軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

220.未亡人の価値

視察から戻ってきたその日夕方、庁舎の執務室。

俺はゾーイを呼び出して、水田で聞いた話をしてやった。

「すごいですご主人様」

静かに聞いていたゾーイはまずはそう言った。

「今は自然とそうなりつつあるが、これを逃す手はない。政策の力でこの流れをもっと推し進めようと思う」

「どのようにするのでしょうか?」

「収入が増える見込みだから結婚できるかもしれない、なら、政でさらに後押しをしてやる」

「はい」

俺はまず、はっきりと言葉にした。

こうやって目的をはっきりしないとブレたりズレたりすることがあるから、横着せずにまずはこうした。

「帝国は今でも未亡人が多いのは知っているな?」

「はい」

ゾーイははっきりと頷いた。

そしてまるで問題を出された生徒のように、真顔で滔々と話し出した。

「帝国は戦士の国、常に外敵と戦い続けている。戦で男が死に、その分の未亡人が生まれる」

「そうだ。例えばさっきの話だと、長男が死ねば次男がそのまま兄嫁と再婚する。特に農村部にありがちな話だ」

「はい。農家からすれば子供は財産、兄嫁ももちろん財産ですから」

もともとドッソという農村の出であるゾーイはそういった。

このあたりの肌感覚は俺よりももっとはっきりと持っているのかもしれない。

「そうはいっても、相手がいなくて放りだされる未亡人もいる。この場合の未亡人の再婚率は低い、何故だ」

俺はまた、同じように問題を出した。

優秀な生徒でもあるゾーイは迷わず即答した。

「経産婦であれば、確実に子をなせると見なされて、価値が高くなる。時には年頃の娘よりも結納金が高くなってしまう」

「そうだ、本末転倒な話ではあるが、価値があって高すぎて『買い手』がつかない事も大いにある」

「はい」

ゾーイは頷き、俺に聞いてきた。

「では結納金を抑えるのでしょうか」

「そこまで直接的な介入は望ましくない。無理矢理介入しても、結局形を変えて建前的な話でおわる」

「では?」

「人頭税がある。再婚した未亡人の人頭税を10年間免除、経産婦なら生涯免除でもいい」

「それではまた税が減ってしまうのではありませんか?」

「未亡人一人分へっても、子供が一人でも生まれてくれば黒字だ」

「トントンではなく……?」

「大人の残りの人生分と、子供の一生涯分だ。計算するほどの物ではないと思うが」

「――っ!!」

ゾーイははっとした。

目から鱗が落ちた、といわんばかりの表情になった。

仮に未亡人が二十歳だとしよう。

人間はざっくり五十歳くらいまで生きたとして、残りの人生は三十年、人頭税も三十年分だ。

それで再婚して、子供一人でも生まれれば、その子供もざっくり五十歳までいきれば五十年分の人頭税が増える。

残り三十年分の経産婦を一人免除して、五十年分の子供を一人産んだだけでも黒字だ。

「当然、一人だけだとは考えない。民は懐に余裕がある限り子を成す。そして俺はその懐をなんとかし続けるつもりでいる」

「すごいですご主人様。男側も一人分の人頭税がへるのならきっと大歓迎です」

「人頭税の個別免除は総督の権限でやれる。文面は任せる、米の収穫期間中に州中にしれわたるようにしろ」

「はい!」

「手紙をしたためる、即時性はいらん、馬でゆっくり帝都のオスカーのところに送っておけ」

「はい!」

こうして、俺はエンリル州再建の傍ら、子供のふやす政策をまた一つ考えた。

皇帝ではなく、現場により近く、即時性のある決断ができる総督だからこそやれること。

それを、実現可能なものから一つずつやっていった。

ある日の夜、俺はシンディーの屋敷に招かれた。

エンリル州での拠点としてシンディーが構えた大きな屋敷で、構えてから間もないのに既に百人近い使用人がいる。

早くも百人の雇用を生み出したのか、と。そのうち表彰なりしてやらねばなとおもった。

そう思いながら、屋敷の応接間に通された。

その応接間で、シンディーは客の俺を上座に座らせて、自分は下座にすわった。

俺達はローテーブルを挟んで、ソファーで向き合ってすわった。

腰を落ち着かせるなり、シンディーはまず軽く頭を下げた。

「お忙しいながらわざわざすみません」

「かまわん、何かあったのか?」

「こちらを」

シンディーは手紙を取り出し、テーブルの上にそれを滑らすようにして俺に差しだしてきた。

俺はそれを受け取って、封がされたままだったから、それを切って中身を取り出す。

手紙だったからそれを開いて目を通した。

宛先はシンディー。

どうやらシンディーの店、帝都にある本店の番頭である人物が送ってきた手紙のようだ。

その中身を読んでいくと。

「ツァーリーの商人が倒産した、か」

「はい。ご存じの通り、帝国は北にツァーリーと接しており、国境近くでは両国の商人が活発に商いを行っております」

「ああ」

厳密にはその間にルーシー・ツァーリーがあるが、その事はひとまずスルーした。

「陛下が発明された逓信手形、国境近くに店を構えている商人の9割以上がそれを導入されました。その結果、通常手形で商いをするツァーリー商人に対して圧倒的な優位に立つことができました」

