軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一つ貝の首飾り

勇者学院を出ると、門の脇で俯いているサーシャの姿が目に映った。

「わざわざ待っていたのか、サーシャ」

声をかけると、サーシャは顔を綻ばせ、こちらを振り向く。

だが、すぐに思い直したようにキッと俺を睨んできた。

「待っていたのか、じゃないわ。遅い、遅いわ。なにかあったのかと思って心配するでしょ」

「俺のなにを心配するんだ?」

「なにって……」

サーシャは考え、言った。

「が、学院交流の前に、あいつらを皆殺しにしていないかとかよっ」

フッと俺は笑う。

なかなか、わかっているではないか。

「学院交流は、互いの魔法術式を教え合うのもそうだけど、やっぱりディルヘイドとアゼシオンの友好が目的なんだから、デルゾゲードにいるときみたいに無茶苦茶やったら、大変なことになるわ」

「向こうがそのつもりかは知らないがな」

サーシャは勢いを削がれたように押し黙る。

「……確かに、あんな歴史を捏造してるなんて、本当に友好目的なのか疑問はあるけど……」

俺が歩き出すと、サーシャはその横に並んだ。

「先程も言ったが、勇者カノンが俺を倒した偽の歴史を後世に伝えたぐらいで、人間が魔族に敵対していると考えるのは早計だ」

「どうして?」

「手に負えないほど強大な魔王が、ほんの気まぐれで世界に平和をもたらした。これでは人間は魔王の恐怖を忘れることができない。転生した魔王が、今度は気まぐれで世界を滅ばさないとも限らないからな」

納得したようにサーシャがうなずく。

「嘘だとわかってても、国民を安心させるために勇者が倒したことにしたってわけね?」

「そうするのが最善だろう。暴虐の魔王が死んだのは事実だ。そして暴虐の限りを尽くした敵が、実は平和を望んでいたなどと言われても、信じる者は殆どいまい」

それほど、二千年前の大戦では怨恨と怨嗟が渦巻き、溢れていた。

嫌になるほどに。

「その伝承を信じ、自分たちが英雄の末裔だと粋がって、魔族を前に強い態度を取ってしまうのも無理はない。可愛いものだ」

「理解があるフリして、ついさっき粋がった人間を大人気なくぶっ飛ばしてたのは誰だったかしら?」

サーシャがじとっと俺を睨む。

「なに、あんまり可愛いものでな。遊んでやったまでだ」

「……あ、そ。あんなの、一生トラウマになるわ」

その心配はないようだがな。

「じゃ、友好が目的じゃないかもしれないってどういうことよ? さっきのこと以外に、なにかわかったの?」

「わかったと言えばわかったが、あいにくと謎が増えてしまったな」

「はい?」

二千年前、勇者カノンは人間に殺された。

世界に壁を作り、俺が転生した後のことだろう。

いったい、なにがあったのか?

幾度となく暴虐の魔王と戦い、人類を救ってきた英雄を、なぜ自分たちの手で殺さなければならない?

権力争いにでも巻き込まれたか?

それとも、アヴォス・ディルヘヴィアの仕業か?

今のところはエレオノールに訊くのが、一番手っ取り早そうではあるな。

「どうも、あのラオスとかいう奴は俺にわざとやられたフリをしていたみたいでな」

「……学院別対抗試験で、わたしたちに油断させるためにかしら?」

「それと、俺の力を計りたかったようだ。わざわざ、あからさまな態度で喧嘩を売ってきてまでな」

「ふーん。生意気だわ」

サーシャの視線が鋭くなる。さっきのいざこざで鬱憤が溜まっているだろうからな。もしも試験で奴らと相まみえたとして、果たして俺の出る幕があるのかどうか。

「ねえ、アノス」

サーシャがなにかに気がついたように、俺の袖を引く。

「あそこ」

彼女が視線を向けた先には、白髪で中性的な顔立ちの男と癖のある栗毛の少女がいた。

レイとミサだ。二人は仲良く往来を歩いている。

「ファンユニオンへの助言は済んだようだな」

「あ、待ちなさいよっ」

声をかけようとすると、サーシャが俺の手をつかんだ。

「なんだ?」

「え……だって、邪魔しちゃ悪いわ」

「なんの邪魔だ?」

「えーと、邪魔じゃないかもしれないけど、でも、ほら、邪魔かもしれないし」

ふむ。奥歯に物が挟まったような言い方だな。

「もうっ。そんな目しないでくれるかしら? だからね、簡単に言えば、ミサってレイのことが好きなんじゃないってこと」

「ほう」

いつの間にやら、そんなことになっていたのか。

面白い。

「レイはどうだ?」

「……あいつは、なに考えてるか全然わからないわ。でも、けっこうミサとは話してるわよね。というか、そういうのって男同士の方がわかるんじゃないの?」

「あいにくそんな話はしたことがなくてな」

「……そうよね」

レイたちは角を曲がり、中央の通りへ入っていく。

「 尾(つ) けるぞ」

「はぁっ!? だ、だめよ。そんなの不謹慎だわ」

「興味がないなら、お前は来なくていい」

レイたちの後を追いかけ、俺は中央の通りへ入っていく。

かなりの人混みだったが、俺の魔眼なら、見失うこともない。

耳をすませば、二人の会話が聞こえてきた。

「ふふふー、すごいですねー、屋台が沢山出てますよー」

「お祭りでもあるのかな?」

レイとミサはいつも通り、ニコニコと笑っている。

「確か、大勇者ジェルガの聖誕祭だったと思います。遠征試験前にもらった紙に書いてありました。もうすぐジェルガが誕生した日で、それに合わせて一月以上もお祝いをするそうです」

