軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トウリ遊撃中隊、恋愛大作戦

「俺はこの戦いを生き延びたら、もう一度少尉にこの話をするって決めてたんです」

「あー……。えぇ」

「貴女は華だ、戦場に咲く一輪の花。一目見たときから、ずっと少尉が好きでした」

遠く異国の地、アルガリア渓谷。

ここで新米兵士が、うら若き女性中隊長に思いを告げていた。

「トウリ少尉。どうか俺と、恋人になってくださいませんか!」

命がけの窮地を脱し、奇跡の防衛戦を乗り越えたその翌日。

何人かの兵士が、激情に突き動かされてトウリ・ロウ少尉に思いを告げて。

「……。ごめん、なさい」

「……」

「お気持ちは大変うれしいです。しかし、自分には忘れられない人が……」

そのまま、恋愛的に手痛い敗北を喫していたのだった。

「トウリ少尉の身持ちが固すぎる……」

勢いのまま告白して撃沈した兵士たちは、戦勝に沸くアルガリアの川辺に募って静かに泣いていた。

彼らは既に一度告白し、フラれていた者が大半だった。

「あの見た目で実は年上……なのがグラっと来るんだよな」

「優しいし、落ち着いていて大人びてるし」

「あー……。やる気が起きねぇ」

トウリ遊撃中隊には新兵が多い。その大半は、15歳前後の少年であった。

彼女は年若い新兵から見れば、「軍隊では珍しい優しく、包容力のある年上の女性」だ。

トウリはモテ始めたことを疑問に思っていたが、新兵から魅力的に映るのも当然だった。

「でも、あの夜襲の時の少尉はちょっと怖かったけど」

「あの極限状態じゃ、性格も変わるだろうさ。あの少尉のお陰で俺達は助かったんだ」

だからこそ何人もの兵士が告白し、玉砕する悲劇が起きた。

この件でトウリは、「勘違いさせるような振る舞いがあっただろうか」と自省していたりする。

「……俺達さ、失恋組なんて呼ばれてるらしいぞ」

「誰だよ、そんな呼び方してるやつは」

「あっちで川遊びしてる連中さ。縁起が悪いから近寄るな~、とか言ってるらしい」

「ンだと? 許せねぇぞオイ」

因みに現在、このアルガリア渓谷で表情が浮かないのは失恋組だけである。

他は「生き残れて最高にハッピー」とはしゃぐ兵士しかいない。

それがまた、失恋組の癪に障った。

「まぁ怒ってもしょうがねぇよ。同じ女に振られた者同士、傷を舐め合おうぜ」

「何とかして、トウリ少尉とお近づきになれないかな」

「あの人、常に一歩引いてる感じがするし無理じゃねーの」

元々、叶わぬ恋だったのだ。

空前絶後(アルガリア) の勝利に浮かれ、深く考えぬまま再び想いを告げた者の末路。

そう受け入れるほか無かった。

「おーい、トウリ少尉が招集をかけたぞ。皆集まれー」

「おい、呼ばれてるぞ」

「……俺らも、行くか」

失恋組は何もせず、死人のように川に小石を投げ込んで失恋の傷を癒していたが。

アルガリアの奇跡から数日後、トウリは再び全兵士に招集をかけたのだった。

「食料の備蓄が、とうとう無くなりそうです」

兵士が集まると、トウリ少尉は重々しくそう言った。

「我々への救援は、到着までまだ数日かかるそうです。その間、我々は食料を現地調達せねばなりません」

「……」

「今日から、全員で手分けして食料を集めましょう。それらを持ち寄って、分けあい、この苦難を乗り越えるのです」

彼女はそういってチラリと、残った物資を横目で見た。

箱の中に僅かなワインや、缶詰が残るのみであった。

「漁の経験があるものは、川魚を。植物の知識があるものは山菜を。その辺りを跳ぶ蛙も、重要な食料になります。全員で協力して、食料を集めてください」

「「はい、中隊長殿!」」

どうやら失恋組に、ゆっくり気持ちを整理する時間はなくなったらしい。

働かざるもの食うべからず。これからは、食料問題と向き合わねばならないのだ。

「中隊長殿。発言の許可をいただけますか」

「何でしょうか、キャレル二等兵」

「食料調達効率を上げる提案があります」

しかし失恋組の中で、1人だけ目を輝かせた者がいた。

彼の名はキャレル。今年配属されたばかりの、ピチピチの新兵であった。

「ほう、お伺いしたいところです。続けてください」

「では。少尉は先ほど『全員で食料を分ける』と仰いましたが、ならば頑張って食料を集めた人が損をすることになりませんか」

「む。確かにそうですが、経験のあるなしで効率は変わるでしょう。我々は軍隊であり、集団で一個の存在です。申し訳ありませんが、食料は平等に分配したく思います」

「ごもっともです。ただ、頑張った者へ褒美を用意するのは如何でしょうか」

トウリに発言を許可されたキャレルは、キラリと目を輝かせて熱弁を振るった。

トウリは静かに聞いていたが、周囲の兵士はちょっと引いていた。

「なるほど、してそのご褒美とは?」

「それは少尉殿が許容できる範囲のもので結構です。例を挙げるのであれば、残った嗜好品とか、砦の好きな場所で眠れる権利だとか」

「ふむ、成程。それならば、用意できなくもないでしょう」

しかし、周囲に引かれようとキャレルは止まらない。

彼はトウリの顔を見つめ、頼み込むように話を続けた。

「私個人としては、トウリ少尉に訓練教官を依頼したいと思っています」

「訓練教官、ですか?」

「先の夜襲における、トウリ少尉の勇猛果敢な姿に感銘を受けました。戦争を生き残る為、祖国の勝利の為。トウリ少尉にみっちり個人 訓練(レッスン) をしていただけるなら、私にとってそれ以上の褒美は在りません」

