軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

138話

憎悪は、人を戦地へ導きます。

戦場は、憎たらしい敵兵を殺せる場所。

前線に出て敵と戦い、戦友を失って、また憎む。

兵士は、ずっとそれを繰り返します。

そこに善悪なんて概念はありません。

戦場にあるのは、生きるか死ぬかの生存競争だけ。

誰だって、理性ではわかっています。

敵にだって家族がいて、その命を奪うのは罪深いことだと。

撃ち殺した相手にも、積み重ねてきた人生があるのだと。

そんな綺麗ごとに蓋をして、憎悪と義憤に身を任せ、我々は銃を手に取ります。

祖国の掲げたプロパガンダが、正しいのだと信じて。

前世の自分は、FPSゲームが好きでした。

敵の思考の裏をかき、騙し討ちして殺す快感に震えました。

ゲームの中で自分は、誰よりも人殺しが上手い人でした。

そして、ゴルスキィさんを殺した日の深夜。

そんな前世の『自分』が夢枕に立ち、脳裏に語りかけてきました。

────ゴルスキィを殺す時、もっと上手くやる方法があったんじゃないか。

────回り込みの指示をもう少し早く、かつ配置を的確に指示出来ていたら。

────狙撃なんて運ゲーに頼らず、もっと確実にゴルスキィを仕留められていたんじゃないか。

彼はそう言って、寝袋の中で自分を叱責しました。

その通り、彼のいう事はもっともです。

あの時自分は、ゴルスキィさんに作戦負けしていました。

ゴルスキィさんは自分の罠を越え、生き残った部下と撤退に成功していたのです。

最後の狙撃が当たったのは、運が良かっただけ。

あんな無様な指揮をしていては、前世の自分に怒られて当然です。

ではあの時、自分はどうすれば良かったか。

逃げる際にもっとゴルスキィ隊に寄って、深く切り込ませるべきだったのでしょうか?

それとも回り込みのタイミングをもう少し早め、魔法罠などを設置させておくべきだった?

