軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな違和感

雪(せつ) 林(りん) 世(せ) 界(かい) ミルレイジェス。

降り積もった雪が木々の形を象り、森林を作り出している。雪が降れば振るほど、雪の木は大きさを増していく。そして大木ほど、強い魔力を有していた。

雪林世界において、もっと巨大な雪の大木の上に、浮遊大陸があった。パブロヘタラ宮殿である。

「昨日お話した通り、私たちパブロヘタラは銀水聖海の凪を求めています。お返事を聞かせていただけますか?」

隠者エルミデの姿をした絡繰神――正帝ヴラドは言った。

それに答えたのは、雪の外套を纏った男、元首ガヴランだ。

「深層世界の者から願ってもない申し出。我が雪林世界は、パブロヘタラ学院同盟に加盟する」

「心から歓迎します」

正帝ヴラドはパブロヘタラ宮殿の中に、ガヴランたち雪林世界の者を招き入れた。

パブロヘタラ宮殿は正帝ヴラドをそこに残し、新たな同志を集うため、銀泡の外へ飛び立っていく。

<追憶の廃淵>は正帝の狙い通りに機能している。

まだ<絡繰淵盤>や裁定神オットルルーの具現化をするには至らないが、滅ぼした銀海クジラを具象化することができた。

オットルルーが具象化した時、彼女が使役する使い魔として、パブロヘタラの運営に役立つことだろう。

もっとも、まだパブロヘタラを乗っ取ることが最善と決まったわけではない。

正帝ヴラドは雪林世界の森を歩いていく。

<絶渦>に飲み込まれた彼の故郷、絡繰世界デボロスタ。しかし、まだ可能性はあった。絡繰世界は完全に飲み込まれ、滅び去ったわけではないのだ。

<追憶の廃淵>のように、<絶渦>を操ることができるのならば、より早く正義を実行することができる。

パブロヘタラのことはあくまでそれが失敗した際の第二計画だ、と考えていた。

障害となる者は、やはり――

そこまで、思考して正帝ヴラドは足を止めた。

目の前に、ただならぬ魔力を有した人影が見えたのだ。

強い。明らかに雪林世界の住人とは力の桁が違う。ヴラドはそう判断した。

「お前は誰だ?」

その人影は率直に問うた。

正帝ヴラドは考えた。銀水世界リステリアは、まだ完全に滅びたわけではない。

この隠者エルミデの顔を見られるのは、不都合になる可能性がある。

浅層世界の住人ならばどうとでもなるが、どうやら相手はそうではない。

ならば、やるべきことは一つだ。

「私は銀水世界リステリアの元首、隠者エルミデと言います」

答えるや否や、正帝ヴラドは人影に向かって、魔法陣を描く。そこから召喚されたのは、銀海クジラである。

大きく口を開けて、銀海クジラはその人影をパクリと丸飲みした。

「違うな」

銀海クジラの腹から声が響く。

一閃。銀海クジラの腹がぱっくりと割れると、鮮血とともに姿を現したのは二律僭主ノアだ。

「お前はエルミデではない」

「……っ!?」

ノアの掌に影が集まる。一瞬にして間合いを詰めた彼は、その影の手刀で正帝ヴラドの首を刎ね飛ばした。

ぐにゃり、と正帝ヴラドの体が半液体状に変化し、二律僭主ノアの背後を取った。

隠者エルミデの姿を捨て去り、正帝ヴラドは絡繰神の姿を取り戻す。そして、両腕に魔力を集中した。

「< 断罪刃弾(ゲゼルデ) >」

真っ赤に輝く両腕にて、正帝ヴラドは至近距離にて斬撃を放つ。

不意をついた渾身の一撃は、しかしピタリと止まった。< 断罪刃弾(ゲゼルデ) >は二律僭主の皮膚すら貫くことができず、ただプルプルと震えるばかりだ。

「……な…………」

「< 二律影踏(ダグダラ) >」

影を一踏みすれば、絡繰神の体は散り散りになって崩壊し、滅び去った。

「妙な手ごたえだ」

「逃げられましたか?」

上空から降りてきたのはノアの執事ロンクルスだ。

「滅びた。だが……」

なにかが引っかかる。そんな表情で、ノアは考え込む。

「先程まで、この雪林世界にあった大陸型の船から複数の世界の魔力が見えました。探ってみましょうか?」

「ああ」

二人は樹海船アイオネイリアに戻っていく。

その様子を正帝ヴラドは、遠く離れたパブロヘタラ宮殿から見ていた。

