軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

219.次男の嫁

ある日の正午、俺は前にヌーフを連れてやってきた牧場を訪れた。

単独で馬に乗ってやってきた俺だったが、事前にいくと逓信で伝えていたからか、人馬が街道の上に目視できる距離の時点で、牧場の正門が開かれて、将と兵の一団がでてきた。

更に近づくと、それがリオン率いる部隊であるのがわかった。

正門前で俺は馬を飛び降り、即座に駆け寄ってきた兵に馬の手綱を渡して、リオンに近づく。

「出迎えが早すぎると」

「もうしわけありません! 連絡を受けたのがちょっと前くらいで、もうちょっとマシな格好ができたもんですが」

そういって、申し訳なさそうな顔をするリオン。

その格好は本人の自己申告通り汚れた格好だった。

モンスターの物だろうか、あっちこっちが返り血にまみれていて、今の今まで戦闘していたと思しき格好だ。

「中々の男っぷりじゃないか」

「いやあ」

「それに、はじめて会ったときに比べれば上等だ」

「あはは」

リオンは頭を掻いて笑った。

照れ笑いというか、申し訳なさそうな顔だ。

はじめてリオンとあったのは、彼が俺に投資話を持ちかけてきた時だ。

その時のリオンの格好はといえば、髪はぼさぼさ服は泥にまみれて汚れていて、一見物乞いかと見まがうような格好だ。

しかし俺は物乞いではないと見抜いた。

普通の物乞いは極めて不衛生な環境下で暮らすため様々な病にかかっているものだが、中でもパッと見わかるのが皮膚病だ。

リオンは見えるところをちゃんと偽装していた。上手いこと顔や露出している腕などにかさぶたっぽいものも作っていた。

しかしボサボサ頭の下、つまり頭皮はかなり綺麗な状態だった。

普通なら頭皮こそ汚れていたり腫れたり湿疹があったりするものだが、その時のリオンの頭皮はきわめて綺麗だった。

まあ、普通の肌はやれても髪の下はやりようが無いのだろう。

それで俺はリオンが変装していると見抜いた。

その出会いの話を持ち出されて、リオンは照れ笑いをした。

ひとしきり雑談のような挨拶をかわしたあと、リオンは改めてと切り出した。

「それで今日は何なんです? オイラになにか任務を?」

「いや、視察だ」

「視察、ですか?」

リオンはちょっと意外そうな顔をした。

「報告はしてますけど……」

「念には念をだ」

俺は真顔でいった。

リオンもつられて真顔になった。

「帝国境内において、野生のモンスターを完全に駆逐したのが先帝の最大の功績といっても過言ではない。それまでは野生にもいたのだ」

「そうでしたね」

「戦場に身を置くお前なら分かる、あれが時折であろうとも、野放しにあるという状態がどれほど民の安全を脅かしていたのかを」

「そうですね。オイラの故郷だとまあ、毎年のように死人がでるでしょうね」

「完全に駆除してコントロールしたのが先帝最大の功績だ、それを再び抑え込むことは俺にとっても最重要課題。しっかりこの目で確認せねばならん」

「そうすか。じゃあまあどうぞ」

リオンはそういい、俺を牧場の中に招き入れた。

俺の部下の中でも、取り立ててフランクな物言いをする男だ。

