作品タイトル不明
138.皇帝の一人旅
翌朝、俺は単身で出発した。
朝の野営地はほとんどの兵が眠りについているが、それでも一部の兵が寝ずの番をしている。
その兵たちの 意識の外(、、、、) を縫って、単身で野営地をでた。
昨夜ヘンリーを連れて外にでたのと同じように、今回もなんの問題もなく、だれにも止められる事なく外にでた。
野営地――とはいっても千人単位の軍がいる場所だから、急拵えではあってもそれ自体が一つの町のようになっている。
だが本来野外であるため、野営地を一歩出たらそこは何もない大草原が広がっていた。
その大草原を、俺は方角をまず見定めてから歩き出した。
まずは――西へ進んでいった。
しばらく歩くと、気づく。
背後から何者かがついてきた。
「どれくらいいる、リヴァイアサン」
俺は振り返らず、歩く速度をそのままにしながら、リヴァイアサンに聞いた。
『三人。いずれも軽装をしている』
「ってことはヘンリーの手のものか」
『なぜそうだと?』
リヴァイアサンは不思議そうに聞いてきた。
「昨夜のでヘンリーは納得したが、だからといって手放しで賛成もできない。万が一の時のために 俺(、) のサポートが出来る様につけた者達なんだろう」
『では、主の行動を阻害する者達でよろしいか』
「そうだが――いきり立つな」
俺はクスッと笑いながらリヴァイアサンを止めた。
昔からまったく変わってないな、こいつは。
レヴィアタンだった頃から、俺に無礼を働いた者がいたと感じたらすぐにキレる性格だった。
忠犬と狂犬、二つの性質を合わせもった面白い魔剣だった。
「とはいえついてこられるのもこのさきややこしいだけだな」
『であれば、我に命を』
「そうだな……」
俺は少し考えて、リヴァイアサンに考えた事を伝えた。
「できそうか?」
『造作もない』
頼もしい返事がリヴァイアサンから返ってきたから、すべてまかせることにした。
俺はそのまま歩き続けた。
やがて草原の中にある、ぽつんとした感じで転がっている椅子くらいの岩があるのをみつけた。
その岩の前に立ち、懐からペンと紙を取り出して、ささっと走り書きをした。
かき上げた紙を岩の上に置いて、少し離れた所に立った。
しばらくすると、リヴァイアサンが感じ取った数そのままの、三人の軽装の男が岩の前にやってきた。
「あれ? 陛下はどこへ?」
「さっきまでここにいたのに」
「さ、探せ!」
三人はまわりをきょろきょろした。
ほとんど目と鼻の先にいる俺を、視線はことごとくスルーした。
傍から見るととても奇妙な光景に見えただろうが、これも意識誘導の応用だ。
リヴァイアサンの意識誘導で、きょろきょろしながらも俺がいるところは決して見ないようにした。
これは簡単にできると思った。
きっかけは昔、探しものをした時の経験からだ。
探しものというのは、かなりの割合でいくら探しても見つからない時がある。
そしてしばらく時がたってから、「なんでここを探さなかったんだろ?」という感じの所から出てくる。
それを参考にした。
人間は、「くまなく探してる」と思っていても、なんだかんだでどこかに見落としがあるものだ。
それをリヴァイアサンの意識誘導と組み合わせたら、目と目があう位の距離であっても見つからないことが出来る。
「あっ、これ!」
俺を探していた一人が、岩の上においた紙を見つけた。
それを取ると、三人が集まって一斉にのぞき込んだ。
「陛下が書かれたものだ……」
「『ヘンリーにこれを見せろ』……」
「すごい……すでに我らの尾行を見破っていたということか」
「それだけじゃない、我らが凝視している中これを残したうえで姿をくらませたのだ」
「どうする……これ」
三人は苦虫をかみつぶした顔で見つめ合い、俺が残した紙を見た。
やがて誰からともなくため息をついて、ぐるり、と身を翻して来た道を引き返していった。
俺が残した紙は男達が読みあげた「ヘンリーにこれを見せろ」しか書いていない。
それしか書いていないが、ヘンリーなら一目見れば全てが理解できるだろう。
三人が立ち去る姿を見送ってから、俺はきびすを返して、再び歩き出した。
☆
ククルクの街。
ジェリー・アイゼンが赴任、駐屯している街。
西の辺境の街で、帝都はもとよりアルメリアの州都などに比べても寂れている、小さな街だった。
寂れてはいるが、活気がないわけではない。
街中は非番の兵士と思しき若者達が飲んで食べて騒いでいる。
前線の街としてはそれなりに正しい姿だ。
こういった街は生産性を求めるものではない。
兵士達が持つ高い給金を狙って、「飲む打つ買う」を提供するのがおもな産業だ。
そういうのが主である以上、活気はおのずとついてくる。
俺は意識誘導をつけたまま、街中を歩いた。
「ふむ、西方訛りの中でもさらにキツい方だな」
一応は帝国の民だから、帝国の公用語を喋っているらしかった。
しかし訛りがキツくて、神経を集中して聞いても1割もわからなかった。
『我の通訳が必要か? 主よ』
「ああ、そうだったな。いやいい、一割も分かれば大体は想像がつく」
リヴァイアサンの申し出を断った。
それは素直な感想だ。
街に入ってからまだほんの少ししか立っていないが、それでも今の所ほとんどが「飲む打つ買う」の話題ばかりなんだと推察出来る光景とその内容だ。
だからわざわざ、リヴァイアサンに通訳してもらうほどの物じゃない。
俺はそのまま、足を庁舎のほうにむけた。
庁舎に入って直ぐにジェリーの居場所を目指す。
この手の庁舎は作りが大体一緒だから、とにかく一番偉い人間がいる場所にむかった。
しばらく歩いて、観音開きのドアが全開になっている部屋にやってきた。
中に入ると、そこにジェリーがいた。
ジェリーは立派な執務机の前に座って、眉に深い皺をつけながら何かを読んでいた。
「何を読んでいる?」
「だれだ! ――って、しゅ、主君!?」
意識誘導をきって、姿を見せた俺にジェリーはものすごく驚いた。
慌てて立ち上がって、俺の所に駆け寄ってきた。
「主君が来ていたとは知らずに――って、あの役立たずどもが、通報の一つもまともにできんのか!」
「ははは、下の者を責めるな、余がこっそり忍び込んできたのだ」
「主君?」
「ああ」
俺はそういい、もう一度リヴァイアサンに意識誘導をしてもらった。
背後に何かを感じたような勢いで、ジェリーはパッと振り向いた。
しかし何もないとわかると、狐につままれるような顔で振り向いてきた。
「あれ? しゅ、主君?」
振り向いたジェリーは目の前にいる俺を見失った。
ちょっと前の、ヘンリーがつけた三人の尾行者のように、俺を見失っていた。
部屋の中で俺を探すジェリー、やがてドアの外、廊下ものぞいたがやはり俺は見つからずに困惑。
そこで俺は意識誘導をきった。
「ここだ」
「え!? ど、どこにいたんだ主君!?」
元の場所に立っていた俺をみて、死ぬほど驚くジェリー。
「こういうことだ。余がここまで入ってきたのをだれも報告しなかった理由が分かっただろう」
「は、はあ……すごいですな、いったい何をどうやって……」
ジェリーは舌を巻き、目の前の出来事をまだ受け入れられずにいた。