作品タイトル不明
迎賓館
今日は戦闘をしていないとはいえ、森の中を通ってきた。
塵一つないような迎賓館に入るのは、ためらわれた。
普通、領主様の屋敷で旅の汚れを落としてから登城するもんだよな?
領主軍の兵士たちも腰が引けている。
商業ギルドの会計担当セディが、一度、奥歯を噛みしめてから商人らしい笑顔になった。
「おもてなしを受けないことも失礼にあたります。
王城の方々の指示に従いましょう」
領主の孫エリオットは体を遠くの豪邸――おそらく王宮――の方に向けたまま、首だけこちらに振り返りうなずいた。
セディが先頭に立って迎賓館に入る。
役人や迎賓館の使用人たちがホッとしたのが見えた。
エントランスも廊下も、つるりと磨き上げられた立派な石だ。
デコボコの石畳ではない。職人技と財力をこれでもかと見せつけてくる。
絨毯や木の床より、汚れには強いだろう。
つい、宿屋で働いていたときの苦労を思い出してしまった。
サァラが俺の横に来て「人族って面倒くさいにゃ。しきたりとか面子とか」と、ぼやいた。
ルナがサァラを肘で突き、「ぬいぐるみを置いて、さっさと帰ろうとか言うなよ」と囁く。
フォンが手で自分の口元を覆った。肩が揺れているぞ。
護衛任務は無事に終わったということだよな。日常に戻れそうな気配に、肩の荷が下りた。
この後に続く政治的な駆け引きやらは、エリオットたちにお任せだ。
大きな広間に通された。
自然と元の所属ごとに分かれ、荷物を置く。
領主軍の兵士がマジックバッグから、制服を取り出して並べていった。
「風呂に行く前に、自分のサイズのものを持っていくように」
シャワールームか大浴場を選べたので、俺は大浴場を選んだ。
昨日はエルフの宿で、シャワーを浴びただけ。暖かいお湯ではなく温かったので、すっきりしなかったんだ。
たっぷりのお湯で、ガシガシ頭も洗った。体も五日間の旅の汚れをようやく落とせた気分だ。
狙われるかもしれないという緊張感の中で、汚れだけ落とす日々はきつかった。
冒険者生活だと、シャワーも浴びられない日が珍しくない。それなのにシャワーだけと文句を言う自分が不思議だ。
なければいいが、あるなら質を求めてしまうということか?
広い浴槽に浸かると、大きなため息が出た。はあ、癒やされる。
犬系獣人のダルグに「お疲れさん」と声をかけられた。
「あ、お世話になりました」
護衛任務中、ダルグを含む先輩冒険者たちにいろいろと教えてもらった。今後、すごく役に立つと思う。
失礼だとは思いながらも、つい、体を見てしまう。
獣人たちは人のような皮膚と体毛に覆われている部分の割合が、様々だ。ダルグは背中一面にも毛が生えている。
お湯に揺れる様が、見ていて楽しい。
「まだ、王城内が安全とは限らないから、適当に上がれよ」
ダルグはそう言って、先に出た。
あ、ふさふさの尻尾が濡れてペショッと細くなっている。
ペット相手じゃないんだ。可愛いとか……駄目だぞ、俺。
サァラの尻尾の触り心地を思い出す……だから、駄目だってば。
仕方なく、頭に乗せていたタオルで顔を覆って、耐えた。
一応新しい制服に袖は通したが、風呂上がりでは緊張感も途切れがちになる。
ダルグの言葉を思い返すが、ふと気が緩んで、仕事が終わった気分になってしまう。
大きな広間に戻ると、なおさら終わった気分が募る。
だって、軽食が用意されているのだ。
摘みやすい大きさ、形をしている。王都の料理、王城の料理人、それはもう興味津々になってしまう。
魔法使いのオルドが「異物混入がないか調べ終わるまで待て」と言った。
それでハッとする。
そうだ。まだ護衛任務の途中なのだと。
更に残念なことに、俺は携帯食を食べる番だった。
出された料理を食べる人たちを眺めながら、固いパンと干し肉をかじった。
「仕事中、仕事中」と繰り返して自分を納得させる。
フォンがそれを聞きつけて、ぷっと吹き出した。
食事が終わっても、エリオットたちは戻ってこなかった。
時間を持て余した兵士たちが、組んでストレッチを始めた。
「柔軟性も大切だから」
「やると疲れも取れやすいぞ」
と、教えてくれた。
一緒にやろうとしたら「トーマ君は昨日足首を怪我しただろう」と、とめられた。
まだ足の筋を伸ばす運動はしない方がいいらしい。
体の知識も勉強しようかな。
トゥランが戻ってきて、広間を一瞥した。
「体をほぐすのは偉いが、制服がしわになる」と褒めてから文句を言っている。
一緒にロイもいて、二人はこれから風呂場に向かうという。エリオットは風呂付の客間に通されたそうだ。
トゥランは兵士を二名、指名した。エリオットの部屋を教えてもらうと、急いで護衛のために出て行った。
それから散々待たされて、お呼びがかかった。
謁見の間には、エリオットとロイと商業ギルドの職員。
トゥランは護衛と侍従の役を兼ねてついていく。
それに加えてグレタ婆さん、フォン……そして俺が呼ばれた。
え、俺?
王様に会うの?