軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

才能ある少年

自治軍が森の中に設営している拠点から、俺は分隊を率いて偵察に出た。

雪解けの季節で、南へと移動するに従い足場は泥、浅瀬と変化していく。東側の山脈から流れ出す雪解け水が、この森でいちど受け止められ、レーヌ河へと運ばれていくのだ。

巨大な樹木が立ち並ぶ森の中は、静寂に包まれている。

伸びた枝葉が頭上数メートルのところで空を隠す屋根のようで、朝だというのに地上は暗かった。

自治軍の支配圏を出る。ここから南西側には、味方の配置が描かれていない。

俺の後ろには、傭兵のイヴァノフと昨日の天才少年が続く。

イヴァノフは元狩人で森や山に慣れている。また弓矢、弩を武器に使い、接近戦も得意だというので 大怪獣(ベヒモス) 退治までを見据えて誘ってみたところ、快く分隊に加わってくれた。

もう一人、傭兵に声をかけていたのだが、ノアが現れて自分が参加したいと言いだした。

「勉強したいんです! クリムゾンディブロの近くで!」

周囲の意見もあって、彼を加えての三名で偵察中だ。

森は山脈方向から河へとゆるやかな下りがずっと続いている。しかし単純な地形ではないので、低い方向へ行けば河だとはならない。複雑な足場はさらに岩場や樹木、茂みなどで見通しが悪かった。

ノアが俺の後ろ、最後尾がイヴァノフという順だ。

前方に、帝国軍の部隊を発見する。

距離は三十メートルほど。

こちらは茂みに身を隠しているが、向こうは移動中で気づいていない。北東へ移動しているが、人数は五人で少ない。

「倒しますか?」

ノアの問いに、俺はかぶりをはらった。後ろのイヴァノフが俺の肩に手を置いて声をかけてくる。

「やつら、こちらをチラチラ見ながら移動してる。あいつらは哨戒だろう。樹木、茂みを注意してる感じだ」

「なら、敵の大きな部隊が近くで野営をしているかな?」

「可能性はある。あいつらが来た方向へと進むべきだ」

頷き、俺は先頭を進む。

慎重に進みながら、岩場の向こうに帝国軍の野営地を見つけた。

防御壁を攻撃する帝国軍の右翼を守る、東方向からの敵襲に備えた位置取りだろうと推測する。

森から奇襲をかけるには、こいつらを速やかに片す必要があると思った。

規模は……中隊規模。二〇〇はいるだろう……これに手間取れば、奇襲にならない。

「よし、撤退しよう」

俺の言葉に、イヴァノフは頷いたがノアが「え?」と声をだす。

「やっつけないんですか?」

「偵察が任務だ」

「……わかりました。魔法を使うところ見たかったんですけど」

「それは別の機会があったらな」

イヴァノフを先頭に、来た道を戻る。

ここで、さきほどすれ違った敵の部隊が樹木と樹木の、わずかな隙間から見えた。距離はまだあったが、イヴァノフが手信号で停止と出して膝をつき姿勢を低くする。

俺も茂みに身を隠そうとしたが、よそ見をしていたノアがあらぬ方向を眺めたまま歩いていた。

馬鹿!

慌てたが遅かった。

イヴァノフは自分を追い越したノアに驚いて立ち上がる。

彼らの姿は、敵の部隊にばれていた。

イヴァノフがノアの身体を後ろへとひき、樹木の影に隠れた。

直後、放たれた矢が幹に刺さる。

角笛をふかれた!

まずい!

俺は前へと走り、 火炎弾(フレイム) を敵へと放ってイヴァノフとノアに声をかけた。

「走るぞ!」

「おう!」

「はい!」

火炎弾(フレイム) をくらって混乱して敵の部隊へと突っ込み、魔法で倒れた兵士を踏んで跳んだ先で一人を倒した。

残った三人は逃げ出すが相手にしない。

イヴァノフが後ろを警戒しながら俺に続くが、驚いたように叫ぶ。

「何をやってる! 来い!」

「逃げてます! 倒さないと!」

「馬鹿野郎! 来い!」

「あらゆるものを焦がす美貌! 触れる男を燃やす美声! 炎姫(ヴァルガ) よ! 我(わ) に微笑を与え賜え! 火炎弾(フレイム) !」

ノアは身振り手振りを交えた呪文詠唱を、歌うようにおこなうと 火炎弾(フレイム) を発動させた。

それは俺よりもデカくて射程が長いもので、逃げていく敵三人を倒す。

「ほら、これで――」

誇らしげに口を開くノアを、イヴァノフが掴み、勢いよく引っ張った。

「いいから走れ!」

俺は二人を先に行かして、最後尾を走る。

まずいな……。

これで敵は部隊の配置を変えてくるぞ……。

-Elliott-

「納得いかないと言っていますよ」

俺はスープに硬いパンをひたしながらミゲルを見上げた。

「納得を求めてないんだよなぁ」

「生徒たち、ノアが不当な扱いを受けていると抗議に来てます」

「俺にどうしろと?」

「いえ、あなたのほうに矛先がいくかもしれず、先にお知らせを」

ありがたいね……まったく。

拠点に帰還した俺たちだったが、イヴァノフがノアの不注意と独断専行を問題視して、引率であり士官の一人に訴えた。彼が特に許せないとしたのは、隊長であった俺の命令を無視して、魔法攻撃をおこなったことだ。

