軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

158話

正午を過ぎたころ、エイリス軍がいよいよ進軍を開始しました。

それを確認し、我々も塹壕に籠りました。

「トウリ中隊長。只今より俺達メイヴ堡塁防衛隊は、任務に就きます」

「よろしくお願いします」

「俺が言うのは変ですが、ご武運を。アンタなら上手くやってくれると信じてますぜ」

メイヴさんは快活な笑みを浮かべ、部下と共に中洲の堡塁へ入っていきました。

とうとう彼は一度も、怯えた様子を見せませんでした。

「トウリ少尉殿、色々と迷惑をおかけしてすみませんでした」

「エムベル伍長。……貴官の勇敢さに感謝を」

「また楽園で会いましょう」

堡塁に向かう直前、エムベル伍長に握手を求められました。

彼の手は微かに、震えていました。

「我らメイヴ分隊、一足先に栄光の旅路へ踏み出します」

「……貴官らの活躍は、本国に余さず伝えましょう。栄誉を胸に戦ってください」

「ええ、喜んで!」

その後、自分は彼等から1枚づつ紙切れを受け取りました。

それは遺書です。彼らは積み荷にあったハガキの半分くらいしかない紙に、家族への思いや遺言をしたためたのです。

「どうか、母に届けてください」

「俺は勇敢に戦ったと、どうか伝えてください」

自分のリュックサックに、兵士たちの遺書が四十枚詰め込まれました。

最終日、自分はこのバッグを持って走ることになります。

「俺達の 希望(ゆいごん) 、届けてください。幸運運びの中隊長殿」

自分は兵士の一人一人から、想いと決意を受け取って。

しわにならぬよう丁寧に、一枚ずつ詰めていくのでした。

「ぷーくぷくぷく……」

「アルギィ看護兵が、敵の接近を報告してきました」

「えっ偵察できたんですか貴女」

敵との接触は、その1時間後の事でした。

距離が近くなると、エイリス軍の装備もよりわかるようになりました。

「なんだアイツら、ふざけてるのか」

「演劇でしか見たことないぞ、あんな装備」

彼らの中には未だに甲冑を身に着けていたり、羽帽子を被って弓矢を背負った前世紀的な弓兵や、馬に乗って槍を掲げている兵士が散見されます。

やはり、完全に近代化されているわけではなさそうです。

「でも、普通の兵士もいるな」

「歩幅揃えて行進してるけどな。撃って欲しいのか?」

しかし銃を主体とした近代的な部隊も、多く見受けられました。

それもマスケット銃ではなく、ボルトアクション式に見えます。

恐らくフラメール軍から、近代戦の情報を共有されているのでしょう。

敵の半数以上が、近代銃で武装した部隊であると思われます。

「にしても敵さん、出発が遅かったな。朝から戦闘になると思っていたが」

「自分達を偵察していたんでしょうね」

「何だ、待ち伏せはバレてるのか」

「砦を占拠しておいて、バレない筈がないです」

実は朝から、時折エイリスの偵察兵らしき人影が見えていました。

我々の規模や布陣、周囲の地形など必要な情報を集めていたのだと思われます。

「最初は騎兵突撃とかしてくれないかな」

「渓谷は足場が悪いですから、騎兵は出してこないでしょう。銃兵部隊で来るんじゃないでしょうか」

「そうだよな」

敵の銃の性能はマスケット銃よりマシと思われますが、うちの第一世代銃程度でしょう。

堡塁に立てこもるオースティン兵の最新銃には、敵うはずもありません。

両岸を守る我々は武器弾薬を節約すべく、障害物を大量に設置しました。

初日は主に、マスケット銃や弓矢などで乗り切る予定です。

我々はたった150名とは言え、狭い渓谷でここまでやればそう簡単には落ちないでしょう。

素人集団のエイリス兵では、攻めあぐねる筈です。

