軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

251 その名はパニッシャー

懐中時計から現われた少女、アルピナ・アサイル。

彼女は空から厄災が墜ちてくると語った。

場所すらも詳細に。

「それはボクたちの文明が生み出してしまった最強最悪のモンスター。ドラゴンを超えるドラゴン。その名はパニッシャーだ」

今この時代の人間が古代文明と呼ぶ文明。

一万年以上もの昔。

世界は二つの大国に分かれて争っていたという。

一つはアルピナを生み出した、バルテリンク共和国。

もう一つは、バルテルード帝国。

どちらも多数の魔法使いを育て上げ、強力なモンスターを作り出し、ひたすらに消耗し合うという退廃的な戦いを何十年も続けていた。

共倒れになる未来が目の前に迫っているのに、やめ時を見失っていた。

そしてついに、バルテルード帝国が最後の一線を越えてしまう。

ドラゴンよりも強いモンスター。ドラゴンを超えるドラゴン。

双頭の竜。パニッシャー。

通常のドラゴンとは比べものにならないほど巨大で、ウロコは分厚く硬い。仮にそのウロコを切り裂き、あるいは焼き焦がしたとしても、瞬く間に再生してしまう能力を持っている。次元倉庫に閉じ込めようとしても、その発動を阻害する結界を常に身にまとっている。

パニッシャーが歩き回るだけで町は滅ぶ。

口から光線を吐けば、山の形が変わった。

そして何よりも恐ろしいのは、パニッシャーはドラゴンを生み出せるということだ。

パニッシャー単体でも恐るべき存在なのに、そこに千を超えるドラゴンが加わるのだ。

しかも、ただ数が多いだけでなく、パニッシャーによって統治され、秩序だった戦列となって行動する。

もはや大群というより大軍。

誇張抜きに、世界を焼き尽くすだけの力を持っていた。

「パニッシャーは強すぎた。あまりにも強すぎて、作ったバルテルード帝国ですら制御できないほどだった。自分たちが作ったモンスターに蹂躙されて、帝国は滅びかけたんだ。笑えるだろ? まあ、そのあとボクらのバルテリンク共和国だって滅びかけたから全く笑えないんだけどね」

だが、バルテリンク共和国もまた、パニッシャーに匹敵する戦力を有していた。

それがアルピナ・アサイルたち。遺伝子操作によって人工的に作られた、十人の戦闘用魔法使い。

彼女ら十人はパニッシャーに戦いを挑み、相手の再生速度を上回る火力を叩き込んだ。パニッシャーの二本の首を切り落とし、再生する前に火炎を撃ち込む。皮膚をえぐり取り、再生する前に稲妻を放つ。

炎。風。地。水。雷。光。闇。重力――ありとあらゆる攻撃魔法で以て、パニッシャーの心臓を破壊することに成功した。

そのとき、十人いた戦闘用魔法使いは、アルピナ一人しか残っていなかった。

心臓を失ったパニッシャーは、一時的に再生速度が極端に落ちた。

その隙を突いて、アルピナはパニッシャーの肉体と魂を分離。

魂を封印術式に閉じ込め、空の彼方へと打ち上げた。

雲の上より更に上。宇宙と呼ばれる場所。月よりもなお遠いところまで発射した。

そのままパニッシャーの魂は、宇宙をどこまでも飛んでいき、二度と帰ってこない……アルピナはそう思っていた。

しかし。

魂を失い、死んだはずのパニッシャーの肉体は、ゆっくりとだが再生を始めていた。

無論、魂がなければ完全に再生したとしても、それは肉の塊。

動くとは思えない。

とはいえ、死んだ肉体が再生するという常識外れの現象を引き起こしたのだ。

ならば、宇宙を漂う魂が自力で帰ってくることもあり得るのではないか?

常識では考えられない。だからこそパニッシャーなら、やりかねない。

そこでアルピナは自分の意識と魔力の一部を、未来のために残すことにした。

魂を二つに割って、片方を懐中時計に入れる。

懐中時計には、その時々で最も強い魔法使いの持ち物になるよう、運命操作の術式が刻まれている。

そして、魔法使いが自然に放出している魔力を少しずつ吸い取り、懐中時計の中に魔力を蓄積していく。

いつかパニッシャーが復活する日に備えて。

「ボクが説明できるのはここまでさ。このあと本物のボクがどんな人生を送ったのか。ボロボロになったバルテリンク共和国とバルテルード帝国の戦いがどういう結末を迎えたのかまでは知らない。でも、ボクがこうしてコピーされてからどれだけの時が流れたのかは知っているよ。なにせ懐中時計の中にいたからね。一万一四二五年と六十三日……いやはや、ボクは昼寝が趣味だけど、ちょっと眠りすぎだ。まあ、目覚めは悪くないけれどね」

昼寝が趣味というところに、大賢者は深い共感を覚えた。

「昼寝が趣味で外見が似ているとなると、こやつ、大賢者の先祖かもしれんぞ」

隣で話を聞いていた女王陛下が、真面目な顔で指摘してきた。

「そうねぇ……なんだか他人の気がしないわ。でも、一万年以上も昔の人の遺伝子が、そんなに強く残るものかしら? 私の両親は普通の人間だったけれど……」

「さてね。ボクには子供を産んだ記憶はないけど。ボクのオリジナルが子供を産んだとしたら、一万年かけてあちこちに広まっただろうね。キミはその一人かも知れない。先祖返りというやつさ」

