作品タイトル不明
グレタ婆さん
グレタ婆さんは視線を落として、呟くように言った。
「『オークの島』ですか。もう、元の名前よりもそちらで通るようになったのですね」
俺は横を向いて、グレタ婆さんの顔を見た。
何があったのか、どこにある島なのか、知らないことだらけだ。
「我が生まれる前、祖父の時代の出来事だ。
当時の資料は読んだが、どうしてオークが支配する島になったのか理解できない。
他種族のメスを奪って繁殖する。集落を作っても、争い奪い合い自滅するのが定説だ」
国王に促されて、グレタ婆さんは話し始めた。
「始まりは『優しい』と評判の娘でした。
傷ついた動物を保護して森に返して……その中にオークの子どもがいたのです。
その優しく美しい娘は、貴族の目に留まりました。
貴族が家を訪ねてきたときに、オークはその貴族を襲い、娘を守りました」
グレタ婆さんの声は暗かった。
「その貴族は見目麗しい女性を見境なく襲う、評判が悪い男でした。大怪我をした後、後継者から外されて、屋敷の外に出てこなくなったと聞いています。
娘はオークに攫われたので、誰もが殺されたか、生殖に使われてすぐに死ぬだろうと考えていました。
たまに起きる悲劇ですから、助けに行こうと有志が集まることもありませんでした。助けたところで、また貴族とトラブルになるかもしれないのです。
彼女をちやほやしていた男たちは、彼女などいなかったかのように――蔑ろにしていた女性たちの元に戻っていきました」
グレタ婆さんは、蔑ろにされた女性の一人だったのか、声にほんの少し苛立ちが混じった。
「村娘の家には、冒険者ギルドに依頼する金などありません」
ひどい内容を、淡々と語った。
贅をこらした王宮と、人の死が軽く扱われる島での暮らし。その差が際立って、目眩がしそうだ。
「その後も、村から女性が攫われることはありましたが、とりたてて数が多くなることも少なくなることもなく……誰も気に留めずに生活を続けていました。
犠牲者が自分の身近な人でないことを祈るしかありません」
それは、俺が育った村でも同じだった。
オークに攫われるわけではないが、モンスターに襲われる恐怖。誰かが犠牲になり、他の人は生き残れたことに安堵と後ろめたさを感じる。
どうしてただ生きることが、こんなに困難なのだろう。
グレタ婆さんは、一度大きく息を吐いた。
「数年後、生死不明だった娘がオークに抱きかかえられて現れました。
美しくても労働で髪や手が荒れていた娘は、かしずかれて女王のようになっていました。
彼女を殺さずに大事にすることで、オークたちは女性が何度も出産できることを初めて知ったのです」
それは、悍ましい告白だった。
「壊さずに使う」ことで、安定して増やせる。
「現在」だけに生きていたモンスターが、「未来」への模索を始めたということだろうか。
「彼女の子どもたちは人の言葉を理解していました。思考力は幼児程度ですが、体力はモンスターのまま。彼女の言うことをよく聞く召使いのようでした。
彼女は、自分が島の女王になると宣言したのです」
グレタ婆さんは、話を切り上げた。
「私は、恋人と島から逃げ出しました」
謁見の間は沈黙に支配された。
俺は、物語のような話を受け止めきれなかった。その島が現在「オークの島」と呼ばれているということは、つまり……。
王の後ろに立つおじさんが咳払いをした。
「ぬいぐるみは、その島の特産品でしたね。島の住人なら作ることはできるのでしょうか?」
「いい小遣い稼ぎになるので、作れる人はそれなりにいました」
グレタ婆さんはもったいつけず、正直に答える。
「あの、レスタールの貴族もぬいぐるみを持っていましたよ」
手を挙げて、追加情報を提供した。
「ええ、島から逃げ延びた人は、各地に散っているでしょう」
それなら――ぬいぐるみはもっと早く流行していても、おかしくないよな。
「レスタールは移民に市民権は与えない。だから、どこかの貴族に囲われているのか?」
御前だということを忘れて、推測を口にしてしまった。
前列にいたエリオットが、振り返って俺を見た。
あれ、なんかやっちまったのか?