軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139.策略

「それよりも何をしていた?」

「え?」

俺はジェリーがさっきまで向き合っていた執務机の上をちらっと見た。

何かの書類があって、文字と数字がみっちり書き込まれている。

俺の言葉を聞き、視線を見て、ジェリーが柄にもなく恥ずかしそうにした。

「えっと……主君のまねっこ、ですわ」

「余の真似?」

「食い詰めた連中を集めて軍に入れて、食い扶持をやってんですわ」

「ほう」

「それと希望者には娼婦の身請けを手伝ったり、戦死した連中の未亡人をひきあわせてやったりとか」

「なんでそこまでする?」

俺は内心舌を巻いた。

理由はもしかして――と想像ついているのだが、あえてジェリーの口から聞こうと質問してみた。

「俺もそうだったんですがね、飯が食えて所帯が持てれば、それだけでもう変な気がおきないってもんですわ。昔の俺らみたいに『元手が要らない商売』に手を染める連中って、大抵食い詰めてたり、守るものがなくて失うものもない連中がやるもんだ」

「だから職を与えて、家庭もあたえる、と」

俺は小さく頷いた。

想像通りの理由だった。

そしてそれを分かるようになって、実行に移せるようになったジェリーの評価をサラにあげた。

「そう。主君、すっげえ面白いんだぜ、これ」

「ん? なにか?」

さっきとは違って、まったく想像つかない切り出しだった。

「未亡人の再婚を斡旋してるんだが、これが男と女、両方とも大歓迎なんだわ」

「ほう? それはなぜだ?」

両方とも、というのが興味をそそった。

「まず戦死した連中の未亡人ってのは、前の旦那の補償っていう小金をもらってる女どものことなんですわ」

「ふむ、そうだな。帝国は戦士の国、戦場で散った人間の遺族にはちゃんと補償をしている」

「そうなると、味を占めてるわけだ。つぎの旦那もあわよくば戦場に死なねえかな、って期待するわけですわ。だから再婚がまた兵士なら喜んで――ってね」

「ははは、なるほど、余にはけっして上がってこない、現場の声ってヤツだ」

俺は天井を仰いで大笑いした。

この手の生々しい話は決して皇帝にまで上がってこない。

皇帝まで上がってくるのは大抵が修飾された、華々しくて耳障りのいいものだけだ。

だから各王朝の歴代皇帝は、心ある者ならたびたびお忍びで出かけるし、俺もそれを真似てちょこちょこ一人で出歩いている。

この話は、前世の俺でも知りようがなかったもの、そして帝都にいる限りけっして耳にすることがないであろうもの。

ジェリーのこの話を聞けただけで、今回一人で来たかいがあったと言うものだ。

一頻きり笑った後、俺はジェリーにいう。

「そうなると男も歓迎するというのは――そうだな、未亡人側が金を持っているからか」

「ご明察、すごいですわ主君、まさにその通り」

ジェリーは感心した顔でいった。

「そりゃ貧乏な女よりも金持ってる女の方がいいですわ。特に俺が斡旋する連中は直前まで食い詰めてた連中だからな」

「なるほどな。やるじゃないか」

「いやあ……」

最後まで聞いてから褒めてやると、ジェリーはごつい顔に似合わず照れだした。

「それは分かったが、結局何を悩んでたんだ? かなり難しい顔をしてたが」

「ああ! そうだったそうだった。えっと、もちろん大半の連中にはメシと かかあ(、、、) をあたえておとなしくさせるのが目当てなんだが、なかから一部俺のような連中が出てくればいいなって。ほら、主君にこの前もらった言葉。1000人に1人でも戻ってくれば黒字だって」

「ふむ」

俺は少し感心した。

いったばかりのことを、ジェリーは早速実行しようとしている事に感心した。

「で、戦果の集計を色々見てたんだが、いままでは首で戦果を数えてたんだが、首だと重いし戦闘の最中に落としてる暇はないし、終わった後に取ろうとしたら俺のだ、いや俺のだってもめることも多くてさ」