「ああ」

寝入れそうで寝付けない、深夜未明。

夢うつつに前世の自分と議論していた自分は、そこまで考えて。

「ゴルスキィさんを殺した事ではなく、殺す手順が甘かった事を反省するなんて」

自らが鬼畜外道の類だと、ようやく自覚しました。

『小銃が似合う顔になったな、お前』

今まで必死で目を背けてきた、悪人としての自分。

ベルン・ヴァロウが高笑いして『一緒に遊ぼう』と誘う、快楽殺人鬼。

それは間違いなく自分の一面であり、今までそれに助けられてきたのも事実です。

そしてオースティンが欲しているのは、この悪人としての自分なのでしょう。

「よく眠れたかよ」

「……どうも、ガヴェル曹長」

ゴルスキィさんを殺した日。

そしてリナリーの死を胸に抱えて生きると決めたあの日から、悪い夢をよく見るようになりました。

毎晩のように前世の自分が語りかけ、リナリーの最期が脳裏にチラつき、よく眠れなくなっていました。

「顔色悪いな。あんま寝れてねぇのか」

「正直な話、少し」

「そうか」

寝る前、食事の時、ふとした瞬間に彼女の最期の顔がフラッシュバックしてしまいます。

……そんなリナリーの背後には、恨みがましそうな目で見ているゴルスキィさんも居ました。

ああ、これはラキャさんの時と同じ症状ですね。

「部隊の損耗報告書が出来たから、俺は爺ちゃんに報告に行く」

「はい」

「お前は階級だけで言えば次席指揮官だから、ついてきてもらおうと思ったんだが……」

ガヴェル輸送中隊は、先日の挟み撃ちで3割ほど損耗が出ていました。

この有様では戦闘はおろか、輸送任務にすら出ることができません。

再編成されるまで、しばらく任務はないでしょう。

「……顔色悪いし、休んどくか? お前が居ても居なくても変わらんし」

「いえ」

ガヴェル曹長は心配そうに、自分の顔を覗き込みました。

しかし死者の幻覚が見える程度なら、自分は何度も経験があります。

そろそろ慣れていかないと、戦友を失うたびにメンタルブレイクしていたらやっていけません。

「これくらいは自力で乗り越えます」

「なら、好きにすればいいけどさ」

自分は多少強がりながらそう言って、ガヴェル曹長についていきました。

オースティン軍は山の麓を境に連合軍と睨み合ったまま、動きがありませんでした。

お互いに守りを固めて手が出せず、戦況が均衡しているようです。

シルフにやられた被害を立て直すことができるので、この均衡はオースティンにとってはありがたいでしょう。

「どう部隊が再編されるかはわからない。俺とトウリが同じ部隊かどうかも分からん」

「はい」

「ただ、また俺の部隊に配属されたなら……。次は指揮権は渡さないからな」

ガヴェル曹長は移動の最中、ポツリとそんな事を言いました。

「前は非常時だったから指揮を任せたけど、本来は俺がすべき事だ」

「はい」

「提案にはしっかり耳を傾ける、遠慮なく意見は具申してくれ。次はちゃんと、俺が指揮するから」

どうやらガヴェル曹長は、サバト挟撃の際に指揮が出来なかった事を後悔しているようでした。

従軍1年目という経験不足な状況では、仕方なかったと思うのですが……。

「俺はガヴェル。偉大なレンヴェル爺ちゃんの孫で、未来のオースティンの英雄」

「……」

「この戦争で戦功を立てて、父ちゃん母ちゃんが自慢できるような男になる。いつまでもお前に頼ってられないんだ」

彼なりに思う所があったみたいで、次こそは自分で上手くやりたいと決意したようです。

この辺の意識の高さは、やはり若さなんでしょうか。

「お前が優秀っぽいのは知ってるが、今度は自分で指揮をしたい」

「わかりました。自分が力になれるかはわかりませんが、微力はつくします」

「頼んだ」

ガヴェル君は良くも悪くも、とても真っすぐな心根のようです。

たまに空気を読めていませんでしたが、それもまた彼の味なのでしょう。

……そういえばヴェルディさんも、空気を読むのは苦手っぽい雰囲気がありますね。

「今はヴェルディ少佐が負傷して大変な時期。少しでも早く成長して、戦力になってやるんだ」

「おお」

その彼の志の高さには、好感を持てました。

きちんと士官学校で軍学を学んだ彼の方が、絶対に指揮官に相応しいです。

彼にはしっかり成長していただいて、立派な指揮官になって貰いましょう。

「……頑張ってください、ガヴェル曹長。自分が出来る事なら協力しますので」

「ああ、それで戦争なんてとっとと終わらせる」

きっと彼も数年後には、立派な指揮官になるはずです。

そのころにはきっと、戦争は終わっていると思いますが。

「俺だって一人前だと、証明するんだ」

こうした若い芽が、未来のオースティンを作ってくれるのでしょう。

「俺、レンヴェル中佐より辞令を通達する。トウリ軍曹は今回の戦功を以て、少尉に任官。同時にトウリ遊撃中隊の編成を命ずる」

「……はい、光栄です」

「貴様は中隊長として、150名規模の遊撃中隊を編成せよ。ガヴェル曹長、貴様はトウリの副官として編成を補佐せよ」

「……」

レンヴェルさんのところに行くと、『トウリ中隊編成書』なる謎の書類を見せられました。

そして、ガヴェル曹長が部下になりました。

「あのー、爺ちゃん」

「中佐と呼ばんかバカモン」

あまりの謎命令に頬を引きつらせていると、恐る恐るガヴェル曹長が口を挟んでくれました。

お願いします、是非とも異議を申し立ててください。

「レンヴェル中佐。……なんで民間出の応募兵が少尉になってるんだ、なってるんですか?」

「戦功挙げたから」

「で、ですが」

不服げなガヴェル曹長の意見具申に、中佐はあっけらかんとそう言い放ちました。

普通、士官学校を出ていない兵士は曹長までしかなれません。

尉官以上になるには、士官教育が必須……の筈でしたが。

「戦果の功罪は、指揮官に与えられる。先の戦闘で、お前が指揮権をトウリに渡したからこうなった」

「えー!」

「あれだけの功績をあげたんだ、昇進してやらねば無粋というもの」

何やらレンヴェル中佐の不思議な力(悪癖)が働いて、自分は少尉になってしまったようです。

……勘弁して頂きたい。

「これでもトウリは以前、衛生小隊の隊長もやっておったしな。指揮官としてのキャリアはそれなりにあると判断した」

「……」

「ほら、コイツも顔引きつってる! そんな簡単に昇進できるものじゃないだろう、少尉って」

「ああ。普通はこうもすんなり昇進できないんだがなぁ」

にしても、階級の調整はかなり難しいと聞いています。

ヴェルディさんも、自分の階級を下げるのに苦労していました。

どうしてこうも短時間で、自分が少尉になる許可が降りたのでしょう。

「あー少し汚い話をすると。俺とアンリ大佐は戦友でもあるが、どうしても意見がぶつかり合うこともあってな」

「は、はい」

「そういう時は軍内で影響力がものをいう。なので、お互いに息がかかった軍人を昇進させたがる訳だ」

レンヴェル中佐は悪そうな顔になって、そんなことを言い始めました。

……成程、レンヴェルさんは自分を昇進させたかった訳ですか。

レンヴェルさんの派閥ですもんね、自分。

「だがのう、トウリの昇進は気持ち悪いほどあっさり賛同されてな」

「えっ」

「アンリの奴、普段はかなり渋るのにのぅ。素晴らしい戦功だ、彼女は少尉にふさわしいと即日で返答された」

そう言い零すレンヴェルさんの顔には、疑問符が浮かんでいました。

理由はよくわかっていないみたいです。

「ただアンリの奴、トウリと面識がないから直に会って話がしたいとさ。明日の14時に、アンリのテントに向かって面接を受けてくれ。そこで問題なければ、正式に少尉に任官が決まる」