「その結果がこれか」

俺はそういい、手紙をかざして見せた。

「はい。そして私は先ほどこれに対しての返事をしました」

「うむ?」

「逓信、および逓信手形を用いて、国境近くに私の資産の5割を即時投入。明日には倒産した商人のもつ権利を全て買い取る手はずを整えました」

「機を見るに敏、だな」

俺はフッと笑った。

子供の頃、シンディーとはじめて会ったときの事を思い出した。

時の第三宰相宅ではじめた会ったときは、俺も彼女もまだまだ子供で、彼女にいたっては商人に引き取られたばかりの養女に過ぎなかった。

それが今や、帝国の商人が倒産したとみるや即座に浮いた諸権利を買い占めに走れるほどの商人に成長していた。

「さすがだ」

「お褒めの言葉に預かり光栄でございます、しかし」

シンディーは笑顔で、まっすぐな笑顔で俺を見つめる。

「真にすごいのは閣下です。閣下の逓信手形がなくてはこれは不可能でした。私も国境に店を出していますが、そこは支店も支店、さほどの資金はありません。それを即時に行動に移せたのは閣下の逓信手形あってこそです」

「ふむ」

俺は頷いた。

取引でもっとも強いのは言うまでもなく現金だ。

その現金にやや劣るが、商人の手形はそれなりの強い。

あるいは口約束であっても、大きな商会の主ならそれなりの力をもつ。

が、この場合そのどれもなかった。

国境近くにある支店を預かる人間なら、小物ではないだろうが全ての権限があるというわけでもない。

そして主であるシンディーは遠く離れた南の、米が年間二回作れる湿潤な気候のこのエンリル州にいる。

とてもではないがすぐにはいけない。

そして従来では、手形を送り届けるまでにも時間がいる。

それでは時間がかかりすぎてしまう。

しかしシンディーはその「かかる時間」を、逓信連絡と逓信手形で全て補ってしまった。

俺が想定した形を全て最大限に活用したかたちだ。

「従来の手紙のやり取り、そして手形の運搬だと……」

「人命を無視する超特急で、最短でも一月はかかりました」

「だろうな」

帝国を縦断する距離で連絡がきて、シンディーが即断でしたとしても一番資金のある帝都本店に連絡して、帝都本店から国境に手形を送る。

それを人間――早馬でやろうとしても一ヶ月はかかってしまう。

「それを一日程度、か?」

「半日で」

「そうか。この速度感、ツァーリーの商人には太刀打ちできるはずもないな」

ツァーリーの商人が破産した後の出来事だが、一事が万事このスピード感なら、ツァーリーの商人が太刀打ちできなくて破産に追い込まれるのも無理からぬ事だ。

「さすがフンババだ」

俺は自分の中にいる、覚醒した精霊フンババに礼をいった。

『うふふ』

かえってきたのは穏やかな、母性すら感じるような笑い声だった。

「ありがとうございます、閣下」

「うむ。しかしこれなら……」

俺は考えた。

深く考えた。

シンディーが言ったことと現状をもう一度まとめるように考えた。

「フンババの糸なくして、逓信に匹敵する何かを用意するのは……ツァーリーには無理だな」

「はい。もとより連絡網にかんしては帝国の後塵を拝しておりました」

「そこは先帝の偉業だな」

先帝、父上はものすごい情報網を築いていた。

親王である俺が誰かとあって、このように応接間で何を話したのかも、直後に謁見したときにはもう父上に伝わっている。

それは同じ帝都内だけじゃなく、各地に迅速な情報を得るために同じレベルの情報網を敷いていた。

その情報網を機能させるには、当然の如く街道、公道の整備をしなければならない。

父上はそれにかなり力を入れた。

そのおかげで、帝国内の主要の街は行き来しやすくなっている。

主要の街道の規模や出来は、人類史上最高といってもいいレベルだ。

その結果土木技術があがり、父上の別荘の規模は一つ売れば国庫が潤う――というのは余談だ。

街道が整備されれば、当然早馬の効率もあがる。

帝国はそれをやった、しかしツァーリーはそこまではやっていない。

というよりやれないのだ。

父上がそこまでやれたのは、帝国が史上最高の繁栄期を迎えたから、その豊かさから生まれる財力があってこそだ。

故に、ツァーリーは元から、連絡通信手段では帝国に劣っている。

そこにこのフンババの糸による逓信だ。

もはや勝負にもならない、というくらい差が開いているだろう。

当然――。

「一足飛びに何か対抗できる手段を用意出来るはずもないな」

「おっしゃる通りだと思います」

「フンババのような者を味方に付ければ話は別だが」

『うふふ、安心して』

フンババがまた声を届けてきた。

母性の上に、ほんのりといたずらっぽいニュアンスがのった。

何をもって安心するのかは分からないが――いや、フンババほどの存在のその語気だけで安心に値するのかもしれないな。

「商人の力は国力に比例する。となると――」

俺は考えた。

頭の中で言葉をまとめた。

「ツァーリーはこの先ずっと、『今日が最も強い』という状態になるな」

「それはどういう意味なのでしょう?」

「国力が下り坂なら、常に明日は今日より弱いということになる」

「あっ……だから今日が最も強い……」

「うむ。米も目処がついた。エンリルの復興が終わったら大規模な遠征のしかけ時だな」

「もしかして親征を!?」

シンディーはそう聞いてきた。

目が輝いている。

「ああ」

俺ははっきりと頷いた。

「ツァーリーの……半分といわず、4分の1も切り取れば、帝国の版図は史上最大になる。まずはそこだな」

「すごい……」

史上最大。

その言葉を聞いたシンディーが、更に目を輝かせるのだった。