作品タイトル不明
デリケートな部分を土足で踏みにじる
俺は薄切りのパンに具が載ったブルスケッタをガリッとかじった。
少し落ち着こう。
ノッグは女性の気持ちがわからないだけで、悪い人間じゃない。俺はルナの気持ちを知っているから怒りが湧いてくるけれど、そういう見方をしてしまうのも理解できる。
「ビキニアーマーで見られるのは、ルナも承知している。
冒険者として名が売れたときに、『あの孤児の』と言われるより『ビキニアーマーの』と言われた方がいいと師匠が言っているそうだ」
いわゆるキャラを立てるとか、そういう作戦らしい。最終的には「最強軍団の」と言われたいとか――。
「そう言う目で見られたくないなら、他の装備にしてくれっていう気持ちもわかる」
俺も一度、目のやり場に困るって言ったことあるし。
「だろう?」
ノッグがぐいっと身を寄せてきた。
完全に同意したわけじゃない。話を聞けって。
「だからルナも仕方ないと諦めているところがある。
彼女があの日傷ついたのは……あんたらが、彼女が師匠に独り立ちの証にもらった装備を『量産品』って言ったことに対してだ」
ノッグがきょとんとした顔をした。傷つけている自覚はなかったんだろう。
「確かに言ったけど、付与の重ね掛けがすごいって褒めたんだ!」
唾を飛ばしながら、反論してくる。
それは俺も聞いていた。だから、悪気がなかったのはわかるんだけど――。
「それなら、『流行遅れの量産品』なんて言う必要ないだろ」
俺は大きなため息を吐いた。ルナの顔がさっと変わった瞬間を、今でも思い出せる。
ベルーフも「そんなことを言ったのか」と、ちょっと呆れ顔だ。
「誰しもコンプレックスってあるだろう?
孤児を引き取って冒険者に育てているビキニアーマーの師匠は、この街では有名らしいじゃないか。そんな環境で『貧乏』とか『金がない』ってことで、悔しくて傷ついてきたんだと思う。
嫌がる言葉を避けるのも、思いやりなんじゃないか」
「そんな、事実だし……過去の話だろ」
ノッグが言い訳をしながら、傷つく方がおかしいと持論を展開する。
「コンプレックスを持っていない人には何でもないことが、聞き流せないからコンプレックスって言うんだろうが」
俺は少し乱暴にジョッキをテーブルに置いた。
「ドワーフは種族的に身長が低いよな。それをコンプレックスに思う人も、思わない人もいるんじゃないか? 気に病むドワーフに『事実だし、受け入れろ』って正論を吐いて、解決したことはあるか」
ノッグの目をじっと見る。
ノッグは目を泳がせた後、ふてくされたようにぼそっと言った。
「そんなこと言われたら、何も話せなくなるじゃないかよ」
……そう来たか。その捨て台詞もよく聞くよな。
「だからさ、人によって感じ方が違うって話をしてるんだよ。
目の前にいる人は言われても大丈夫な人か、嫌がる人なのか、よく見ろって話だ。
『嫌がるのがおかしい』って否定されて、自分の主張を押しつけられたら、やられた人は反感を持つし、心を閉ざすのは当然だろ」
ノッグは黙り込んだ。
「もちろん、主張するのは自由だよ。どんな主張を持っているかもな。それなら、言われた側が、押しつけてくる奴を嫌うのも自由だろ」
嫌われる行動をしている間の相手の様子には無関心で、結果として嫌われたら気にし始めるのがおかしい。最初から気にするか、最後まで嫌われても気にしないか、どちらかに統一すればいいんだ。
俺、間違ったこと言ってるか?
ノッグは、頭の中で処理し切れてなさそうだ。飲みながらする話じゃないよなぁ。
「もし、仲良くなりたいなら『この人はこれを言われたら嫌だと感じるんだ』と認識すればいい。『コンプレックスをなくしてやりたい』なんて、傲慢なことを考えるな。
それは、心の傷を軽く見すぎだ。
『傷ついている方がおかしい』なんて言ったら、確実に嫌われる。それは、男も女も関係ないだろ」
「え、難しい。どうすればいいんだ?」
ノッグは頭を抱えだした。
でも、ここで怒り出さないのは好感が持てる。ちゃんと考えようとしているんだ。
「『相手を否定しない』、それだけだ。
俺だって失言するよ。言った後に、相手の反応で『やばい』と気付いたら謝る。
相手の主張に共感できなくても、『この人はこう感じるんだな』でお終い。理解しようとか自分の考えを理解させようとか、俺はしない。
お互いに歩み寄れる点を探すだけだ」
「え、理解し合うべきなんじゃ……」
ノッグが驚いている。
「理解し合えないという前提で、相手を尊重する。それが俺の対人関係の基準なんだ。
俺がモテているように見えるなら、その距離感がちょうどいいからだろ」
自嘲気味に酒を飲んだ。
俺の根底には、家族とすらうまくやれなかったんだから――という諦めがあるのだ。
だから「家族は分かりあえるはず」と押しつけられたときは、心を閉ざすことに決めている。そう信じられる環境で育ったんだなと羨ましくなるし……少しだけ惨めになるからさ。
それは俺が自分を守るためのルールで、俺の自由だと思う。