軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

96 とてつもないルールです

島は森に覆われていたが、それでもいくらかは開けた場所があり、絨毯はそんな場所を選んで着陸した。

そして大賢者は絨毯をまた次元倉庫に収納し、生徒たちを整列させる。

「はい、じゃあ遠足のルールを手短に説明するわね。皆には、あの山の山頂を目指してもらいます。そこで私が捕まってるから、見事一番乗りして私を救出した人には、特別なご褒美が出ます」

「ご褒美ってなんですかぁ?」

ローラが手を上げて質問すると、

「それは私を救出してからのお楽しみよ」

大賢者は笑ってはぐらかした。

気になるので、是が非でも一番乗りしないと。

「あの、学長。私も質問いいですか……?」

教師であるエミリアも手を上げた。

「いいわよ。なーに?」

「山頂で学長が捕まっていると言っていましたけど、一体誰が学長を捕まえるんですか……?」

言われてみれば、なるほど。人類史上最強ともいわれる大賢者を捕縛できる者などいるわけがない。設定にリアリティがなさ過ぎる。

「私が操るリビングメイルよ。私は『囚われのお姫様』って設定で、山頂にある砦でお昼寝してるから。二十四時間以内に助けに来るのよ。もし二十四時間経っても誰一人辿り着けなかったら、全員を『くすぐり地獄の刑』に処します」

くすぐり地獄の刑。

名前からして苦しそうだ。

何としてでも二十四時間で山頂に辿り着かねばならない。

しかし、絶対に一筋縄にはいかないだろう。

これが普通の山だったら、二十四時間といわず、二十四秒で辿り着いてみせる。

仮に強力なモンスターが多数生息していたとしても、二十四分もあれば余裕だ。

だが、これは大賢者が仕組んだこと。

それも、ローラやシャーロットがいると知った上で、二十四時間という時間設定をしたのだ。

心してかからないと、本当に『くすぐり地獄の刑』が始まってしまう。

おそらく、他の生徒たちも同じ結論に至ったのだろう。

全員がローラを見つめ、青い顔でブツブツ呟く。

「ローラちゃん……頼んだわよ……あなただけが希望だわ……」

「頼むぜ……お前がやらなきゃ、全員がくすぐり地獄だ」

「いつもは嫉妬してたけど、こういうときは頼もしい……」

自分たちがやらなくても、ローラが何とかしてくれるという論調だ。

確かにローラは自分が一番乗りするつもりではいるが、勝負を始める前から皆に諦めムードが漂うのは気にくわない。

「えぇいっ! 皆さん、気合いが足りませんよ! それでもギルドレア冒険者学園の生徒ですか! 皆、我こそが最強と思って入学してきたんでしょう!? だったら一人一人が頑張りましょうよ。別に私と一対一で闘おうというんじゃありません。ようは目的地に辿り着けばいいんです。誰にだってチャンスがあります。運良く、何の障害もなしにスイーと山頂までいけるかもしれないじゃないですか。逆に私は、迷子になって辿り着けないかもしれません。くすぐり地獄の刑を回避するには、全員が頑張らなきゃ駄目なんです! 私に頼らず、皆が一番乗りを目指すんです!」