「むむ、勤勉ですね」

キャレルは他の兵士の怪訝な目を気にすることもなく。

考え込むトウリを前に、そう言ってのけたのだった。

「どうでしょうか、トウリ少尉殿」

「うーん、そうですね」

失恋組は、彼の発言の意図を即座に察した。

この男は、賭けに出たのだ。

トウリ少尉とお近づきになる好機を得るため、玉砕覚悟の特攻を行った。

「分かりました。では、今日の食料調達で最も大きな貢献をした者に、何かしらの褒章を約束しましょう」

「「ありがとうございます、少尉殿!」」

「先ほどの発言にあった範囲の報酬であれば、お支払いを約束します。では各員、作戦を開始してください」

「「了解!」」

そして、彼の説得は成功した。

トウリはもっとも食料を持ってきた人間にご褒美、─────個人 訓練(レッスン) を行っても良いと宣言した。

「よっしゃあああ!」

「やるぞぉ!」

この言質に、失恋組は大いに沸き立った。

トウリ少尉は、優しくて甘々な人間だ。

個人訓練と銘打っているが、実質はただのデートである。

「……」

キャレルはちらっと、同じく失恋した仲間たちに視線を送った。

─────道は、切り開いたぜ。

そう。これは男たちの、恋愛争奪戦。

アルガリアの奇跡翌日に、失恋玉砕した男たちのセカンドチャンス。

「俺が、一番食料を持ってくる!」

「絶対に負けるもんか!」

「おお、凄いやる気ですね」

こうして失恋組にとって、負けられない戦いが始まった。

「おいそっち行ったぞ!」

「……任せろ! 獲ったどー!!」

トウリ中隊長が号令した直後から、川辺に多くの兵士が集まってきた。

彼らはみな一様に枝を折って銛を作り、素足になって川魚を突き始めた。

「見た感じ、漁が人気だな」

「すぐ思いつくからな。釣りをしてる連中もいるぞ」

川辺での食料調達と聞いて、多くの兵士が漁を思い浮かべたらしい。

元漁師だった兵士に魚の獲り方をレクチャーされ、楽しみながら魚を突いている様子だった。

「漁じゃだめだな。あれじゃ、一位は取れない」

「経験者に勝てっこないよ」

元漁師の男は、次々と魚を突いては籠に放り込んでいた。

とてもじゃないが、漁で彼に勝てるはずがない。

「勲功一位を得るには、あの漁師に勝つ必要があるだろう」

「じゃあどうする?」

「決まっている」

キャレルは自信満々にそう言うと、フラメール産の槍を手に持った。

そして、川の周囲にある大きな森を鋭く見つめた。

「獣を狩る。一匹大物を仕留めれば、魚にして数十匹分の食料にもなるだろう」

キャレルはぶんぶんと、縦横無尽に槍を振り回す。

その姿は、格好よく決まっていた。

「だけど、そりゃちょっと危険じゃないか?」

「大丈夫だ。もし怪我しても、少尉殿が優しく治してくれるさ」

「一人で獣猟なんて出来るのか?」

「全員協力すれば、何とかなる筈だ」

キャレルは失恋組を見渡し、そう言った。

「獲物はここの全員で協力して狩る。ただし、仕留めた獲物は最も貢献した奴が総取りでどうだ」

「……何だと?」

「全員で仕留めた獲物を一人で持ち帰れば、一位を取れる。誰が持って帰るかは投票で決める、恨みっこなしだ」

「なるほど」

それならば、この食料調達作戦で1位を取れる確率はぐっと高まる。

少なくとも素直に漁をするより、可能性はずっと高いはずだ。

「どうだ、乗るか?」

「乗ろう」

残った失恋組は、キャレルの提案に頷いた。

彼らは恋のライバルでありながら、恋の戦友でもあったのだ。

「さあ行くぞ! 野郎ども!」

「狩りの始まりだ!」

こうして、 少女(トウリ) に惚れた男たちは意気揚々、弓矢や剣を手に取って森の中へと入っていった。

だがしかし、そう都合よく事は運ばなかった。

「2時間探したのに、未だに獲物に出会えないとは」

「警戒して、隠れてるのかも」

まず、獲物に出会えないのだ。

森の奥に入ると、迷ってしまうだろう。

必然的にキャンプから離れていない場所を探索するしかないのだが……。