その幼なじみでもあり、同時に俺に仕官したクレスが謹厳実直な性格であるのと実に対象的だ。

「そういえば、一部の大臣からモンスターの討伐はかわいそう、管理出来るのなら牧場に戻せばいいっていいだしてるのって本当ですか?」

「うむ、そういう上訴文もきた」

「それをどうしたんです?」

「突っ返した」

俺はふっとわらった。

「あれがモンスターではなく……そうだな熊とかの猛獣だったら、『お前の屋敷に送るから面倒見ろ』といっていたのかもな」

「あはは、まあでも良かったです」

「そういう生ぬるい事を大臣が言えるのも、陛下が完全に管理したからこそだ。若い大臣らはモンスターの脅威を知らんのだ」

「先帝のおかげって言われるとなんもいえないっすね」

リオンはおどけるようにわらった。

そんなリオンと一緒に牧場の中に入ると、俺はまず周りを見回した。そして肌で空気を感じた。

「ふむ……完全に押さえ込んでいるようだな」

「あ、これだけでわかるんですかい」

「ああ、空気の……重さっていうのか。お前は家畜の解体現場に行ったことはあるか?」

「市とかですかい?」

リオンは首をかしげ、聞き返してきた。

「いや、生きてる家畜を締めて、解体する現場だ」

「そりゃないですね。血抜き? するってのは聞いた事はありますが」

「それは意外だな、軍を率いたこともあるのに」

俺は率直にそう思った、リオンの経歴からすれば本当に意外だと思ったからだ。

「あー……なんか辺境にいた時、冬を越すために大量に羊を間引きする遊牧民の話を聞いたことはありますけど、実際にはみてないですね」

「そうか」

それはそれで、と、俺はなるほどって感じで頷いた。

「大量に羊を間引く話を知っているのなら話が早い。そういうところは一日に何頭も殺して解体するからか、生き物の命ともいうべき熱さと重さがいつまでも空気の中にたまって抜けないのだ。屋外であっても」

「へえ、戦場とも違いますかね」

「すこし違う。戦場は人間の熱気がそれを上回る事がある」

「なるほど」

「ただ、似てはいる。モンスターがいる場所の空気というのは。今はそれが感じられん」

「すごいですよノア様。家畜のほうはわかりませんが、ここはまあ、おっしゃる通りです」

リオンは少し胸をはった。

「逃げ出したモンスターは全部ぶっ殺して、封印もやり直しました。この牧場はもう完全に制圧したっていってもいいです」

「そうか……ふっ」

俺はわらった。

やや自重気味な笑みだったからか、リオンは不思議そうな顔で聞いてきた。

「どうしたんです?」

「いや、こういう場合、父上は自ら現場に来なくても分かっていただろうな、と思ってな」

「ノア様も報告を受けれてるじゃありませんか」

「父上のそれは通常のルートではない、そうだな……諜報というべきなのだろう」

「諜報」

「体験したことはないか? いち早く先帝に報告したのにもう全部しっている。場合によっては自分が知らないことも知っている」

「あー……ありますねえ……」

リオンは苦笑いした。

「なんかの討伐だったかな、終わったんで報告しに行ったらノア様のいうようにもうしってて、それ所かオイラが去り際まとめておけっていった詳しい戦果までとどいてましたよ」

