軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

117.譲れない事

話は終わった。

終わったが、皇帝の許しがない限り臣下は勝手に席を外すことは許されない。

話が終わったように見えても、俺が何かいわないかぎりヘンリーは動く事は出来ない。

だからヘンリーは待った。

俺も黙ったから、二人の間に沈黙が流れる。

しばらくしてから、俺から口を開いた。

「ヘンリー」

「はっ」

「余がまわりくどい事をしていると思うか」

「陛下の深謀遠慮は我らの及ぶところではありませ――」

「兄上」

「――っ!」

ヘンリーは息を飲んだ。

彼を兄と呼んだのは、おそらく俺が即位して以降初めてだ。

この、まわりに誰も聞かれないような四阿というシチュエーションで、俺はそうした。

「まわりくどいと思うか」

「……多少は」

ヘンリーは少しの戸惑いを残しながら、静かに答えた。

「俺はですね兄上、帝位を望んではいなかった。少なくともアルバートが事を起こすまでは」

「当然のことだな」

「その後もうっすらとは思っていたが、それでもヘンリー兄上か、オスカー兄上になると思っていた」

「……そう、だな」

「だが、父上は俺に帝位を渡した。兄上、父上は兄上にこう話してはいないか。名君の九割は晩節を汚している、と」

「名君の九割は……? ああ、遠回しに似たような事を言われたことはある」

「俺は直接、今の言葉のままだ。父上はその事をすごく危惧していた」

「ああ」

ヘンリーははっきりと頷いた。

「父上は武功も凄まじいが、文人気質ももっておられる」

「文人気質?」

初めて聞く評判に、俺は不思議がってヘンリーに振り向いた。

「素晴らしい文学作品は、最後までしっかり仕上げてこそだ」

「ああ……音楽もそうだな」

俺が言い、ヘンリーが頷いた。

俺の脳裏にアリーチェの姿が浮かび上がった。

文学作品はよく分からないが、アリーチェの歌はいつも余韻まで楽しませてくれるのが印象に深い。

ヘンリーは更に続ける。

「父上は間違いなく1000年に一人の名君、その治世を一つの物語と考えれば、最後に躓いてしまったら竜頭蛇尾どころの騒ぎではない」

「そう。だから、俺はオスカー兄上に帝位を譲る訳にはいかない、反乱さえも起こさせる訳にはいかない。そのどれも父上の物語を汚すことになる」

「どうしてもという場合は」

「ん?」

「暗殺という手もあるが」

俺は首を振った。

「露見しないはかりごとは存在しない。いや、噂になった時点でだめだ」

「人は時として病弱になる」

俺は一瞬きょとんとなった。

ヘンリーのそれは、遅効性の毒で病死に見せかけて――というものだ。

近いところだと、ギルバートが父上に仕込もうとしていたボイニクスの酒と竜の爪だ。

ああ言うのと同じで、かつ、効果が更にゆっくり出るものもある。

が。

「それはだめだ、余命幾ばくもないとなったら破れかぶれの行動に出ることもある」

「……すごいなお前は、そこまで考慮してるのか」

ヘンリーは目を瞠って心底驚いた表情をした。

「兄上は何か良い方法を知らないか?」

「綱渡りを続けるしかないだろう……今は」

俺はふっと微笑んだ。

振り向いて、再び前を向いた。

ヘンリーの言うとおり、今は綱渡りを続けるしかないだろう。

針の穴に糸を通し続ける事を続けるしかない。

そのための「実」も用意した、「虚」も放った。

次は……。

俺はそのまま、少し考えた。

「実」も「虚」も放った。

この上で出来る事はあまりない。

ならこれ以上余計な事はしない方が良いか。

今までにやったことは全部、オスカーを牽制する事だ。

バランスが難しいところだ。

帝都を留守にする皇帝としてある程度の事はやって当然で、伝わっても良いけど、必要以上に刺激しすぎるのもよくない。

どうするか。

もうひとつくらいは――。

「へ、陛下」

「ん? お前は……ルークだったか」

「は、はい! ルークです!」

声をかけられて、熟考から現実に引き戻されると、四阿のすぐ外側の橋の上に、少年宦官ルークが跪いているのが見えた。

「どうした」

「か、風が出てきました。まだここにいます――いらっしゃるんですか」

途中で言葉遣いを改める新米宦官のルーク。

言い換えてもまだまだ足りないが、俺はくすっと微笑むだけで指摘しなかった。

新米なのだ。

その程度の事は自然と覚えていくものだから、強く言うほどの事じゃない。

「かまわん、もう少しここにいる」

「わ、分かりました。だったら、温かい飲み物はいります――えっと、お持ちします、か?」

「かまわん、飲み過ぎると尿が近くなる」

「わ、わかりました」

「……」

俺はしばしルークを見つめた。

ルークは不思議そうに俺を見あげた。

ちょっとだけ、面白かった。

これがある程度の経験を積んだ宦官やら女官やらだと、「もしかして不興をかったのでは?」と心配になるところだが、経験の浅いルークはそうはならなかった。

「そういえば、お前は家の為に志願して宦官になったんだったな」

「は、はい!」

「逃げようとは思わなかったのか? 確か宦官の志願者でも、去勢の直前になって、7割くらいは逃げ出すものだといつだったか見た記憶があるのだが」

「あっ……えっと、どうしてもお金が、必要だったから」

「たしか、妹の薬代だったか」

「はい」

ルークは跪いたまま、俺を見あげながら、はっきりと頷いた。