「こんな大人数でキャンプしたら、警戒するわな」

「まー、あれだけ派手にドンパチしたら隠れるだろうさ」

ちょうど数日前、このアルガリアで派手に銃撃戦をした直後である。

そして今もなお、70名弱の兵士が川辺で騒ぎながらキャンプしているのだ。

野生動物が警戒し、姿を見せないのも当然である。

「ちょっと森の奥まで探検してみるか?」

「迷わないよう、しっかり印を刻んでおけよ」

キャンプ周辺で狩猟は困難だと判断した一行は、勇気を出して森の奥へと進んでいった。

足音を殺し、息を潜めながら。

「おい、けもの道だ。糞がある」

「この先に、何かいるぞ」

そして散策から三時間、ようやく兵士の一人が動物の痕跡を発見した。

動物のフンはまだ柔らかく、まだ近くに居そうだ。

兵士達はなぎ倒された草木を追って、奥へ進んでいった。

「見ろよ、猪だ」

「子連れだ、いけるか?」

そしてとうとう、木々の合間に隠れる猪を見つける事が出来た。

今日、最初の獲物である。

「む、気付かれたか?」

「おい、襲ってきたぞ!」

しかし兵士たちは、狩りの練習などしたことは無い。

そもそも、銃を撃つ練習しかしたことが無いのだ。

狩猟に関しては、ド素人だった。

「痛ぇ!! くそ、足が折れたかも」

「死ね、消えろ!」

「痛たたたたた!!」

子連れの獣は、攻撃性が高い。

突進してくる猪の速度を見誤って、兵士の一人は骨折してしまい。

援護に入った兵士が剣や槍で突くこうとするも、空振るばかりだった。

「あの野郎、逃げやがった!」

「射て、射て!!」

「くそ、当たんねぇ!」

周囲を囲んで仕留めようとしたら、猪はさっさと逃げ出してしまった。

森の中を逃げる獣に、追いつけるはずもなし。まもなく一行は、猪の姿を見失ってしまった。

初の獲物遭遇は、仲間が一人怪我をしただけだった。

「いったん戻るか?」

「いや、大丈夫だ。打撲だけで済んだようだ」

幸いにも兵士は軽傷だった。

しかし、兵士たちの顔は暗かった。

「でもさ。……これ、狩りとか本当にできるのかよ」

「諦めて、別の方法を探した方が良いんじゃね?」

やっと見つけた猪に、彼らは触れる事すらできなかった。

その事実は、一行の心に大きな影を落とした。

こんな事で、獲物を狩って帰れるのか。

経験もないのに狩りをするなど、無謀でしかなかったのか。

そんな諦観が、チラリと彼らの脳をよぎったのだ。

「進もう」

しかし、言い出しっぺの男……キャレルは諦めなかった。

「猪が居たんだ。他の獣だっている筈さ」

「キャレル二等兵……」

「俺は少尉殿に個人訓練して貰いたい。みっちりしごいて欲しい。その為なら、何だってやってやる」

男の眼は燃えていた。

彼の想いは真っすぐ、トウリ中隊長の方を向いていた。

「ああ、俺もだ」

「すまんな、弱気になってしまった」

出来るか出来ないかではない。

やるか、やらないかだ。

男たちは再び武器を手に取った。

「次の獲物を探そう。もう一度くらい、出会えるさ」

キャレルはそう言って、戦友たちを鼓舞した。

「おい、あっちだ! 何かいるぞ」

「鹿だ!」

そこから獲物を探す事、さらに1時間。

そろそろ日が暮れるという時間に、男たちは鹿の群れを発見した。

「かなり険しい崖を渡っているな」

「あそこに行くのは難しそうだ」

その鹿達は数十メートル先の山の斜面を、列をなして渡っていた。

大人の鹿が子鹿を導き、滑落しないよう慎重に。

あの場所に、人間が乗り込むのは困難だろう。

「弓で射れるか」

「やってみよう」

だが、飛び道具なら届くはずだ。男たちは矢を射り、鹿を仕留めようとした。

しかし男たちの矢は当たる気配もなく、明後日の方向へ跳ねていく。

鹿達は攻撃されていることすら気付いてなさそうだ。

「くそ、やっぱり駄目なのか」

「もうちょっと近づけば、届くかも?」

「……俺が出る」

やがてしびれを切らし、キャレルは鹿に向かって走り出した。