アルピナはしたり顔で仮説を語る。

そう、あくまで仮説だ。それが正しいか確かめるすべは、今のところない。

しかし、そうだと考えると、納得がいく。

大賢者の両親は魔法使いでも冒険者でもない、ごく普通の農民だった。

銀髪でもなかった。

なのに大賢者が銀髪なのは、遠い昔の先祖の血が、隔世遺伝で蘇ったからなのかもしれない。

それに、大賢者以前にも、突然変異的な強さをもった魔法使いがいたという記録がある。

彼ら彼女らは全員、銀髪だったと言われている。

「さてさて。そろそろパニッシャーの肉体が眠る所に行こうか。魂はそこに墜ちてくる。今まさに墜ちてきているのをボクは感じ取っている」

「今? 私は何も感じないけど……?」

「無理もないね。まだかなり遠くだから。ボクはアレを知っているから探知できるんだ。もう少し近づけば、キミだって感じ取れるはずさ」

大賢者はアルピナに誘われるがまま、空を飛んでパニッシャーの肉体とやらの場所に向かった。

実のところ、大賢者はまだ半信半疑だった。

アルピナが古代文明の人間だというのは信じられる。

かつてパニッシャーというモンスターと戦ったというのも理解できる。

だが、それが一万年以上の時を超えて現代に復活すると言われてもピンとこない。

今のところ、世界はこんなに穏やかなのだから。

彼女の不安は杞憂だったのではないだろうか。

そう大賢者は疑っていたのだが――。

「おやおや? ドラゴンがこっちに向かってくるね」

アルピナが呟いたとおり、前方から赤いドラゴンが飛んでくる。

珍しい。

王都の近くにドラゴンが現われたのは何年ぶりだったか。それを倒してエミリアはAランクに昇格したのだ。

ドラゴンは口から赤い光線を吐き、こちらを攻撃してきた。

大賢者は防御結界でそれを防ごうとしたが、それよりわずかに速くアルピナが動く。

「 反射(リフレクト) 」

その瞬間、光線がグニャリと歪んでドラゴンへと返っていった。

ドラゴンは自分自身の光線で喉元を貫かれ、絶命し落下していく。

「おっと。キミが防ごうとしていたのに、邪魔しちゃったみたいだね」

アルピナはニヤリと犬歯を見せながら笑った。

「……いいえ。こういうのは早い者勝ちよ」

と、大賢者は平静を装って答える。

しかし内心は驚きで満ちていた。

たんに魔法の発動速度で負けただけではない。

大賢者がやろうとしていたのはただの防御結界。アルピナはより高度な反射だ。

自分よりも難しい魔法を先に発動させる人間。

そんな相手、大賢者は生まれて初めて出会った。

もちろん、それだけで魔法使いとしての実力の全てを測れるわけではない。大賢者よりもアルピナのほうが強いということにはならない。

それでも――悔しかった。

ああ、これが悔しいということなのかと、三百年近く生きてきて初めて味わった。

「どうしたんだい、カルロッテ? 不機嫌そうになったと思ったら急に自嘲気味に笑ったりして。もしかして、魔法で出し抜かれたのは初めてかい?」

「……ええ、そうね。あなたが私の御先祖様なんだと実感してしまったわ」

「ははは。だからって年寄り扱いしないでくれよ。懐中時計に人格をコピーしたときは十七歳だったから、ボクは主観的には永遠の十七歳なんだ。ところでカルロッテ。この時代はドラゴンが沢山いるのかな?」

「いいえ。ドラゴンの個体数は少ないわ。人里の近くに来るのは稀よ」

「だろうね。ドラゴンは強くて大きい代わりに繁殖力が弱いから。なのに出会ってしまった。パニッシャーが帰ってくるタイミングで。それもパニッシャーの肉体が眠っている方角から飛んできた……これはもしかしたら、パニッシャーはすでに活動を始めているのかもしれないよ」

アルピナは目を細め、真面目な口調で語った。

「どういうこと? 魂はまだ宇宙にいるんでしょう?」

「ボクだって確信があって言ってるわけじゃないさ。けど、相手は魂だから。距離が離れていても、肉体に影響を及ぼすんじゃないかな?」

どうもアルピナが言っていることは具体性に欠ける。

いくらドラゴンが珍しいとはいえ、絶対に現われないわけではないのだ。

素直に考えれば、遭遇したのは偶然ということになるのだが。

「……って、何よこの気配は!」

大賢者は空を見上げた。

そこには冬の曇り空があった。

だが、その向こう側。

雲の上にある青空よりも更に上。

何かが、いる。

墜ちてきている。

「ああ、このくらい近づくとキミにも探知できるか。さあ、急ごう。できることなら、肉体と融合する前に再封印して宇宙に送り返したい」

「ねえアルピナ。封印とか宇宙に送るとかじゃなく、完全に消滅させることはできないの?」

「うん。できない。やれるならやっている。魂が大きすぎて、ボクらの力では壊せなかった。肉体のほうもどんなに攻撃しても、ゆっくりと再生してしまった。キミとボクとで再封印するんだよ」

果たして、それでいいのかと大賢者は疑問を覚えた。

たんに問題を先送りにしているだけだ。

また一万年経ったら、パニッシャーが帰ってきてしまう。

何とかして完全に倒せないのか。

大賢者は強い。そのことに確固たる自負がある。そしてアルピナは大賢者に匹敵……あるいは凌駕する力を持っている。

その二人が力を合わせても倒しきれないモンスターなど、本当に存在するのか。