「それのことだよ」

「たしかに……あれはすごかったですわ……」

俺とリオン、二人で今はなき父上の情報網に思いをはせた。

俺が父上に遠く及ばない事の一つがこの諜報網だ。

これもいずれはなんとかしたいな、とそう思ったのだった。

よく晴れた日、郊外の水田。

俺はヌーフと一緒に、少し高い位置から稻の刈り取りを見守っていた。

たわわに実った、黄金色の田んぼで大勢の農民が稻狩りに精を出している。

「無事にここまでこぎ着けたな」

「はい。地震はありましたけど、田畑は街に比べたら一瞬で治せちゃいますので」

「そうだな」

ヌーフに頷いた。

ここエンリル州では、多くの建物が倒壊したほどの大地震があった。

それほどの地震だったのだから、田畑も無論無傷ではすまなかった。

わかりやすいところでいえば、水を溜めておく水田なんかはどこかが崩れて漏水したりするし、水位を維持する とい(、、) なんかも破損していたりする。。

しかしそれでも、ヌーフの言う通り、街そしてそこにある建物たちに比べて圧倒的に修復が簡単だった。

その証拠に、今の稲刈りをみていると、大地震がついこの間に来ていたなんてうそかのような、豊作ともいうべき光景が広がっている。

「みなの表情があかるいな」

「今年二回目の収穫ですから」

ヌーフはいった。その「みな」の中にヌーフもはいっているのだが、本人はそのように受け取ってはいないようだ。

「まだ手際が悪くて純粋に二倍ってわけにはいかなかったですけど、それでも無事二回目の収穫まで来れたのだから、みんな希望が持てるようになりますよ」

「本収入と変わらないレベルの臨時収入が入ればそうもなるか」

「はい」

その光景をみまわして、ヌーフに聞く。

「今のところ大きなな問題は?」

「大きな?」

「大きな」

ヌーフが聞き返してきて、俺は頷いて同じ言葉を繰り返した。

「大きいのはないです。肥料も倍近く必要になったのは大きいといえば大きいですけど」

「その辺りはなんとかする。むしろ前提レベルの話だ」

じゃあ大丈夫、とヌーフはいった。

俺は改めて収穫、そして田んぼを見つめた。

今年二回目の収穫、この先二倍近くなのが見込める米の収穫高。

それが見えてきたから、その更に先にある光景も同じように見えてきた。

もしかしたら、俺も笑っているのかもしれない、そう思えた。

「あ、あの!!」

ふと、真横から声をかけられた。

ヌーフと一緒にふりむいた。

一人の少年が、必死に何かを訴えかけようという形相でそこに立っている。

15、6という感じの少年だ。

体のつくりは細いが、目はキラキラと輝いている。

「どうした、なにか問題がおこったか?」

「そ、総督様、ですよね」

「ああ」

「俺、総督様にお礼を言いたくて」

「ふむ?」

何についてだ? という顔で少年をみる。

「俺、次男なんですけど。うちは昔から貧乏で、八人兄弟なんだけどみんな頑張って、長男のアニキだけなんとか嫁に来てもらったんです」

「ふむ」

俺は小さく頷いた。

取り立てて反応することもないような、農家などの貧しい家族にありがちな話だ。

子供は農家にとっては純粋な労働力、人によっては子供すら財産だというものもいる。

だから農家は多く子供を産んで、生産力をあげる。

しかしそれであがった生産力のほどはといえば、悲しい事に「子供全員に結婚させる」ほどの収入にはならない。

多くの場合、この少年がいったように一家総出で稼いで、貯めて、それで跡継ぎとなる長男だけなんとか嫁を迎える。

結婚というのはただでは出来ない。

嫁となる者の家族、その両親に結納金を払う必要がある。

場合によっては新居を構える必要がある。新居を構えるとなると家具など一式新調しなければならない。

結婚というのはかなり金がかかるものだ。

ちなみにそれで家を立てる者も、家具を作る者も収入が得られる。本人だけじゃなくて周りにも経済の効果が及ぶ。

帝国経済の大半が、いかにこれらの庶民に結婚して子を成してもらうかにかかってる、といっても過言ではない。

そこまで意識してやっていても、この少年のように十人近い家族が頑張って長男だけ嫁をとって、次男以下は我慢をするというのはありふれた話である。

「その嫁がどうかしたのか?」

一家総出で大金をはらって来てもらった兄嫁になにかあったのだろうか、と、それであれこれ想像したおれだったが、少年から帰ってきたのは違う答えだった。

「違うんです、その、俺ももしかしたら嫁に来てもらえるかもしれないんです」

「うん? ……ああ」

「この米の追加収入分でいけるかもって、オヤジとオフクロがいってました。未亡人くらいならいけるかもって」

「そうか」

「それで、あの! 総督様にお礼を言いたくて――ありがとうございます!」

少年はパッと頭をさげた。

「それはお前達の家族が頑張った結果だ、礼には及ばん」

「でも、ありがとうございます! 今まで頑張ってもどうしようもなかったんです。それが総督様のおかげで……だからありがとうございます!」

少年はそういい、まるでキツツキのように、何度も何度も頭を下げるように振った。

俺はふっと笑った。

この少年、人を褒める才能があるのかもしれないなと思った。

「ならがんばって働け、刈ったばかりの稲じゃ金にならん。最後まで頑張らないと嫁が絵に描いた餅だけで終わるぞ」

「あっ、はい! がんばります!」

少年はそういい、かけだしていった。

おそらくは家族であるところに戻っていき、稲刈りを再開した。

「ふむ……」

「結婚って大変なんですね」

ヌーフがそういうが、言葉に余り実感がこもってはいなかった。

まだ若いということもあるからなのだろう。

「でも、すごいです」

「うん?」

「結婚ができる人が増えるってことは、生まれてくる子供も増えるってことですよね」

「ああ、そうだな」

「たしか……ほとんどの問題は人口、生まれてくる子供の数を増やせば解決できる、ですよね」

「国の 政(まつりごと) を限界まで単純化すればな」

「だったらすごいです」

ヌーフに褒められて、俺は考えた。

今の話、想定にはなかった。

が、理屈的には全くもってなにもおかしくない、むしろ当然だ。

農家は貧乏だから今までは一人しか嫁に来てもらえない、でも米の二期作で二人目以降も望めるかもしれない状況になった。

「……この機を逃す事はないな」

俺はそうつぶやき、不思議そうな顔をするヌーフを他所に、頭の中で考えをまとめ上げていった。