キャレルが近づくと、敵の存在に気づいた鹿は逃げ出そうとした。

「馬鹿、せっかく俺達見つかってなかったのに」

「いや待て、アイツまさか……」

キャレルは雄たけびと共に、手に持った槍を思い切り振り被った。

そして、

「当たれぇえええええ!!」

今まさに、斜面を渡ろうとしている鹿目掛けて投げつけたのだ。

槍はくるくると回転しながら、鹿の脚に命中した。

その鹿は悲鳴を上げ、山の斜面を滑落してしまった。

「今だ、捕まえろ!」

キャレルは素手で滑落した鹿にとびかかり、その首を絞めようとした。

激しい抵抗に遭い、擦り傷で体中を負傷しながら。

「あの野郎、信じられねぇ」

「みんな続け、あの鹿を仕留めるぞ!」

そんなキャレルの大金星に、戦友たちが続いた。

男たちは全員で、負傷した鹿を囲んでタコ殴りにした。

「殺ったか?」

「……ああ、仕留めたぞ」

そして、長い長いもみ合いの末。

頭を剣でたたき割られた鹿は、とうとう動かなくなった。

「よっしゃあ! 鹿を獲ったどー!!」

「俺達の勝利だァー!」

こうして失恋組は、見事に鹿の狩猟に成功したのであった。

「大物だ、大物だ」

「血抜きをするぞー、場所を空けてくれ」

「おお」

その後男たちは、槍の柄に鹿を縛り付けてキャンプへと運んでいった。

多くの兵士たちが、そんな失恋組を信じられない眼で見ていた。

「トウリ少尉! 大物を仕留めましたよ」

「凄いですね。……よく、今の装備で獣を狩れたものです」

「ええ、頑張りました!」

その鹿はかなりの大きさだった。

少なく見積もっても、数十キロの肉が取れそうだ。

部隊全員で分けても、この鹿だけで数日分の食料になるだろう。

キャレルは、鼻高々だった。

「……おや、かなり負傷しているように見えますね」

「はは、少し鹿と取っ組み合いになってしまいまして」

「それはいけません。傷口を確認しますので、見せていただけますか」

そして男たちは、トウリの診察を受けることとなった。

鹿の血抜きを仲間に任せ、一人一人丁寧に診察を受けた。

「よく消毒してくださいね」

「了解です、少尉!」

そうこうしているうちに日が暮れて、その日の狩りは終了となった。

「今日は皆さんの協力で、沢山の食材が集まりました。ありがとうございました」

「やったぞー」

「おおー!」

そのすぐ後。全員が集められて、その日の戦果が発表された。

「まさか鹿を狩ってくるとは思いませんでした。キャレル二等兵には、感謝を」

「へっへへ」

なお鹿を仕留めたのは、キャレルということになっていた。

満場一致、失恋組は悔しがりながら彼に投票したのだ。

「これは、決まったかな」

「流石にキャレルだな」

川辺には多くの食料が集められていた。

しかし、鹿以上の大物を仕留めてきた者は居なかった。

「……皆様、お疲れさまでした。ではこの後、今日獲ってきた食料の調理を始めましょう」

「「はい、少尉殿!」」

「そして、今日の勲功第一は……」

トウリから褒美の文句を引き出した事。

危険を顧みず、鹿に突撃して肉弾戦で仕留めた事。

この鹿を仕留めたのは、文句なくキャレルだった。

こうして彼は一番の戦果を上げたことを認められ、トウリ少尉から褒美を……。

「うーん、一位はやはりアルギィですかね」

「ぷっぷくぷー」

得ることは出来なかった。

「えっ?」

「あー、キャレルさん。貴官の戦果も素晴らしいのですが、その」

キャレルが動揺した声を出すと、トウリは申し訳なさそうに川原の一角を指差した。

彼女の視線の先には『ぷくぷくゾーン』と記された看板が立てられ、山盛りの山菜に、羽を剥いた野鳥が5~6羽、数多の串刺しの川魚が置かれていた。

凄まじい数なので、てっきり誰かが持ち寄ったものと思っていたが……。

「アルギィさんは、罠猟の知識を持っているようでして。朝に罠を仕掛けて回り、昼は食べられる野草を摘んで回り、夕方に罠から獲物を回収したらあんなことに」

