軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

216 女王との交渉 その1

何だかんだと言いつつ、シャーロットとアンナは、以前も王宮に来ている。女王陛下とは何度も会っている。

大賢者と一緒だし、それほど緊張はしていない。

だが、ランとニーナは違う。

王宮の門までは付いてきたが、そこから一歩を踏み出せなかった。

「私たちはラン亭で待ってるアル……あとは頼んだアル」

「王宮を近くから見たら大きすぎて……怖いわ。悪いけど、私たちには無理」

ラーメン屋の二人は申し訳なさそうに言って、逃げてしまった。

薄情とは言い切れない。

何せ、相手は女王陛下だ。この国で一番偉い人だ。

そんな相手に、「友達の誕生日パーティーをやるから、王宮を貸してくれ」とお願いしに行くのだ。

まともな神経ではできない。

シャーロットとて、すました顔を精一杯作っているが、実のところ心臓がバクバクしている。

アンナだって同じだろう。

大賢者が交渉を引き受けると言うから、何とか平静を保っているのだ。

その点、ミサキは凄い。

女王陛下と会ったことはあるが、王宮に来るのは初めてのはず。

なのに緊張した様子が少しもなく、むしろ目を輝かせ、物珍しそうにキョロキョロしながら歩く。

「天井が高いでありますな! 豪華な絵が飾ってありますな! 庭が広いでありますな!」

ミサキの耳と尻尾がピコピコ揺れている。

もし緊張していたら、毛が逆立っているはず。

つまり、本気で楽しんでいるのだ。

とてつもない肝の据わり方。

シャーロットとて普通の人からすれば、かなり度胸があるほうだとは思うが、ミサキには遠く及ばない。

「ミサキちゃん。一人で走り回ったら迷子になるわよ。私と一緒じゃなきゃ、不審者として捕まえられちゃうわよ」

「のわっ、それは困るであります。牢屋暮らしは勘弁であります!」

捕まると聞いたミサキは大賢者にピッタリくっつくが、相変わらず耳と尻尾が動いている。

シャーロットは、ミサキの尻尾をモフモフして緊張を紛らわせようかどうしようか悩む。

悩んでいるうちに、女王陛下の執務室の前まで来てしまった。

扉の前に立っていた兵士に「今、陛下いるぅ?」と気軽に尋ねる大賢者。

シャーロットたちが職員室に入るときよりも適当な感じだ。

「陛下ぁ。入っていいかしらぁ?」

「ん? 大賢者か? いいぞ、入れ」

女王陛下の許可を得た大賢者は扉を開く。

「やれやれ。そなたは本当にいつも突然やってくるな。まあ、ノックをしてから入るようになった辺り、前よりはマシじゃが」

「生徒の前だからね。教育者として気を遣ってるのよ」

「……生徒がいないところでもしっかりして欲しいものじゃ。ところで、今日はローラがいないのじゃな」

執務室に入ってきた面子を見て、女王陛下は珍しそうに言う。

「お久しぶりであります、陛下。今日はロラえもん殿の代わりに、私が来たであります!」

「そなたはオイセ村の獣人の……ミサキじゃったか? 文化祭以来じゃな」

「そうであります。今日は陛下にお願いがあって来たであります」

「ふむ。それはローラがここにいないことと関係があるのじゃな?」

「鋭いであります! 流石はこの国を治める人であります!」

「ふふん。この程度を洞察できなくては、女王など務まらぬからな」

ミサキの言葉に気分をよくしたらしい女王陛下は、顎に手を当て、不敵に笑った。

この調子なら、無事に王宮の一部を借りられるかもしれない。

まあ、本当に心配なのは、借りられるか否かより、一個人の誕生日パーティーをそんな場所でやってもいいのかということなのだが。

「あのね、実はね。十二月二十五日、ローラちゃんの誕生日なのよ。それでパーティーを開こうと思ってるんだけど」

「ほう。もしや、妾を招待してくれるのか? その日なら、予定を開けられるぞ」

「招待するだけでなく、パーティーに協力して欲しいのよ」

「なるほど。ローラは将来、この国にとって重要な冒険者になる可能性が高いからな。知らない仲でもないし……少しくらい協力するのもやぶさかではないぞ」

「陛下ならそう言ってくれると思ったわ。じゃあ、王宮の大ホールを貸してね」

「ふむ、大ホールか……え、王宮のか?」

「そうよ~~」

「う、うーむ……」

女王陛下は腕を組んで、考え込んでしまった。

やはり断られるのだろうか。

むしろ断ってくれたほうがシャーロットとしては気が楽だ。

「特に使う予定もないから、貸しても構わぬが……王宮の大ホールを使うとなれば、貴族たちの間で噂になってしまうなぁ。自分たちに招待状が来ていないが、何のパーティーを開いているのだろうか――と。あとからローラに迷惑がかからぬか心配じゃ」

