かる。

禁じて事件を起こされるよりは、しっかり管理された状態で商売としてやらせた方がよっぽどいい。

「それよりも……そうだな、ジョンとリオンを呼べ」

「え? は、はい」

ゾーイは困惑顔をしながら、二人をよびにいこうとした。

身を翻して、ドアノブに手をかけた。

「待て」

「はい、なんでしょうか」

「その前にお前にやってもらいたい事がある」

俺はそういい、呼び止めたゾーイに向かって手をかざした。

ゾーイは困惑し、俺の指輪が光を放った。

数日後、昼間の執務室。

ジョンとリオンの二人がおれの前に立っていた。

「急ですまなかったな」

「いやあ、こんなに良い仕事ならいつでもってなもんさ」

「あんたは良いかもしれないけど、俺はメアリーにごまかすのが大変だったんだ」

リオンは満面の笑顔でいい、ジョンは苦笑いをした。

「ごまかす?」

俺は首をかしげた。

「俺からの命令なのだから、それを言えばいいだろう」

「や、ご主人様の命令でいってるの、また向こうにバレない方がいいとおもって」

「そうか、わかった。全部片ついたらおれからメアリーに説明してやる。それまでは苦労かける」

「いやいやいいですよ。俺もやってるうちにこりゃあダメだって思いましたんで」

「そっちもか、オイラもなんだよなあ……」

二人はそういい、共感し合った。

ケグナの一件で、俺は二人に潜入調査をした。

ケグナの店に客としていって、実態を調査してもらっていた。

ケグナに何かを感じた俺は、とりあえずもう少し情報がほしいと、客の側からということでジョンとリオンに潜入調査してもらった。

「まあでも、あれだけで クサい(、、、) ってあたりをつけてオイラたちを調査させたのはすごいですよ」

「俺もそう思います」

ジョンとリオンは口々に俺を称えてきた。

「報告しろ」