「ぷぇっぷぇっぷぇ!」

「キャレルの鹿も素晴らしい戦果です、けど……」

キャレルが仕留めたのは、鹿を一頭のみ。

アルギィの戦果は、総量だと確かに鹿を超えていそうだった。

「あー、その。アルギィさん、ご希望は」

「ぷく(酒)!」

「ですよね」

アルギィは満面の笑みで、嗜好品箱に残った酒を指さした。

トウリは呆れ顔で、彼女にワインボトルを渡した。

「そんなぁ」

「……まぁ、彼女は酒が懸かると異様な優秀さを発揮するので」

このプクプク女は完全にノーマークだった。

まさかこんな、よく分からない生物に敗北を喫する事になるとは。

失恋組は全員、天を仰いで崩れ落ちた。

「ですが、キャレル。自分で良ければ、貴方の訓練教官を引き受けますよ」

「え?」

しかし、膝をつくキャレルにトウリは優しく話しかけた。

「貴官の想いは実に立派です、キャレル二等兵。兵士の生存率を上げるには、訓練が何より重要」

「トウリ少尉殿……」

「自ら訓練を受けたいというのであれば、上官としては願ったりです。自分が教官をしますので、明日から自主訓練をしましょうか」

「良いんですか!?」

「ええ。それでいいですか、キャレル」

「光栄です!」

キャレルは1位を取れなかったが、彼の意を汲んでトウリは自由参加の訓練を行う事を発表した。

その宣言に、失恋組は大きく盛り上がった。

「俺もだ! 俺も訓練に参加したいです!」

「少尉殿! 私も訓練に志願します!」

「ぷえー(拒否)」

その士気の高い兵士達の発言に、トウリは満足げな笑みを浮かべていた。

「では、まずはウォーミングアップです。腹筋から、自分と同じリズムで」

「「はい!!」」

そして約束通り、翌日からトウリ少尉による自主訓練が実施された。

「199、200。はい、10秒のブレーキングタイムです。続いてスクワット」

「「……は、はい!」」

「いっちに、いっちに。これにてウォーミングアップ終了です。では次はランニングに────」

そこで兵士達は、大きな思い違いをしていた事を知った。

「声が小さくなっていますよ。もっと張り上げて!」

「「イエス、マム!!」」

「では歌を歌いながら走りましょう。ひかーりをはなーつ、我がーそこく」

「「ひ、ひかーりをはなーつ、我がーそこく」」

今まで訓練はメイヴ輜重兵長が教官をしており、トウリは傍から見ているだけであった。

だから彼女の訓練など大したことないのだろうと、兵士はたかをくくっていた。

「そろそろ息が上がってきましたか。ではここから、短距離走を行いましょう」

「……」

「塹壕間を走る想定なので、銃を構えたまま障害物をよけるようジグザグに走行してください」

しかし彼女の口から出てくる訓練の尽くが、実戦的でキツいものばかりであった。

何ならメイヴ兵長の訓練の方が、まだ楽まであった。

「敵影、10時方向! 照準して構え!」

「「イエス、マム!」」

「3番、7番、照準が遅いです。戻って、もう一走!」

この訓練方法は今は亡きガーバック軍曹と、エース級防衛部隊のザーフクァ曹長から課されたモノだ。

楽な訓練のはずがないのである。

「う、ううぅ……何だよこれ、キツ過ぎる」

「でも、トウリ少尉は涼しい顔してやってるぞ」

「嘘だろ……」

そしてトウリはお手本として、兵士と同じメニューの訓練を行った。

彼女が軽々と訓練をこなすせいで、兵士は「そのメニューはきつすぎます」という泣き言が言えないのである。

言い訳を封じられた兵士は、黙ってトウリについて行くしかないのであった。

「おお……オオォォォォ!!」

「頑張れ、キャレル!!」

「負けてなるものかぁああああ!」

この自主訓練は、救助が来るまで毎日行われることとなり。

その訓練に毎日最後まで参加し続けた、失恋組の練度は大きく上がった。

「いっちに! いっちに! うおおおおお!」

「お、良い気迫ですね」

そんなやる気に満ち溢れる兵士を見て、トウリはご満悦だったという。