「へえ」

通りにずらりと並んだ屋台や演し物を見物しながら、レイたちは楽しそうに歩いていく。ふとミサがある屋台に視線を止めた。

「やってみるかい?」

「はいっ。ちょっと挑戦してきますっ」

二人が向かったのは、射的屋の屋台である。木の弓を使い、設置されている的を射るようだ。的はいくつか種類があり、それぞれ当たったときに違う景品がもらえる。

ディルヘイドとアゼシオンの通貨は違うのだが、それは事前に換金してある。ミサは支払いを済ませると、木の弓をもらった。

的までの距離は約八メートルといったところか。

矢は三本。ミサは狙いを定めて弓を引くが、三回とも見事に的を逸らしていった。

「あははー、全然だめですねー」

失敗はしたものの、ミサは楽しそうだった。

「レイさんもやってみませんか?」

「弓は使ったことないんだけどね」

レイは店主にお金を支払い、ミサから木の弓をもらう。

「どれを狙ってたんだい?」

「ええと、あの的です」

ミサが指さす。

景品は貝殻の首飾りのようだった。

「当たるかな」

レイが弓を引き、狙いを定める。

発射された矢は、僅かに的をかすめた。

「あっ、惜しいですよーっ。もうちょっとじゃないですかっ」

「次は当てるよ」

爽やかにレイは微笑む。

「えー、そんなこと言っていいんですか? 当たらなかったら、恥ずかしいですよ?」

「賭けるかい?」

「じゃ、外れたらなにかおごってくださいねっ」

「いいよ」

と、レイが言った頃には、矢はもう的のど真ん中に当たっていた。

「わーっ! さすが。すごいですねっ。しかも、ど真ん中ですよー」

初めて弓を持ってそれか。

剣ではないというのに、相変わらず、成長の早い男だな。

「……なんか、すっごくイチャイチャしてるわね……」

サーシャが俺の背中越しに二人を覗いている。

結局、興味があったようだな。

「あの二人は、いつもああじゃないか?」

「違うわ。なんかもう、醸しだしてる雰囲気がいつもの三倍ぐらい甘々だもの」

サーシャはどこか羨ましそうな表情を浮かべた。

「おめでとさん。そんだけの腕前がありゃ、深き暗黒が来ても安心だわな」

と、店主が言う。

「……深き暗黒?」

「おっと、すまねえ。聖誕祭に言うことじゃなかったな。どれにする?」

店主が貝の首飾りをいくつか見せる。

「一つ貝のはある?」

店主は奧の棚に手を伸ばし、貝の首飾りを手にした。

「あいよ。彼女につけてやんな」

店主は、貝殻が二つ連なった首飾りをレイに渡す。

「ありがとう」

二人は屋台を後にする。

「あはは、勘違いされちゃいましたねー。すみません、あたしなんかで」

「なんか、なんて僕は思ってないけど」

「あ……そ、そうですか……あははっ……」

照れたようにミサは笑う。

「君こそよかったのかい?」

「え? なにがですか?」

「アノスが好きなら、僕と勘違いされても困るんじゃないかな?」

一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、ミサは慌てて手を振った。

「ち、違いますよーっ。それこそ、誤解です、誤解っ! アノス様は確かに尊敬してますし、憧れです。でも、そもそもそんなこと考えるだけで恐れ多すぎますし、ファンユニオンだって、統一派のための隠れ蓑ですしっ。それにっ……」

すると、レイは爽やかに微笑んだ。

「それなら、よかったよ」

「……ええと、よかった……ですか?」

レイは先程の貝の首飾りをすっと差し出す。

「君にあげようと思ったからね」

「え……?」

驚いたようにミサはレイの顔を見返す。

「母が世話になったから、そのお礼だよ。大したものじゃなくて、悪いけど」

「そんな……あたしは別に、結局、なんの役にも立ちませんでしたし。レイさんのお母さんが助かったのは、ぜんぶ、アノス様のおかげです」

「君は命をかけて、母を救おうとしてくれた。あまりよく知らない僕のためにね。お礼をするには十分だよ」

「……なんだか、改めて言われると照れくさいですね……」

「僕もそうだけどね」

レイはミサの瞳を見つめる。

「でも……もらっていいんでしょうか……?」

「賭けは僕の勝ちだよね?」

「あ……そうですね……」

ミサはほんのりと頬を朱に染めていた。

「もらってくれるかい?」

彼女は、はにかみながら、こくりとうなずく。

レイから貝の首飾りを受け取ると、早速それをつけようとする。

「あれ? これ、どうやって外れるんでしょうね? ディルヘイドのものとは構造が違って……?」

「貸してごらん」

レイは首飾りを手にして、簡単に留め具を外す。

すっとミサの首に腕を回して、首飾りを彼女につけた。

「あはは……なんだかすみません……どう、ですか……?」

「似合ってるよ」

照れくさそうにミサは俯く。

「綺麗ですよね、この首飾り、貝殻が二つあって、紐も二つあって、ディルヘイドだと滅多に見ないタイプですけど、アゼシオンでは流行ってるんですかね?」

「そうかもね」

そこで会話が途切れる。

街の喧騒の中、二人は時間が止まったかのように、ただ見つめ合う。

どのぐらいそうしていたか、やがて、レイは言った。

「他の演し物も見に行こうか?」

「はい」

二人は並んで歩き出す。

聖誕祭にやってきた人だかりで、往来はさっきよりも一段と混雑しており、ミサは思うように歩けない様子だ。

「ミサさん」

と、レイが彼女の手を握る。

「……えと……その…………」

「< 思念通信(リークス) >は苦手なんだ。見失うと困るからね」

「あ……ですね、はい……」

手を繋ぎ、二人は人で賑わう聖誕祭を笑顔で楽しんでいた。