「それでも逃げようとは思わなかったのか?」

更に問い詰めてみた。

宦官になるには去勢をしなければならない。

去勢というのは、つまる所男の生殖能力を奪うことだが、ここ最近帝国がやっているのは全去勢だ。

特に俺が即位してからはそうなっている。

これは俺がどうこう、という事じゃない。

新しい皇帝が即位したとき、特に血統の純潔を保つため、新しい宦官は「間違いがない」ように、陰茎から睾丸まで、全部取る全去勢が取られる。

例えば父上――先帝の晩年くらいであれば、後継者もある程度決まっている状況であれば、睾丸のみの除去ですむ時代もあった。

全去勢ともなれば、説明を受けてますます及び腰になるのは当たり前だが、それでもこの少年は踏みとどまった。

それが少し気になった。

「妹が生きてて、幸せに暮らす。俺にはそれが絶対に譲れない所ですから」

「絶対に譲れない所、か」

なるほどな。

「妹は今どうしている」

「すこし持ち直しました。まだ薬代が要りますけど、俺の給料でぎりぎりどうにか」

「そうか……ペンと紙を持て」

「は、はい!」

ルークは慌てて走って行った。

しばらくして、ペンと紙を持ってきた。

俺はそれを受け取って、紙の上にペンを走らせた。

一通り必要な事を書き留めた後、肌身離さず持っている皇帝の印を使って、末尾に署名と印を押した。

それをルークに渡した。

「これを持っていけ」

「こ、これは?」

「典医に見せろ。それでお前の妹を見てやれる」

「え、ええっ!?」

「民間の医者よりはちゃんとした治療をしてやれるはずだ」

「て、てんいって……まさか、陛下を診る……」

「そうだ」

「そんな! あの、俺、そんなお金払えません」

「ははは、新鮮な返事だ」

「え?」

「皇帝――いや親王でもそうだったが、下賜に対して『金は払えない』というのは初めて聞いたかもしれないな。安心せよ、金は取らん。気まぐれだ」

「……」

ルークはぽかーんとした後、ガバッ、と地面に平伏した。

「ありがとうございます!」

――――――――――――

名前:ノア・アララート

帝国皇帝

性別:男

レベル:17+1/∞

HP C+B 火 E+S+S

MP D+C 水 C+SSS

力 C+S 風 E+C

体力 D+C 地 E+C

知性 D+A 光 E+B

精神 E+B 闇 E+B

速さ E+B

器用 E+B

運 D+C

―――――――――――

ちらっと見えたステータスには、+の後ろが少し上がっていた。

いつものこと、これが忠誠を誓 われた(、、、) 証拠なのだと分かる。

ルークに取って絶対譲れない事。

そこに触れてやったため、忠誠を誓ってきた。

……。

「陛下?」

「ん? ああ、なんでもない。それよりもオスカーを呼べ」

「わ、わかりました!」

ルークは慌てて走って行った。

後ろ姿を見送った後、四阿の上にたったまま、向こう岸を見つめた。

「絶対に譲れないもの、か」

そのまましばらく待った。

ヘンリーの時とさほど変わらない程度の時間で、オスカーがやってきた。

オスカーは一直線に橋を渡って、四阿の入り口で跪いた。

「召喚に応じ、オスカー参上いたしました」

「うむ、こっちに来て座れ」

「はっ」

オスカーは応じて、四阿に入ってきた。

それでも俺より早く座る事なく、俺が振り向き、座るのを待ってから、オスカーも気持ち腰を曲げて恭しく座った。

俺達が座るのをまって、ルークが茶を運んできた。

俺とオスカーの前にそれぞれ置いて、恭しく下がっていった。

オスカーは怪訝そうな顔をして、ルークの後ろ姿を見送った。

「どうした」

「あっ、いえ。あの宦官……態度が普通の宦官と違うような気がしたので」

「ほう、よく分かったな」

「宦官には気をつけるようにしてます」

「ああ、その方が良い。余は皇后に恵まれてまだ無縁だが、どうやら宦官の表情から内裏の機嫌も推察できるそうだな?」

「さすが陛下、おっしゃるとおりでございます」

オスカーはにこりと微笑んで、座ったままかすかに一揖した。

「宦官は内裏の世話をするのが主な役割、だから機嫌などの影響を強く受けますからね」

「ああ、過去には宦官がひどく怯えていたから、そこから妃の悪行が発覚したという例もあったそうだな」

「おっしゃる通りでございます」

「うむ」

俺は小さく頷いた。

皇帝でも親王でもそうだが、家に居られる時間の方が少ない。

それで自然と、皇后や妃、親王の夫人などは女官や宦官と接する時間の方が長くなる。

だからこそ悪さしないように宦官には去勢させるのが一つと、女側が悪さをした場合、意外と本人はキモが座ってて何でも無いように装えるのだが、宦官はそうじゃなく、怯えたり不安がったりして態度に出てしまう。

そこからいろいろ「察する」事ができる訳だ。

だから、内裏につけている宦官の変化を察するのも重要な仕事というわけだ。

「あの宦官に病気の妹がいるときいてな、典医をつけてやった。それでだろう」

「……やはり陛下はおすごい。私も見習わねば」

オスカーは神妙な顔でそう言った。

「そうか?」

「それで恩を売っておけば、内裏における味方が増えますからね。女同士が結託している――というのを最初期に察知出来るだけでもかなり違います」

「大変そうだな」

「女が本気で結託すると、男なんてひとたまりも無いですからね」

「はは、違いないな」

俺はオスカーと笑い合った。

ひとしきり笑い合った後、俺は「さて」と前置きして、本題を切り出す。