軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118.オスカーとインドラ

「今回の親征で、余は半年はまずは帰れないとみている。そこで、一つオスカーには重要な仕事をしてもらいたい」

「なんでしょうか」

「今年の騎士選抜の選考官だ」

「騎士選抜……ですか?」

オスカーは眉をひそめた。

さっきまで愉快そうに笑っていたのに、表情が180度変わった。

「気持ちはわかる。騎士の選考官なんて、普通はもっと暇な親王がやるものだ」

「いえ、決してそのような――」

「よい、平時ならそれで正しい」

「――はっ」

オスカーは神妙な顔で頷いた。

平時、という言葉の行間を読み取ったようだ。

何事もそうだ、平時と非常時のやり方はまったく違うものだ。

もちろんオスカーにもその理屈は分かっているし、俺のこの言い方で今から非常時の話をするのだと察した。

「ご下命謹んでお受け致します」

「うむ」

「して、今年はどのように選考すれば」

「やり方は任せる――が、有能なものは片っ端から落とせ」

「落とす? 片っ端から……ですか?」

「ああ。隠れ蓑が必要なら、無能側から盛大に裏金を受け取ってもいい。それが余の命令だと今一筆書いてやる」

「……どうしてそのような事を?」

「もちろんただ落とせという訳ではない」

「はっ」

オスカーは小さく頷いた。

そんな事は当然だ、といわんばかりの表情をしている。

「有用な連中を落とした後、ヘンリーと諮って適材適所に配置しろ」

「……遠征に、ですか」

「そうだ」

俺ははっきり頷いた。

オスカーをまっすぐ見つめて、真顔で先を続けた。

「この親征がどうなるのか分からん、手駒が多いに越したことはない」

「それなら、通常の選考をした上で、でもいいのではありませんか?」

「相手に悟られぬようにだ。ヘンリーにやらせないのもそうだ。兵務大臣のヘンリーが表立ってやれば勘ぐられる、だからお前だ。お前がやれば内政、という隠れ蓑になる」

「そうでしたか…………」

オスカーは小さく頷き、思案顔に――熟考する顔になった。

俺はその思考を妨げないように、オスカーが自分から次の言葉を紡ぐのを待った。

十数秒ほど考えたあと、オスカーは顔を上げて、俺をまっすぐ見つめてきた。

「では、私よりもダスティンの方が向いているのではないかと」

「第十か?」

俺は少し驚いて、オスカーを見た。

第十親王ダスティン。

俺の兄に当る男で、表向きはただの――いやものすごい女好きで通っているが、ヘンリーともオスカーとも違うタイプの有能な男だと、俺は思っている。

「はい、私もそれなりに注目されている立場です。役付きの私よりも役のないダスティンの方がよろしいのでは?」

「ふむ」

「それにダスティンは女好きで知られている。カモフラージュにするというのなら彼の方が適任でしょう。ダスティンであれば、文字に残さないで、陛下が口頭でそれとなく言ってやれば理解しましょう」