ローラはつい、年上の生徒たちを前に熱弁してしまった。

それを聞き、彼ら彼女らはハッとした顔になる。

「そ、そうね……これはある意味、ローラちゃんに勝つチャンスよ!」

「年下の少女に頼ろうとしていた自分が恥ずかしいぜ」

「ありがとう、目が覚めたよ……」

八十人近い生徒たちから思いがけない感謝を送られ、ローラは「えへへ、どうも」と笑って頬をかく。何だか照れくさい。

すると担任のエミリアまで笑いながら、ローラの頭を撫でてきた。

「ローラさん。入学した日は自己紹介するだけで緊張してたのに、成長したのね」

「そう言えばそんなこともありましたね!」

ほんの数ヶ月前のことだが、とても昔のことに感じられる。

入学してからは、とても充実した毎日だった。

ギルドレア冒険者学園に入って、ローラの世界は一気に広がった。

魔法を好きになれたのもそうだが、やはり人との出会いが大きい。

人間、一度は故郷を離れて都会で暮らしてみるものである――。

などと、ローラは九歳のくせに、偉そうなことを考えてみた。

「最近はすっかり図太くなっちゃって……もうちょっと入学したてのおとなしさを取り戻してくれたら、先生、楽ができるのに」

「ええっ!? 私の成長を喜んでくれてたんじゃないんですかー!」

「冗談よ。冒険者は精神的にも強くないとやっていけないものね。ほどほどに頑張ってねローラさん、先生も頑張るから……!」

「は、はあ……ありがとうございます」

図太いと言われたローラは、いまいち釈然としないものを感じた。

確かに入学してから心が成長したとは思っているが、図太いというのは少し違うのではなかろうか。

ローラはただ魔法適性が9999で、頭の上に神獣が乗っかっているだけの、どこにでもいる女の子だ。

「ローラさん。山頂までは三人で力を合わせて行きませんか? そうすれば時間制限もクリアしやすいですわ。山頂に辿り着いたら改めて、三つ巴で雌雄を決するのです!」

「おお、なるほど! それはいいアイデアです」

「くすぐり地獄は断固回避」

ローラたち三人は頷き合う。

大賢者救助隊の結成だ。

「ぴー」

ハクも一緒だ。

「ちょっとちょっと。遠足のルール説明はまだ終わってないわよ。ちゃんと私の話を最後まで聞きなさい」

救助すべき大賢者の話はまだ終わっていなかったらしい。

呑気な囚われのお姫様もいたものだ。

「えっと、まず……スタートから二十四時間経ったら、私の魔力で地震を起こすから。寝てても起きるくらい揺らすわ。分かりやすくていいでしょ?」

分かりやすいかもしれないが、何とも非人間的な魔力だ。

シャーロットとエミリアが引きつった顔になっている。

逆に生徒たちは、それがどのくらい凄いのか想像できず、ポカンとした顔だ。

そしてローラは、頑張れば自分もできるかも、なんて考える。

「あとこの島の中では、Cランク以上のモンスターと戦ってはいけないという校則を無視していいわ。そして、一番重要なのがこれ。一学期の成績に応じて、一人一人にハンデをつけます」