「銃兵部隊、突撃してきます」

「よく引き付けろ! 銃兵が密集してる場所に火矢を放ってやれ、銃の火薬に引火させろ」

……中隊にも弓を撃った経験がある人が居たので、その人達は臨時の弓兵にしました。

鹵獲した弓矢は大半が潰れていたので、布と油を巻き付け火矢として用いました。

渓谷で火矢にどれだけ意味があるかと思われましたが、少なくとも銃兵には有効でした。

服に火が付いた場合、川に飛び込むしかなくなるからです。

銃が水没して使えなくなりますし、運が悪いと川底に設置した剣が突き刺さって死んでしまいます。

一方で彼らの銃撃は、鉄条網や塹壕に阻まれてこちらにほぼ当たりません。

戦闘序盤は、オースティンが防御側の有利を押し付ける形になりました。

河にエイリス兵の死骸が積もり、赤い染みが下流に引かれていました。

「今のところは、良い感じですね」

「エイリスの銃で、この陣地を力押しは無理だろう」

戦闘開始から数時間、我々は殆ど被害を出さぬままエイリス兵の死体を積み上げるだけでした。

この戦況が3日続いてくれれば、とても楽なのですけど……。

現実は当然、そこまで甘くはありません。

「……敵さん、魔砲部隊を前進させてきたな」

「まぁ、出してくるでしょうね」

当たり前ですが、敵にも魔砲兵部隊が存在しています。

最初から砲兵を出してこなかったのは、前時代の軍隊が砲撃を軽視するきらいがあるからでしょう。

彼らにとって砲撃は『城門を突破するためのもの』で、敵を攻撃するものではありません。

我々が小勢なのを見て侮り、銃兵突撃を選択したのだと思います。

しかし、塹壕は強固です。その攻略難易度は、彼らの想像を超えていたはずです。

「エイリスの奴ら、砲撃準備を始めてるぞ。予定より早いが、撤退するか?」

「いえ、魔法陣の設置に時間がかかる筈です。すぐには撃てませんので、慌てず防衛に集中してください」

エイリス軍の突撃では、我々の陣地を突破できません。

銃の性能も戦術ノウハウも、我々と差がありすぎるからです。

敵がこの布陣を突破するには、砲兵を出すしかありません。

……『1日くらい砲兵を温存してくれないかな』と期待していましたが、普通に使ってきましたね。

「今は、戦線を維持する事に注力しましょうガヴェル曹長」

「ああ」

「敵に空砲撃させるためにも、夜闇にまぎれて撤退するべきです」

自分は、敵エイリス軍が夜間にとる行動も読んでいました。

恐らくエイリス兵は両岸に砲撃しつつ、堡塁には夜襲を仕掛けてくるはずです。

この時代の砲撃は命中精度が低いので、距離がある場所を正確に狙えません。

堡塁を狙った場合、結構な数の砲撃が水没して不発になってしまうでしょう。

なので堡塁は砲撃対象から外し、両岸に狙いを絞ると予想しました。

ならば敵は、堡塁をどう攻略するか。

恐らくですが、夜の闇に紛れての奇襲をしてくると思われます。

前時代的なエイリス軍は、むしろ銃撃戦より白兵戦の方が得意なはずです。

夜は視認距離が短いため、オースティン銃の射程が生かせません。

塹壕は砲撃し、堡塁には夜襲する。

それが、自分が読んだエイリス軍の動きでした。

「太陽が落ちてきたと同時に、敵の突撃がやんだ」

「……砲撃が始まりそうですね。では、両岸の兵士を退避してください」

敵は一晩かけてじっくり、両岸を狙って砲撃してくるでしょう。

自分達は夜闇にまぎれ塹壕から兵を引いて、その間にゆっくり休ませていただきます。

……これで半日、時間を稼げる。

ですがこの作戦だと、堡塁の防衛部隊だけは退かせられません。

敵は堡塁に乗り込んでくるので、もぬけの空にすると撤退がバレてしまいます。

まだ我々が塹壕に籠っていると思わせるため、堡塁の兵士には最後まで抵抗して貰わなければ困るのです。

