軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

241 アルピナ・アサイル

懐中時計は大賢者が二十代だった頃。まだ大賢者と呼ばれる以前、ただのカルロッテ・ギルドレアだったときに、偶然立ち寄った古道具屋で見つけた物だ。

自分の髪の色とそっくりな銀色をしたそれを一目で気に入って衝動買いしてしまい、今でも持ち歩いている。

別に先祖代々の代物ではないし、どこかの遺跡から発掘したのでもない。

何の変哲もない、ちょっとオシャレなだけの懐中時計だとずっと思っていた。

その中に少女が入っているなんて、大賢者ですら想像できるわけがない。

「ボクはアルピナ・アサイル。今から一万一四二五年と六十三日前に、自分の意識をこの懐中時計にコピーして保存した」

しかし少女は、更に想像の埒外のことを告げる。

一万一四二五年と六十三日前……それが真実なら、この少女は古代文明の時代に生きていた者ということになる。

「にわかには信じられないけど……でも古代文明の物じゃなかったとしても、この懐中時計が尋常じゃないのは確かみたいね。なにせ中から人間が出てきたんですもの。それに、あなたも普通じゃないわね」

大賢者はアルピナと名乗る少女を見つめる。

やはり自分に似ていた。

外見だけでなく、発している魔力の気配も。

「古代文明……キミたちはあの時代をそう呼ぶんだね? そして、うん。ボクは普通の人間とは違う。キミが古代文明と呼ぶ時代に存在した『バルテリンク共和国』で遺伝子操作によって作られた、戦闘用魔法使い……その中でも最強と呼ばれたのがボクなんだぜ」

アルピナは人懐っこい笑みを浮かべ、軽快な口調で語った。

だが、その内容は笑って聞き流せるようなものではない。

なにせ今よりも遙かに進んだ魔法技術を持っていた古代文明でも『最強』の魔法使いだったと彼女は言っているのだから。

その言葉を信じてよいのか、まだ分からない。

しかし、懐中時計から出てきたという異常性だけでも無視できない。

現に。

彼女は途方もなく強いのだ。

戦わなくても大賢者は分かってしまった。

この少女ならば、自分と互角以上なのではないかと思えるほどに。

「あなた、さっき、私を見ながら『この時代の強き人』と言ったわよね? それはつまり、狙って私のところに来たってことかしら?」

「うん。そうだよ。ボクがここにいるってことはキミがこの時代で一番強いんだろう? 名前も知らぬ強き人」

アルピナはスカートを広げてかしこまってみせる。

表面上は礼儀正しいが、どこかふざけてやっているように見えた。

「ええ、そうね。私はカルロッテ・ギルドレア。確かに、一番強いと自負しているわ。でも、私はこの懐中時計を店で見つけて、自分の意思で買ったのよ。あなたが狙って来たというのは矛盾してない? それとも私が買ってから懐中時計に宿ったの?」

「カルロッテ・ギルドレアか。なるほど、強そうな名前だ。そしてキミの疑問だけどね。さっきも言ったように、ボクは一万一四二五年と六十三日前からその懐中時計の中にいたよ。キミは自分の意思でそれを買ったつもりのようだけど、実際は違うんだ」

「違う?」

「そう。ボクは一万一四二五年と六十三日前、懐中時計に魔法をかけた。そのとき世界で一番強い人のところに辿り着くようにね。だからキミがその懐中時計を売っている店に入ったのも、そして買うつもりになったのも、ボクの魔法に導かれてのことさ。運命を操る魔法……なかなか凄いだろ」

アルピナはイタズラっぽくニヤリと笑う。

なるほど、それが本当なら恐るべき魔法だ。

大賢者ですらそんな魔法は使えない。

「なるほどね……それで、そんな面倒な魔法まで使って、どうして一番強い人のところに来なきゃいけなかったのかしら? さっき言っていた〝敵〟って何のこと?」

「敵は敵だよ。人類にとって倒さなきゃいけない敵さ。キミとボクとで倒すんだ。嫌だとは言わせないよ。だって、そうしなきゃ世界が滅ぶからね」

と。

アルピナは微笑みながら語った。

まるで明日の天気の話でもするかのように。

大賢者は目を細める。

かたわらで聞いていた女王陛下は「な、なんじゃとぉ!?」とひっくり返った声を上げた。

「世界が滅ぶってなんじゃ! 冗談じゃろ!?」

「冗談じゃないよ、お嬢さん。キミ、随分と可愛い子だね。カルロッテの子供かい?」

「何で妾がこやつの子供なのじゃ! 妾はエメリーン・グレダ・ファルレオン! この国の女王じゃ!」

「へえ、女王なんだ。小さいのに偉いんだねぇ」

アルピナは女王陛下に馴れ馴れしく近づき、その頭をなでた。

女王陛下はムスッとした顔になる。

「妾は確かに小さいが、それはこの大賢者の魔法せいじゃぞ。本当は大人じゃからな」

そう言って女王陛下は大賢者を睨んできた。

「魔法? へえ、大人を子供にしちゃう魔法か。キミもなかなか凄いじゃないか」

アルピナは感心したように言って、大賢者を見つめた。

「それはどうも。でもそんなことより。世界を滅ぼすような敵がなんなのか教えてくれないかしら」

「そ、そうじゃ! 世界が滅ぶということは、このファルレオン王国も滅ぶということじゃ! あってはならぬぞ、そんなこと!」

大賢者と女王陛下に問い詰められたアルピナは、澄まし顔で「それはね――」と歌うような声で語りはじめた。

それは世界を滅ぼしかねない敵。

かつて古代文明が衰退するきっかけになった敵。

アルピナはその物語を語る。

大賢者は、かつて魔神が現われたとき以来の戦慄を感じた。

空より墜ちる厄災。その名を――。