「エリオットが彼を若いからと許すのは賛成できん。若いからこそ、過ちは叱られ、反省すべきだ」

こう主張したのである。

許したわけじゃなくて、俺が訴えるよりあんたが先にブチギレたんだよ、とは言わない。

このイヴァノフの訴えがミゲルの耳に届き、当然ながらリュミドラも知るところとなった。

彼女はノアの才能を認めつつも、部隊を危険にさらしたことに対して謹慎五日間を命じたのである。

ノアは魔法の力を強制的に封じる呪具である枷で両手と両足の自由を奪われ、ひとつの幕舎へと押し込められていた。

これに生徒たちが怒りはじめ、不満を口にして士官や傭兵たちへ抗議をしているという。

俺は面倒なので、食事を抱えて拠点のすみっこ、ちょうどいい木の幹にもたれていたところを、ミゲルに見つかって現在だ。

……ノアがしたことは正直、謹慎五日でも軽いが、そこはリュミドラが彼の才能を認めて立ち直って欲しさで甘くしたんだろう。

彼女もまだ若い……いや、俺も若いけどさ、指揮官として彼女は若いからという意味なら正しい……ということで、彼女もまだこういう判断に感情をいれてしまうのだ。これも失敗のひとつとして受け止めてもらえば、未来において彼女を支える人達が助かるだろう。

ちなみに、俺だったら強制送還して魔法学院に帰す。そして、そこで謹慎だ。期間はおそらく夜襲作戦が終わるまでとするから、五日以上は確定なのでそこは彼女と同じといえた。

実際、ノアがしたことはけっこうひどい。

不注意で失敗したこと、指示を無視して攻撃したこと……あの時、敵部隊の近くに新手がいたら、俺たちの誰かが怪我をしていた可能性はあるし、怪我ですまない確率も低くない。

あの時、敵の近くに大規模な敵部隊がひそんでいたら……滅茶苦茶になる。

百歩譲って、見つかったことは仕方ないとした場合、さっさと逃げることが第一だ。戦うのは敵に囲まれていて、戦うしか活路がないという場合のみだ。

偵察は、情報をもって帰るのが大事だからだ……。

それはでも、説明してもわからないんだろうなぁ。

俺は座っているので、立っているネビルを見あげる。

「なにか言われたら、彼も大変だねって答えておくよ」

「……面倒だから関わりたくないって顔ですね」

「ばれたか?」

「……とにかく、穏便にお願いしますね」

ミゲルが去り、一人でパンをかじってスープをすする。

俺にも、彼ら彼女らほどに余裕のある思春期があったのは日本人時代までさかのぼるので、そうとうに昔だ……この人生においては、思春期はもう戦場で過ごしていた。

女の子との恋なんていうイベントもなく、童貞も十七の時に戦地のたぎりの勢いで、娼婦を買って捨てている。その時に淋病らしき病気をうつされて、帰還してからしばらく通院しないといけなくなったのはひどい思い出だし、いい反省にもなっている。

他にもひどい経験はいくらでもある十代後半を過ごした俺は、彼らをかまうのは面倒だし無駄だと思っていた。

だけど、それだと問題がある。

魔導士見習いが戦力として使えなくなると、一気に戦えなくなることだ。

それで上層部は頭を抱えているのだろう。

「エリオット」

リュミドラだ。

彼女のスープの器とパンを持っている。

俺の隣に座り込んだ彼女は、硬いパンをスープにひたしてから口に運んだ。

こういう食事になれている王族なんて、この大陸のどこを探してもいないんじゃないかな?

「ノアの件、どうしたらよかったと思う?」

「送り還すべきだったな。まず、甘い処罰が混乱を招いた。問答無用で魔法学院へ送還していれば、生徒たちは動揺し、それほどのことを彼はやったのだと理解しようとしただろうが、幕舎の中から本人が不満を外へ叫んでいては静まるものも静まらない」

「……はぁ、やっぱり送り還すべきだったか……実際、作戦行動中の彼をみてどう?」

才能はものすごい!

「才能は間違いない。あとは経験だろう……ただ、その力を隠しているようで実はみせびらかしたい本音がある。それと自分の能力が高いので油断する悪い癖があるようにみえる。競技や試験は抜群の成績を残すだろうが、戦場だと派手に活躍した後にあっけなく戦死、という未来が見えたよ」

一応、あんたのことも釘をさしたんだよ?

「……わたしも気をつけるわ」

お! すごい。

「でも……でもでもでもでも! こうムカつく敵はぶっ飛ばしてやりたいって思わない? 思うよね? ギッタギタにしてやって足で踏んでグリグリして、口ほどにもないって言い放ってやりたいよね!? ね!」

いきなり素に戻るなよ……。

「それを我慢するのが、姫さまのお仕事だと思うけど?」

「はぁ……憂鬱。このまま生徒たちがあれじゃあ、戦力がぜんぜん足りない」

「……なんなら、あいつらだけで攻撃させてみれば?」

「ええ!?」

「失敗を取り返せって。俺たちであとをつけて、負けそうなら助けてやる……案外、うまくいくかもしれない。帝国軍も今日の出来事だから、まだ修正していないかもな」

「……そうね。それもいいかも」

「ただし、死人は出るぞ。見習いたちから」

俺はあえて口にした。

リュミドラは、姫としての顔になって頷く。

「参加者を募る。死ぬかもしれないことも伝えたうえでね……それでも、わたしたちが後ろから援護して、全員を生還させるの」

できたらいいけどな。

無理だろう。

だけど、俺は彼女の決意に同調してやった。

「わかった。俺も全力であたる」

俺たちは、拳をぶつけあって立ちあがる。

準備だ。