自分が背負うリュックには、40枚の紙きれが入っていました。

その紙束は小さなポケットに、纏めて収納されています。

……兵を退く最中、砲撃音にまぎれ、堡塁からは雄たけびと銃声が聞こえきました。

作戦通り逃げることなく、エイリスを引き付けてくれているようです。

メイヴさんが、エムベル伍長が、自分の作戦に沿って奮闘しています。

最後の一人が死ぬ瞬間まで、今日という1日を稼ぐ為だけに。

『コレ』を背負うのですか、自分は。

毎日増えていく手紙を、リュックに入れて背負えと言うのですか。

明後日には150枚の紙きれを背負って、走って帰れと言うのですか。

「トウリ少尉、明日の布陣はどうする」

「……少し、整理する時間をくださいガヴェル曹長」

「ああ、分かった」

少し吐きそうになりましたが、ぐっとこらえました。

泣き喚いたところで、何も変わりはしません。

自分は皆から預かった命を、的確に運用しなければならないのです。

「とりあえず、1㎞ほど後退しましょう。新たに塹壕を掘ることになりますので、スコップを準備するよう伝えてください」

「ああ、了解」

ガヴェル曹長にそう伝えた後、自分は堡塁の方角に小さく敬礼しました。

今も咆哮と怒声が響く、中州の小さな拠点に向かって。

「初日は、何とか予定通りに行きましたか」

この日の、両岸の塹壕部隊に被害はありませんでした。

予定通り、死者は堡塁に志願したメイヴ兵長以下、40名だけです。

「……ナウマン兵長、少しよろしいですか」

明日はアルガリア砦の前に設置した6つの塹壕を、命懸けで死守する必要があります。

自分とガヴェル曹長は後方のアルガリア砦から援護する予定なので、前線指揮はナウマン兵長に委ねねばなりません。

「ああ、トウリ少尉殿。当方に何か御用ですか」

「ええ、ブリーフィングをしたくて声を掛けさせていただきました」

自分は彼に、ブリーフィングを行うべく声を掛けました。

ガヴェル曹長と共に、明日の指揮の手順を説明する予定です。

「分かりました、伺いましょう」

「ありがとうございます。……遺書の方も出来ていれば預かりますが」

「ああ、そっちは大丈夫ですよ」

ナウマン氏はやれやれという顔で立ち上がった後。

頭を掻いて、哀しそうな笑みを浮かべました。

「……当方には送る相手なんざ、おらんのでね」

「そうなのですか?」

「ええ」

送る相手が居ない。彼の言葉に、自分は違和感を覚えました。

彼は確か、前に『奥さんと娘が居る』と言っていたはずです。

自分に何度も、家族の自慢をされましたから。

「その、奥方様や娘様には送らないのですか」

「送れんのです」

不思議に思った自分は思わず、そう尋ねてしまいました。

その言葉を聞いたナウマン兵長は、自分から目をそらしたまま、

「去年のサバトの大攻勢以来、妻から返信が来んのです」

何とも言えぬ、悲哀に満ちた顔でそう告げました。

「妻は律儀な女でした。当方が手紙を送ったら、絶対に1月以内に返事はくれていたんです」

「……」

「でもドタバタして忘れたのか、それとも書ける状況じゃないのか。去年から何度も何度も手紙は送ったんですがね、ついぞ返ってこないのです」

「それは」

「きっと忙しいんですよ、そうに違いない」

そう断言するナウマン氏の声は枯れていました。

自分は彼の剣幕に、何も言葉を返せませんでした。

「今年もね、ちゃんと娘にプレゼントを送ったんですよ。少尉殿のおススメ通り、フラメール産の人形を」

「……」

「喜んでくれたか知りたいんですけどね。アンナはもういい歳だ、お人形は少し幼かったかもしれない。でも、戦場で手に入るプレゼント品なんてそんなものしかなかったんです」