ざわざわ……。

周囲が不穏な空気に包まれる。

「学長先生。成績に応じたハンデとは一体どんなものですの?」

「んー、たとえばシャーロットちゃんは、攻撃魔法禁止!」

「なっ!?」

驚いたのはシャーロット本人だけではなかった。

魔法使いにとって攻撃魔法を禁じられるということは、両手を縛られたようなもの。

そんな状態で戦えと大賢者は言うのか。

「アンナちゃんは、剣の両手持ち禁止。片手で頑張ってね」

「そんな……厳しい……」

アンナは困り顔で、自分の両手を見つめた。

手の平に豆が沢山できるくらい、毎日頑張っている。

それが急に片手でやれと言われても、バランス感覚が違いすぎて、まともに剣を振り回すことができないだろう。

「そしてローラちゃんは何と――」

全生徒が固唾を飲んで注目する。

ローラが最強の生徒なのは誰もが認めるところ。

それに対して課せられるハンデとは、どれほどのものなのか。

「全身を丸太に縛られ手足を動かせない状態で山頂を目指す! 途中でほどいちゃ駄目よ!」

「は、はあああっ!?」

そのとんでもない条件に、ローラは奇声を上げてしまった。

しかし、その条件を意外に思ったのは、どうやらローラだけだったようだ。

「……まあ、ローラさんなら、そのくらいのハンデは当然かもしれませんわ」

「私はローラが丸太に縛られていても勝てる気がしない。妥当なハンデ」

そんな馬鹿な話があるだろうか。

文字通り手足を縛られた状態になったら、一歩も動けないではないか。

これは妥当ではない。

妥当という言葉にそんな特殊な使い方はないのだ。

「ま、今のは一例ね。一人一人に合わせたハンデを私が直々に考えたんだから、ちゃんと守ってね。守らなきゃペナルティよ」

大賢者が可愛くウインクすると、各生徒の前に紙切れがパラリと舞い落ちた。

それを手に取ると、今言われたハンデが書いてあった。

そこかしこから「うげぇ」という悲鳴が上がる。

きっと容赦のないことが書いてあったのだろう。ご愁傷様だ。

「学長せんせー。このハンデを破るとどうなるんですかー?」

「鋭い質問ねローラちゃん。今、実演してみせるわ。というわけでエミリア。あなたには眼鏡をしてはいけないというハンデを課します」

「はあ? 何を言っているんですか学長。眼鏡を外したら何も見えないじゃないですか」

エミリアは露骨に嫌そうな声を出す。

眼鏡を外すつもりはさらさらない。

すると大賢者は、嬉しそうに叫ぶ。

「ででーん! エミリア、アウトッ!」

「えっ、なに、何ですか!」

戸惑うエミリアの背後から、黒い人影がヌッと出現する。

それは本当に真っ黒な影だった。

まだ朝なのに、シルエットしか見えない。きっとシルエットしかないのだろう。

それにエミリアが気付いたときは、もう遅い。

黒い影はエミリアに手を伸ばし……その脇腹をくすぐった。

「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃっ! ダメ、そこはダメ!」

「脇腹がダメなら脇の下よ」

「ああああっ、そこはもっとダメェェッ!」

こしょこしょこしょこしょ。

影はエミリアがぶっ倒れるまで、数分間に渡りくすぐり続けた。

そして、エミリアが地面に突っ伏し、ぜーぜー肩で息をしている中、影は地面に吸い込まれるように消えていく。

「今のは私の魔力で作った霊獣。私が課したハンデを破るとどこからともなく現れて、自動的にくすぐるから、皆、ハンデを破っちゃダメよー」

生徒たちはゴクリと息を飲む。

エミリアが失神寸前までくすぐられた光景を見て、平静でいられる者などいない。

これが普通の攻撃なら、まだ覚悟の決めようもある。

冒険者を目指している以上、敵の攻撃に備えるのは当然だ。

しかし、くすぐり――。

これは想定外。

それに何を隠そう、ローラはくすぐられるのが大の苦手だった。少しこしょこしょされるだけで悶絶してしまう。

「私が見えなくなったら遠足スタートよ。そこからカウントダウンが始まるから、二十四時間頑張ってね。あ、でも、ちゃんと食事と休憩は取った方がいいわよ。バテちゃうから。それじゃ、バイバーイ」

大賢者は空高く飛んでいき、あっという間に見えなくなってしまう。

その瞬間、どこからともなく、あの声が聞こえてきた。

「ででーん。ローラちゃんアウト!」

「ひゃ、ひゃああああ!」

地面から黒い腕が伸び、ローラの太股を撫で回す。

腕は更に長くなり、脇腹、背中、脇の下、肩、うなじと、あちこちをくすぐった。

「あああ、あああああっ、なぜですか、何もしてないのになぜですかぁぁ!」

「ぴぃ!」

ローラの頭の上にいたハクは、黒い腕に向かって炎を吐く。

だがそれは地面に焦げ目を作っただけで、影のくすぐりは一向に止まらない。

「きっと何もしてないからペナルティ。ちゃんと丸太に縛られないと」

「なるほど……厳しいルールですわ。流石は学長先生ですわ!」

「感心してないで私を丸太に縛ってください! あ、あひゃあんっ!」

「え、わたくしがローラさんを縛るのですか……? そんな、わたくし、そういう趣味は……しかしローラさんが望むのであれば……」

「あああ、いいですから! そういうのいいですから早く! うひゃひゃっ!」

影によるくすぐりが激しすぎて、ローラは立っていられなくなる。

息が苦しい。

さっきからずっと笑っているが、楽しいことは何もない。

「とにかく丸太を作る」

アンナは背負っていた剣を構え、手頃な木を切り倒し、枝を取る。

片手持ちなせいで、いつもよりたどたどしい剣さばきだが、それでも数十秒で丸太が完成した。

ローラは笑いながら這って丸太に近づく。

「あ、大変ですわ。ロープがないですわ!」

「それなら大丈夫。学長から預かってきたから。このためのロープだったのね」

エミリアからロープを受け取ったシャーロットは、ローラを丸太に縛ってくれた。

それはもう何重にも、これでもかというくらいグルグルと。

するとローラをくすぐっていた影は消えていった。

「はあ……はあ……死ぬかと思いました……」

「ローラ、縛られてハアハア言ってる」

「怪しい光景ですわ……!」

「怪しくないです! ところで、他の人たちが見当たりませんね?」

くすぐられていたから気付かなかったが、いつの間にかローラたちと教師二人しか残っていない。

皆はどこに消えたのだろう。

「もうとっくに山頂目指して出発したわよ」

「学長が消えた時点でスタートだからな。お前ら、ノンビリしていると一番乗りを逃すぞ」

教師二人は無慈悲に呟く。

「そんなぁ……私がこんな状態だったんだから、待ってくれてもいいじゃないですか」

「何を言ってるのよローラさん。あなたが言ったんじゃないの。一人一人が一番乗りを目指せって。皆、張り切って走って行ったわよ」

「むむ、確かにそうでした……ならば望むところです!」

一年生全員で山頂までのレースだ。

ハンデのせいで誰が勝つのか分からない。

おまけに大賢者のことだから、道中に色々と罠があるはず。

レースの展開はまるで予想がつかない。

「というわけで出発しましょう。シャーロットさん、アンナさん……私を運んでください!」