「はい、命令了解しました」

「トウリ貴様、そんなにアンリに気に入られるようなことをしたか? いやでも、面識ないと向こうは言っとるしな」

確かに、自分はアンリ大佐と面識はありません。

顔も知りませんし、命令で関わったことすらないはずです。

「レンヴェル中佐。もしかしたら、関係ないかもしれないんですけど」

「何じゃ?」

「先日から、ベルン・ヴァロウ参謀少佐から俺の部隊に来ないかとずっと誘われていまして。それが関係しているかも……」

「なぁにぃ!?」

しかしベルン・ヴァロウは南軍の総司令官であるアンリ大佐の懐刀。

ヤツがアンリ大佐に入れ知恵している可能性は十分にあるでしょう。

「あー、こないだベルン少佐にテントに連れ込まれたのってソレか」

「ベルンの奴に何と言われた?」

「大尉と大隊長の階級を用意するとか、意味不明な誘いでした」

「……どう答えた」

「断りました。出来れば二度とベルン少佐の顔を見たくありません」

「あの腹黒め、妙にあっさり賛成すると思ったら……」

レンヴェルさんはその話を聞いて、憤怒して立ち上がりました。

……まぁ、そういう事なのでしょうね。

「直に会って話すとか珍しいと思っていたら、勧誘をするつもりじゃったか!」

「お、落ち着いて爺ちゃん」

「娘アリアだけでなく、孫替わりの娘まで奪おうというなら容赦できんわ!」

「ま、孫替わり、ですか」

「アリアは逝ったから、今のトウリの後見人は俺だ。孫みたいなもんだ」

「そうだったのですか」

ここで初めて、自分はレンヴェル中佐に後見して頂いている事を知りました。

アリアさんが亡くなったので、自分は再び身寄りが無くなったと思っていたのですが。

「というか、出来ればウチの親族とくっついて欲しいんだがのう。この間、断られて結構ショックだったぞ」

「すみません……。自分には、操を立てた夫がいますので」

「ヴェルディから事情は聞いたわ。……まぁ待つから、もしその気になったら声をかけてくれい」

レンヴェルさんが後見人になってくださっているなら、例えば自分が負傷してお役御免になった時なども安心ですね。

身内には甘い方なので、ちゃんと面倒は見てくれそうです。

「ガヴェル、お前もトウリをよく口説くといい。年齢も近いし、相性も良いだろう」

「口説けって……。爺ちゃん、戦場は色恋なんて」

「その為に同じ部隊に捻じ込んだんだぞ」

ガヴェル君はどうやら自分を落とすため、同じ部隊に配属されたみたいです。

それを聞いた彼は結構ショックそうでした。

「それ、自分が聞いても良いんですか」

「お前の性分的に、隠さん方が良いだろう。同じ部隊で苦楽を共にすれば、自然と感情は芽生えるもんだ」

まぁ裏でこそこそされるよりは良いですけど……。

レンヴェルさんは婚姻関係の結び方が、かなり脳筋ですね。

「ただし子供は絶対に作るなよ。戦争終わるまでは」

「作りませんよ……」

まぁ昔気質の人なので、それがレンヴェルさんにとっての自然なのかもしれません。

むしろ自分の様に一生操を立てるという考えの方が、異端という説もあります。

実際、殉職した兵士の未亡人は年月を空けて再婚する人も多いのだとか。

「名実ともに我が孫になってみんか」

「……そ、その。今はまだ、心の整理が」

「良い。それくらい夫を大事にする娘の方が、良い家庭を作る」

……そもそも自分は結婚するつもりがありませんでした。

なのでレンヴェルさんには申し訳ありませんが、このまま一生を終える予定です。

ロドリー君だけ、特別なのです。

「レンヴェルさん。どんな待遇を用意されようと、自分は引き抜きに応じるつもりはないので安心してください」

「それは、ありがたいが」

「ベルン・ヴァロウと同じ場所にいたくありませんので。今はそれでご容赦ください」

こうして自分はレンヴェル中佐からの縁談をあしらいつつ、良い感じに場を纏めました。

彼にとって縁談は、派閥作りの手段の一つみたいですね。

もしかしてアリアさんに言い寄ってきた人の中には、レンヴェル中佐の息がかかった人も居たのかもしれません。

「そんなにガヴェルは駄目か」

「駄目ではないのですが、その。結構可愛いところはあると思っています、よ?」

「可愛いだと!?」

その後、うっかり口を滑らせ余計な事を言ってしまい、ガヴェル君の機嫌がたいそう悪くなってしまいました。