「貴族連中が、自分の知らないパーティーが開かれてることに嫉妬するってこと? 確かにありそうねぇ」

「うむ。じゃから、あまりオススメはせんぞ」

やはり王宮ともなれば、そういった面倒ごとがあるらしい。

シャーロットの家も、貴族ではないが社交界に顔の利く裕福層だ。

冒険者学園に入学する以前、シャーロットは一度だけ、父親と一緒に貴族のパーティーに参加し、女王陛下に挨拶したことがある。

この国で一番偉い人に会えたというだけでシャーロットは感激した。

そのとき感じたのだが、貴族のパーティーというのは、互いの身分を確認し合う場なのだ。

自分はこのレベルのパーティーに呼ばれる人間。女王陛下と同じ場所に招待される身分。そのことが誇らしいと思える。

主催者側も、自分が招待すれば女王陛下だって来るのだ、という自慢になる。

ゆえに、王宮の大ホールで開かれているパーティーに招待されなかった……それどころか存在すら知らなかったとなれば、貴族たちは慌てる。

そのパーティーが一人の少女の誕生日を祝うもので、女王陛下が出席していたのだと知った貴族たちが、ローラに嫉妬心を向けるのは目に見えている。

「よし。それなら貴族たちにも招待状を出しましょう」

大賢者はお気軽な声で提案した。

なるほど。それならば、貴族たちの反感を買うこともない――。

「って、学長先生! いくらなんでも、それはあんまりですわ!」

「うん。そこまでやるくらいなら、その辺の野原でやったほうが平和だと思う……」

「それに、貴族の人たちと獣人を一緒にしても大丈夫でありますか? 正直……私も面と向かって差別されたら悲しくなるでありますよ……」

ミサキが珍しく不安そうな声で呟く。

それもそのはず。

獣人の歴史は、差別の歴史でもある。

かつて古代文明によって人間の奴隷として作られた獣人たちは、古代文明が滅びたあとも、長い間、虐げられてきた。

だからこそ獣人たちは、オイセ村のような山奥に住んでいる。

このファルレオン王国では、大賢者の働きによって、百三十年前に獣人に対する差別を法的に禁じた。

そのおかげでミサキはこうして王都で普通に暮らすことができる。

だが法で禁じても、人々の意識まで変えられるわけではない。

だから獣人たちの大半は人間とは生活空間を別にしている。

貴族や裕福層の一部には、根強い獣人への差別意識が残っているという。

シャーロットの両親も、女王陛下もそういうタイプではなかった。

しかし、ローラの誕生日パーティーに大勢の貴族を呼べば、差別意識を持った派閥が現われるかもしれない。

大賢者や女王陛下がいる手前、直接的なことは何もしないだろう。

それでも、ふとした視線だけでも、心というのは容易に傷つくものだ。

「だからなのよ。もういい加減、獣人と人間の間にある変な壁を取っ払いましょう。ミサキちゃんが冒険者学園に住むって聞いたとき、実はちょっとだけ不安だったの。でも、すっかり馴染んでるでしょう? お互い遠慮してるけど、顔をつきあわせれば何とかなっちゃうと思うのよ」

「確かに、実際に暮らしてみて、皆が親切でびっくりしたであります。今のところ、耳と尻尾をモフモフされること以外は特に困っていないであります。できればモフモフも法的に禁じて欲しいであります」

「そういうのまで法で禁止するのは、ちと難しいのじゃ」

「むむ……女王陛下の権力でも難しいでありますか」

ミサキは残念そうに肩を落とす。

しかし、ミサキが本気でモフモフを回避したいなら、尻尾を服の中に隠せばいいだけの話だ。

なのに尻尾を外に出してピコピコ動かしている。

何だかんだで本人もモフモフされるのを楽しんでいるとしか思えない。

事実、シャーロットたちがモフモフしようと追いかけると、ミサキは楽しそうに逃げるのだ。

「それで。獣人としては、貴族たちを呼んでも構わぬか?」

「私の一存では決められないであります。一度、オイセ村に戻って、話し合ってみるであります」