「……」

「返事が欲しいな。どんな内容でもいい、プレゼントに対する文句でもいい。妻の字がみたい」

……シルフ攻勢で、オースティンの村落の殆どは焼き討ちされてしまいました。

首都付近に住んでいた人以外は、ほぼ生き残っていません。

であればきっと、ナウマン氏の家族も。

「でも手紙を送っても、当方の手元に帰ってくるのですよ」

「……」

「こないだ送った人形も、手紙も、『もう』あて先が存在しないと突っ返されたんです」

ナウマン氏はそう言うと、自分に白紙の遺書を握らせて、

「これもどうせ、突っ返されるだけなのでしょう? だったら書く事なんてありません」

「ナウマン兵長……」

「ないんですよ、少尉殿。当方には、もう何も残ってなどいない……っ!!」

歯をカチカチならしながら、そう慟哭しました。

「あぁ、情けない」

どう声を掛けたらいいか分からず、ずっとナウマン兵長を見つめていると。

彼はやがて口角を吊り上げ、自嘲するように吐き捨てました。

「トウリ少尉。当方は心のどこかで、まだ家族が生きていると信じているのですよ。奇跡に奇跡が重なって、逃げ延びているんだろうって思いが消えません」

「それは。きっと、その可能性も……」

「だから死にたくねぇんです」

ナウマン兵長は、死人のように青白い顔で自分に笑いかけました。

「……こんなザマだと言うのに。まだオジサンは死にたくないんです」

「……」

「笑っちまいますよね。こんな苦境だってのに当方は故郷に帰りたい、家族の安否を知りたいって軍に届け出て。でも結局、休暇なんて許されなかった」

ナウマン氏の手には、彼の家族の写真が握られていました。

利発そうな幼い少女が、ナウマン氏に抱き上げられている写真でした。

「家族の安否すら知らずに死にたくないんです……っ、あんなに格好つけた事言って、守るべき家族もいないかもしれないってのに、未練ばっかりが溢れてくる!!」

「……」

「情けねぇ、けれどもどうしようもねぇ。少尉、何とかならんのですか。もう本当に、中隊長代理の言う通り、我らはここで死ぬしかないのですか!」

……ナウマン氏は情けなく、涙と鼻汁を垂らし自分の肩を掴みました。

その彼の叫びに、自分は何も答えることが出来ませんでした。

「もう俺ぁ、家族に会うことは出来んのですか!!!」

この場で最年長。メイヴさんよりも年上のナウマン兵長は、鼻水を垂らしたまま泣き腫らしました。

自分の前で取り繕おうとせず、みっともなく。

「すみ、ません、少尉。嫌な事、言っちまいまして」

「……いえ」

「ちょっと取り乱してしまいました。明日の話ですよね、すぐ支度します」

数秒程ナウマンさんと見つめ合った後。

彼はバツが悪そうな顔になって、目を背けました。

「先に行って待っています。落ち着いてからで構いませんので」

「ええ、すみません」

自分はそんな彼の姿をこれ以上見ていることが出来ず。

その場から逃げるように、テントの方へと歩き始めました。

吐き気がする。

自分だけ、のうのうと安全な立ち位置にいて。

周囲の兵士全員を、死に追いやる事しか出来ない自分に嫌気がさす。

そして何より、おぞましいのが。

先ほどのナウマンさんの叫びを聞いて考えた事です。

────ああ、自分は死なずに済む立場で良かったと。

そんな最低な感想が、胸をよぎったのです。

死にたくないというナウマンさんの真意を聞いて。

自分は生きて帰れることに安堵してしまったのです。

「……」

自分の心が、信じられない。

自分の性根が、気持ち悪い。

あんなに悲壮な声を上げている人を前に、何たる邪悪。

自分を善人と思ったことはありませんが、まさかここまで醜悪だとは。

「……」

生き残る役目は、本当に自分なんかで良いのでしょうか。

こんなゴミクズみたいな人間を、生かしておいていいのでしょうか。

自分はフラフラと、唇を噛んでテントに向かおうとして────

「なんて顔してるんだ、お前」

「ガヴェル曹長」

同じく河岸を歩いていた、ガヴェル曹長に肩を掴まれました。