「はは、評価が高いのだな」

俺がそういうと、オスカーはため息をついた。

「時々もどかしく思います。能力があるのに、それを女遊びにしか使わないのは親王としていかがなものかと」

「ふむ」

俺は頷いた。

なるほど、オスカーは「そういう解釈」をしたか。

まあ、当然か。

俺を前に「帝位に興味が無い振りをしてる」なんて、オスカーの口からは言えないもんだ。

たぶんオスカーも、本音の所では俺と同じ評価をしてるんだろうなと、空気で感じ取る事ができた。

俺は更に考えた。

オスカーの提案について考えた。

シェリルの事もある。

ここはオスカーの提案通りダスティンに任せることにしよう。

真の目的(、、、、) ――のために。

「分かった。その進言聞き入れよう。後でダスティンを呼んで言い聞かせる。お前は落とされた者達の受け皿となれ」

「御意」

オスカーが頭を下げた。

頭を下げる彼の姿をみる。

ここにオスカーを呼んだのは「つじつま合わせ」が第一目的だ。

オスカーも宮廷内に耳目がある。

この四阿でヘンリーと話した内容は伝わりようがないが、「話した」という事実は伝わる。

ヘンリーとだけなら怪しまれたりうたがれわたりするものだが、オスカーとも話せば問題はなくなる。

つまりヘンリーもオスカーも喚んで、等しく何か機密の話をした。

俺の朝廷の中では、ヘンリーとオスカーの二人がいわば両腕だ。

どちらかだけに機密の話をしたのでは、もう片方にいろいろ邪推される。

普段はともかく、今はオスカーに「邪推」されては困る。

だから、つじつま合わせにオスカーも喚んだ。

これでオスカーに迷いが生じる。

極論の話だ。

オスカーが天寿を全うするまで、叛意を抱いたままでも構わない。

その叛意が何かの水位を超えて、行動に移されなければそれでいい。

迷いは手枷足枷になって、行動をためらわせる。

……極論、それで十分ではある。

「では、私はダスティンにこの話をもっていきます」

「ま、待ってください親王様――」

「いいからさがっていろ。安心しろ、おめえらに罰はいかねえよ」

話がひとまずまとまった所で、遠くからもめ事の様な騒ぎが聞こえてきた。

騒ぎの方を見ると、宮殿のほうから男が一人、女が数人、こっちに向かってきている。

男はそれなりの老齢だが、矍鑠とした感じで、足取りや身のこなしなどは若者にも引けを取らない様子だ。

むしろまわりに集まって必死に取りなそうとしている宦官達の方がひょろひょろしているイメージだ。

それが、池の畔をぐるっと回って、一本しかない架け橋に足を踏み入れ、こちらにやってきた。

「も、申し訳ございません陛下! 通報が遅くなってしまいーー」

宦官が橋の上でぱっと土下座した。

「よい、下がれ」

「「「ははーー」

俺が言うと、宦官達は平伏したまま、まるで動物の様に四つん這いのまま下がって、来た道を戻っていった。

残ったのは、身なりのいい老人。

いや、それ以上に圧倒的な存在感を放っている老人だ。

雷親王インドラ。

「雷」の称号を持つ上級親王で、俺の正妻、皇后オードリーの祖父その人だ。

インドラは親王らしからぬ、仕立てのいい服を着崩しながら、トレードマークの金ヒョウタンを持っている。

インドラは四阿に入ってくるなり、俺の横に座って、肩を叩いてきた。

「よう坊主、元気だったか」

「なっ!」

それまで座っていたオスカーが目を剥いて、いきり立った。

「インドラ様! それはいくら何でも失礼ではありませんか」

「ははははは、カッカしてると寿命縮むぜ? なあボウズ」

「はは、そうですね」

「陛下!」

オスカーの矛先がこっちにも向いてきた。

言いたいことはわかる。

普通に考えれば、帝国皇帝である俺にこんな事をすれば大不敬罪で打ち首になってもおかしくないものだ。

「よい」

「しかしっ」

「余がいいと言っている、それに大不敬罪は親告罪だ」

「……わかりました」

法の話をすると、オスカーは引き下がった。

俺が親王の時代から、法は守る、しかし法の枠内でなら適用に幅を持たせる。

そういう性質なのを知っているから、オスカーは引き下がらざるを得なかった。

「若いなあお前、もっと肩肘張らずに生きたらどうだい、オイラのように」

「遠慮しておきます」

「それよりも雷親王、急に訪ねてきてどうした」

インドラとオスカーが――というよりオスカーが一方的に怒っているので、間に入ることにした。

このまま放っておいたら話が盛大にこじれて大変な事になると思ったからだ。

俺が割って入ると、インドラは陽気なままの表情で、しかし何かを思い出したかのようにポンと手を叩いた。

「おお、そうだそうだ。今日はな、ボウズにちょっと説教しに来たんだよ」

「説教?」

なんだろうか、と小首を傾げた。

視界の隅でオスカーの眉がちょっと跳ねたのが見えたから、俺が話の主導権を握って進めた方がいいと思った。

皇帝が話している所に割って入ったらそれはそれで不敬罪になるからだ。

「何か至らないところがあったか」

