軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不穏

一〇日後――

今日から学院交流である。

レイと共に食堂から部屋へ戻ってくると、彼はそのままベッドに倒れ込んだ。

「寝るのか?」

「まだ時間があるからね」

腹が膨れて眠くなったか、すぐに寝息が聞こえてきた。

コンコン、となにかを叩く音が響く。

窓からだ。

「ん?」

窓を開けると、外にミーシャがいた。

「どうした?」

「猫さん。にゃあ」

ミーシャが呼ぶと、見覚えのある黒猫がこちらへ走ってきた。

ぴょんっとミーシャの肩に乗った後、窓の縁に飛び移る。

七魔皇老、アイヴィス・ネクロンだ。

「ディルヘイドでなにかあったか?」

アイヴィスには、メルヘイス同様、ディルヘイドでアヴォス・ディルヘヴィアの動向を探るように申しつけてあった。

それがわざわざここまで来たのだから、緊急の用件があるのだろう。

「七魔皇老三人がディルヘイドから姿を消した」

アイヴィスが口を開く。

「ほう。どこへ行った?」

「ここガイラディーテへ入ったところまでは確認した。行方をくらましたが、街の外には出ておらぬ。どこかに潜伏しているはずだ」

学院交流のこのタイミングでか。

なにか企んでいるとしか思えぬな。

「勇者学院との関わりは?」

「まだわからぬ。勇者学院の人間にも網を張っているが、今のところ七魔皇老らしき者と接触した様子はない」

勇者学院とアヴォス・ディルヘヴィアが共謀しているのなら、わかりやすい構図なのだがな。

「わかった。引き続き、七魔皇老の動向を探れ」

「御意。加えて、もう一つお伝えしたいことが。アヴォス・ディルヘヴィアには関係ないかもしれぬが、気になることがあるのだ」

「どうした?」

「ここに訪れ、偶然耳にしたことなのだが、ガイラディーテの人間には、深き暗黒という伝承が伝えられている」

ふむ。そういえば射的屋の店主も言っていたか。

「なにか問題があるのか?」

「遙か昔から人間に伝えられてきた口伝のようなのだ。やがて、深き暗黒が再びアゼシオンを飲み込む。だが、恐れることはない。希望と共に祈りを捧げよ。我らが伝説の勇者に。されば、彼の者の再来が現れ、希望の光でその暗黒を晴らすであろう」

ありがちな口伝だな。

「この深き暗黒が、暴虐の魔王を指しているのではないかと」

「俺の転生を予言した口伝ということか?」

「いかにも。やがて蘇る我が君を、再び亡き者にするために、語り継がれてきたのかもしれぬ」

「ふむ。根拠はあるのか?」

「少々気になり調べてみたところ、勇者学院の卒業生たちによって、アゼシオン全土に、この口伝は伝えられているようなのだ。深き暗黒は人間に絶望をもたらすと言われている。だが、それが具体的になんであるかを勇者たちは説明しておらぬ。深き暗黒を乗り越えるために、知ってはならぬとのことだ」

そんな曖昧なことで口伝が広がるのは、勇者の信用あってのことだろう。

昔から人間というのは、わけのわからぬものを信仰していたことだしな。

「つまり、お前が言いたいのはこういうことか? 勇者学院は魔族にそうとは知られぬよう、転生した魔王を再び殺そうと企んでいる。今度は根源さえ残さず、完全に滅ぼそうとな」

「暴虐の魔王が絶望をもたらすとの口伝であれば、我々七魔皇老にもすぐに届いたであろう。深き暗黒という名称で敵対する相手を伏せ、ディルヘイドに攻め入る口実を与えないつもりなのではないかと」