「なんだ、そんな事か」

「え? そんな事かって……いや結構面倒なんですわ、これが」

「首じゃなくて耳にすればいいではないか」

「……耳?」

「そう、耳ならさっと刈り取れるだろ?」

「……おおっ!」

ジェリーは感心した様子で手をポンと叩いた。

「そうか耳か! すごいぜ主君、その発想なぜかなかった!」

「一つだけっていう意味じゃ鼻でもいいんだが、鼻は削ぎつらいからな」

「たしかに! 俺も昔 あの商売(、、、、) やってたとき、脅すために耳をささっと落としてたからわかる、耳は切りやすい」

「はは、経験者のお墨付きがでたな。まあ経験したことがない余の感想だと、耳を削ぐ為に特化した道具を持たせてもいいかもしれないとは思うがな」

「耳を削ぐ為だけの?」

「果物の皮を剥くためだけの道具もあるだろう? あれのように小さく使いやすくして、腰元にさげられるようなものを作らせればいい」

「すげえ! さすが主君! それいい、すぐに職人に作らせるわ!」

俺が目の前にいるのにもかかわらず、ジェリーは部屋の入り口まで大股でいって、廊下に向かって「おおい!!」とがなるような声で人を呼んだ。

すぐさまバタバタと足音が聞こえてきて、かけてきた部下らしき男に何か指示を飛ばした。

俺は微笑んだままそれを見守った。

これくらい即決即断で動ける男の方が見ていて気持ちがいい。

もちろん熟慮を重ねた方がいいこともあるが、耳を削ぐ為の道具なんて、どのみち試作品という段階を挟むのだから即決即断の方が絶対にいい類のことだ。

ジェリーの肩越しに見える若い役人、ジェリーの命令を聞いて、「またですか」のような顔をしていた。

たぶん普段からジェリーに色々振り回されているんだろうな、と想像に難くない。

しばらくして、ジェリーの命令だか言いつけだかがおわって、若い部下は立ち去り、ジェリー自信は俺の所に戻ってきた。

「待たせて申し訳ねえ主君」

「かまわん。できそうなのか?」

「なあに、できなきゃあいつの尻蹴っ飛ばして、別のやつにやらせるまでですわ」

「そうか」

とことんブレないなと、俺はクスッと笑った。

「ん? それはなんだ?」

俺はジェリーの手を見てきいた。

戻ってきた彼の手に四つ折の紙があった。

「ああ、これですかい。くそ野郎に関しての報告ですわ」

「エイラー・ヌーフのか。どんな報告だ?」

「くそ野郎の嫁さんがおっ死んだんだと。で、帝国の皇帝を真似て、すっげえ墓を作らせて、なんだっけ……道連れを300人くらい墓につっこんだらしいんですわ」

「殉葬か」

「そうそれそれ」

ジェリーはびし、っと俺を指しながら言った。

殉葬もきっと分かってるのに知らない振りをしてるんだろうな、と思いながら俺は考える。

なるほどな、と俺は思った。

俺がドンにやらせたことで、反乱の首魁エイラー・ヌーフが皇帝を自称した。

もともと豪親王の傍流、一応は皇族の端くれだから唆しやすかった。

そしてエイラーは「皇帝になった」事で皇帝の振る舞いをし始めた。

殉葬がまさにその最たるものだった。

「しかし殉葬とは古風なことを。しかしなるほど、皇帝僭称の後押しをしたのがここでも影響がでてるわけだ」

「へ? あれ主君がしかけたんで?」

「ああ。……叩きやすいようにな」

オスカー対策、とはさすがにいわなかった。

代わりに大義名分作りという言い訳をすると、ジェリーは感動した、きらきらした瞳で俺を見つめた。

「さすが主君、くそ野郎が妙に増長してると思ったら主君の仕掛けだったのか」

「増長か、そうだな」

オスカーはこの「殉葬」の知らせを聞いて、今頃また大激怒しているだろうな、と思った。

帝国法では、陵墓への殉死者は皇帝か皇后のみと定められている。

皇帝の死後、残された未亡人――皇太后についてはその時の皇帝の許可がいるともある。

もちろん皇太后だから許可されないことはない。

むしろこれは皇帝が親孝行を重んじる人間だ――という演出をするためのものでしかない。

ともかくだ、殉葬は皇帝か皇后のみ。

つまり妻の墓に殉葬者を押し込めるのは皇帝だと主張する行動の一つだということだ。

それはオスカーが一番許せないことだ。

オスカーはエイラーの偽帝僭称に激怒している、その上でこの殉葬だ。

ますます今回の親征中、後方――帝都は安泰だなと俺は密かにホッとしていた。

「それならもうすこししかけてみたいな」

「しかけるって……なにをですかい?」

「皇帝を僭称したばかりだというのに皇帝っぽい事ばかりやっている。そんな人間なら上手く 教えて(、、、) やれば贅の限りを尽くしそうだな、と」

「おおっ! さすが主君、それ絶対いいアイデアだ」

「……ジェリー」

「はっ!」

少し考えてからジェリーの名を呼ぶと、彼はかかとを揃え、びしっと背筋を伸ばして応じた。

「現地の民に仕込みをたのめそうか」

「楽勝ですわ」

「だったら、そいつの『名前が天然で刻まれた隕石』でも献上させてみようか」

俺は歴史書に書かれていた、かつて実際にあった、どうしようもない皇帝へのごますりの一つを思い出して、いった。

山の中だか田んぼだかに落ちてきた隕石が、なんと時の皇帝の名前が刻まれてて、これは皇帝が神に祝福されているからに違いない――として献上して、それで山ほどの金銀財宝を下賜されたという話。

落ち着いて考えれば隕石に名前が刻まれているなんてあり得ないのだが、それでも信じて気をよくする皇帝が歴史上枚挙に暇がないほど存在した。

「すごいですわ主君。すぐにやらせます!」

ジェリーは再び大股で部屋の入り口まですっ飛んでいき、部下を呼んだ。

偽の隕石で賊軍の内部がガタガタになってくれるのならもうけもの、ならなくても損はない。

しかけて損はないことだ、と俺はおもったのだった。