「おお、あったとも。分からないか、だったら教えてやろう。お前な――後宮が少なすぎるんだよ」

「……ああ」

俺は小さく頷いた。

それはインドラにわざわざいわれなくても、俺自身普通に気づいていることだ。

「それはわかるが、何故雷親王がそれを?」

「オードリーは皇后、国母だ」

「ふむ」

「ボウズが治めるのは天下、帝国だ。それと同じで、皇后も後宮を治めて国母として振る舞わにゃならん」

「オードリーも似たような事をいっていたな」

「そうだ。ボウズよ、あまりにも後宮が少ねえと、オードリーが後世にどういわれると思う?」

「……はて」

「嫉妬深い女とか悪女だとか書かれるんだ」

「そうなりますかね」

俺は苦笑いした。

「そういうもんだ。人の口に戸は立てられねえ。歴史書も同じよ」

「なるほど」

「オイラの孫娘がそんな風に書かれるわけにいかねえだろ? んん?」

話が分かった。

インドラは孫娘のオードリーのために苦情を言いに来たわけだ。

雷親王インドラは自由奔放、豪放磊落で知られている男だが、孫娘が可愛いという点では世の男とさほど変わりは無いということか。

「話はわかったが……しかしな、それは考えすぎではないのか」

「いいえ陛下、その話、雷親王殿下が正しいです」

「ほう?」

ちょっと驚いて、オスカーの方を見る。

さっきまで目から火花を吹き出しかねないほどの勢いだったオスカーだが、一転?してインドラの言い分を支持していた。

「わが帝国ではエリザベス、アンジェラ。前の帝国ではジュリーなどがそれに当ります」

「……ああ、いずれも悪女、悪后とされている者達だな」

「はい、それらに共通する点は嫉妬深く、後宮の大粛清を行ったという所です」

「オードリーもそう書かれかねないって事か」

俺がいい、オスカーははっきりと頷いた。

「跡継ぎの事もある、体面もある。陛下にはもう少し、後宮を充実して頂きたい」

「後宮の充実、か」

「平たく言えば、その辺りをもっと皇帝らしく振る舞っていただきたい。これは内府を兼任する者からの進言でもあります」

「ふむ……」

「それによ」

オスカーの言葉が一段落すると、今度はインドラが続いた。

さっきからインドラ、オスカー、インドラの順で、二人はまるで長年の相棒かのような、息の合ったコンビネーションで俺を責め立ててきた。

「例えばよ、十年くらい後に坊主達のオヤジが急に女を遠ざけたら、まわりはどう思う」

「父上が?」

俺は眉をひそめ、考えた。

父上の女好きは有名だ。

妃は俺の数十倍いて、子供も男子が十数人、女子が数十人といる。

譲位して上皇になった今も、変わらず妃達を側に侍らせている。

その父上が急に女を遠ざけたら……?

「健康、か」

俺がそういい、インドラもオスカーもはっきりと頷いた。

「そう、皇帝の体がよくない。だから女色を遠ざけるようになった。そう考えるだろうな、外野は」

「ふむ……」」

「そうなれば、奇貨居くべしとまわりの蛮族達が一斉に騒ぎ出すことでしょう」

「そう。皇帝が女好きかどうか、女を抱けるかどうかも、外部に見られるバロメーターの一つだ」

「そうか……」

俺は小さく頷いた。

皇帝という立場なら……と。

考えさせられる事が色々とあった。

四阿の中に俺とインドラが残った。

オスカーはダスティンの所に行く、といって辞していった。

俺とインドラはそんなオスカーの後ろ姿を眺め、見送った。

「あいつ、あんなに怒りっぽいやつだっけ」

「え?」

「もうちょっと穏やかな子だと思っていたが」

インドラはそう言い、不思議そうに首をかしげていた。

「たぶんだが、それは皇帝の話だから、だと思う」

「ふむ?」

インドラはこっちを見た。

俺はオスカーの去っていった方――更にその先を見るかのように遠い目になった。

「今ピンと来て、今まで上手くまとまらなかったものが言葉にまとまった」

「ほうほう」

「オスカーからすれば、皇帝、は絶対的なものじゃないといけないんだ」

それに憧れているからな、とは、あえて口に出さないようにした。

「皇帝」を絶対視しているから、 親王(インドラ) が 皇帝(俺) になれなれしい口をきくのも許せないし、 皇帝(俺) が後宮をしっかりさせないのも許せない。

だからインドラに怒ったあと、インドラの言い分に同調した。

その事をいうと、インドラは「ああ」と納得した。

「すごいなボウズ、そこを見抜いているのか」

「……」

俺は微苦笑した。

そういう感想が出てくるって事は、インドラはもっと前に理解してるって事だろう。

なんとなくインドラにちょっと試されたような気がした。

「照れるなボウズ、本心だ」

「え?」

「あの手の、一見矛盾してる行動をするやつの、一貫している本心を見抜けるやつはすくねえ。すごいぜ、本当に」

「はは」

最近はオスカーの事ばかり考えてるだけだからなんだが、まあそれはそれでいい。

「それよりも――」

雷親王の表情は一変した。

「お前が後宮を広げない理由は本当に分かる」

「……っ」

心臓が、一際大きく跳ねた。