世界は平和になった。魔族と人間の交流も途絶えた。

それをいいことに、そしらぬ顔をしながら虎視眈々と機会を待っていたというわけか。

俺が転生してくるのを。

「ありえぬ話ではないな。だが、それにしては妙なこともある。魔王の名は、勇者学院でもアヴォス・ディルヘヴィアと伝わっているのだからな」

「それは、確かなことで?」

「箝口令は敷いていたようだが、少々抜けた生徒が口を滑らせてな。絶対とまでは言わぬが、まあ、ほぼ間違いないだろう」

アイヴィスは黙り込み、じっと考えている。

二千年もの間、口伝や伝承で意志を繋ぎ、暴虐の魔王を倒すための機会を窺っていたというのは、まだわかる。

だが、肝心の魔王の名を間違えていては、マヌケどころの話ではない。勇者学院は俺を探し出すことができず、偽の魔王と戦うことになるのだから。

「アヴォス・ディルヘヴィアの企みと、勇者学院の企みが、絡み合い、この状況を作り出したのでは……?」

アイヴィスが言う。

「さてな。しかし、七魔皇老がガイラディーテに来ているのなら、その可能性もあり得る」

アヴォス・ディルヘヴィア、勇者学院、そしてこの俺と、三つ陣営がそれぞれの思惑を持ち、今このガイラディーテにいるわけだ。

何事もなく、というわけにはいかぬだろうな。

予想だにせぬ事態が起こることも、考慮しておかねばなるまい。

「お前は七魔皇老の行方を追え。俺は勇者学院に探りを入れる。ちょうど今日から学院交流だからな」

「御意」

アイヴィスはぴょんっと飛び跳ねて、窓の外へ出ていった。

「おしごと?」

ミーシャは窓の縁を両手でつかみ、背伸びした。

彼女の顔だけがひょっこりとそこから覗いている。

「仕事?」

「魔王のおしごと?」

そういうことか。

「そんなところだ。どうも面倒なところに来たようでな」

「手伝う?」

「必要があればな。外でなにしてたんだ?」

「登校」

ミーシャは淡々と言う。

「まだ早いんじゃないか?」

「初日だから」

なるほど、ミーシャらしいな。

俺は窓から身を投げ、外へ出た。

不思議そうにミーシャが見上げてくる。

「一緒に行こう」

「ん」

嬉しそうに彼女はうなずいた。

ミーシャと二人でのんびり歩き、勇者学院へやってくる。

門に手を当てると、< 施錠結界(デジット) >の条件が変更されたのか、魔法の鍵が自動的に解除された。

俺たちは門をくぐり、学院の中へ入った。

「そういえば、どこへ行くんだったか?」

「大講堂」

ミーシャがきょろきょろと辺りを見回す。

「あっち」

指さした場所には、大講堂の方向を示す看板が出してあった。

魔王学院の生徒用に用意したものだろう。

看板の指示に従い、階段を上り、通路を奧へ奧へと歩いていく。

突き当たりに両開きの扉があった。プレートには大講堂と書いてある。

扉を開け放つと、中は広大な空間だった。

最後尾の席は高い位置に、教壇は一番低い位置にあり、どの席からでも黒板が見られるようになっている。

「広いな」

「学院交流は大人数」

魔王学院だけでも二クラス分の生徒がいるわけだからな。

勇者学院の生徒もいれれば、この規模の教室でもぎりぎりといったところだろう。

「わおっ。アノス君だ。おはようー」

最前列の席で、黒髪を長く伸ばした女子生徒が大きく手を振っている。

エレオノールだ。彼女は大講堂の緩やかな階段を駆け上がり、こちらへやってきた。

「早いんだ。アノス君ってもしかして、意外と優等生なのかな?」

「なに、気まぐれだ」

ミーシャが不思議そうに首を傾けた。

「知り合い?」

「あー、ごめんね。自己紹介がまだだった。勇者学院3回生、エレオノール・ビアンカだぞ」

すると、ミーシャはぺこりと頭を下げた。

「魔王学院1回生、ミーシャ・ネクロン」

「よろしく、ミーシャちゃん。ボクのことはエレオノールでいいぞ」

こくりとミーシャはうなずく。

「よろしく」

「ちょうどいい。勇者カノンのことで訊きたいことがあるんだが――」

すると、入り口の方から声が響いた。

「へえ。なんだろうね? よかったら、ぼくが答えてあげるけど? 魔王学院のお兄さん」

やってきたのは、魔法図書館で見た金髪の少年だ。

レドリアーノとラオスも一緒だった。

「初めまして。ぼくは勇者学院序列第三位、選抜クラス『ジェルガカノン』所属、勇者カノンの第二根源の転生者、聖地の創造騎士ハイネ・カノン・イオルグ」

ふむ。揃いも揃って自己紹介の長い連中だな。

「ラオスが迷惑をかけたって聞いたよ。ごめんね、彼はちょっと喧嘩っ早くてさ」

「謝罪されるほどのことではないな。軽く遊んでやったまでだ」

ハイネの隣で、ラオスが不機嫌そうに顔をしかめる。

「そう言ってもらえると助かるよ。ああ、そうだ。ついでと言ったらなんだけど、ぼくも遊んでもらえるかな?」

ほう。面白いことを言う。

「どんな遊びが所望だ?」

「今日の授業は座学だけどね。レクリエーションがてら、デルゾゲードとアルクランイスカでちょっとした対抗戦みたいなことをやる予定なんだ。負けた方が相手の質問になんでも答えるってことでどうかな?」

なるほど。

「構わんぞ」

「それじゃ」

ハイネは< 契約(ゼクト) >の魔法を使う。

今日の対抗戦で負けた方は相手の質問に嘘偽りなく答える、といった内容だ。

「ちなみにぼくが知りたいのは、暴虐の魔王が誰か、かな」

こちらに探りを入れるように、ハイネは訊いてくる。

「ああ、もちろん、対抗戦がどんなものか聞いてから考えても――」

特に気にせず、俺は< 契約(ゼクト) >に調印した。

「へえ。いいのかな? そんなに簡単に調印しちゃって。魔法戦と違って、力尽くってわけにはいかないと思うけど?」

「別段、暴虐の魔王が誰とわかったところでなんの問題もない。それに――」

当たり前の事実を俺はハイネたちに教えてやる。

「座学だろうと、条件がなんだろうと、この俺が負けるはずもないからな」