<絡繰の淵槽>――内部で歯車が回り、魔法陣に雪林世界ミルレイジェスの様子を映し出しているのだ。

正帝とは秩序の名、たとえ操っていた絡繰神が滅びようとも、秩序がある限り、歯車は回転し、その絡繰機構の思考が止まることはない。

パブロヘタラ宮殿が銀海を慎重に進んでいくと、やがて一つの銀泡が見えてきた。

鋼鉄世界ドルケフである。

パブロヘタラ宮殿はその中に降下していく。すでにここは隠者エルミデの名のもと、学院同盟に加盟した世界である。

隠者エルミデの姿を写し取った絡繰神は滅びたが、元よりエルミデをパブロヘタラの代表としていたわけではない。

この学院同盟は加盟する全学院の総意によって運営される。裁定神オットルルーが具象化されれば、その体制は盤石なものとなるだろう。

また別の世界の有力者の姿を写し取れば、計画に支障はない。

くるくると、くるくると、鈍い音を立てながら歯車は回り続ける。

収穫はあった。完全なる正義を実行するために、排除しなければならない障害が三つあることがわかったのだ。

一つは第一魔王アムル。あの男が願望世界に陣取っている限り、<絶渦>に手を出すことができない。その上、アムルはこの銀水聖海自体を崩壊させる危険性がある。

もう一つは二律僭主ノア。奴は銀水聖海を旅しながら、秩序に背き続けている。この銀水聖海の仕組みそのものを滅ぼしかねない。

隠者エルミデの絡繰神も奴の手によって滅ぼされた。二律僭主は<廃淵の落とし子>だ。慎重に立ち回らなければ、銀水世界リステリアがすでに終わりかけていることに気がつかれる恐れがある。

「……不適合者め……」

忌々しく、正帝ヴラドは吐き捨てた。

最初に銀泡の外に出た特権で、正帝は銀水聖海中に歯車の種を蒔くことができた。

今、この海は誰もが知らず知らず、芽吹いた歯車によって動かされ、秩序に支配されている。

整然とし、正しく、そして完全なる正義をもたらすためのものだ。

しかし、その秩序に従わない者がいる。

絡繰世界の歯車に違和感を覚え、適合しない者たちが。

その中でも、第一魔王アムルと二律僭主ノアは秩序に対して特に従順ではなく、なにより強大な力をつけている。

そして、残る一つの障害――大魔王ジニア・シーヴァヘルド。

奴の力とその魔眼は底が知れない。

あるいは、大魔王ジニア・シーヴァヘルドこそが最初に銀水聖海の外に出たのではないか?

そんな懸念さえも抱くほどだ。

だが、大魔王ジニアは積極的に他の世界に干渉しようとはせず、長い間、自らの深層十二界に引きこもっている。

大魔王ジニアが到達した深淵魔法――あれは正帝ドミエルが作り出した深淵世界に通じるものがある。

その巨大すぎる力を我が身で受け入れたため、迂闊に動くことができないでいるのだろう。

最も手を出しづらい相手だが、仕留めるのは最終段階で良い。

正帝ヴラドはそう思考し、<絡繰の淵槽>を用いて、絡繰神を数体作った。それらは慎重に計画を進め、第三魔王ヒースや、大提督ジジなど、名だたる者の力と顔、知識を写し取っていった。

絡繰神は個別の意思を有しており、そうすることにより、更に個々人の特性が出ることになるが、思考原理は一つの法則に支配されている。

正帝だ。

絡繰神は一体一体が完全なる正義を実行するための歯車なのだ。

思考が複製されているわけではなく、どの絡繰神が真の正帝というわけでもない。

一つ一つが正帝であり、その集合が正帝である。

人や魔族が本能を有するように、絡繰神は正帝という思考回路を有する。それは生じた時からそうなのだ。

ゆえに、隠者エルミデを名乗る者――正帝は何度滅ぼそうと、次が存在する。

正帝にとっての天敵は、秩序を滅ぼすことのできる不適合者。中でも先に挙げた三名が脅威となるが、その正体にもっとも近いのはやはり二律僭主ノアだろう。

ノアはパブロヘタラを調べ始めているようだ。

いきなり実力行使をするほど好戦的ではないが、正帝側も下手な動きがとれなくなる。今はただの学院同盟を装い、戦力の増強を行うしかあるまい。

正帝はパブロヘタラに加盟する世界を着実に増やしていった。

そうする内に思いがけない機会が巡ってきた。

二律僭主ノアが恩人のため、泡沫世界に転生魔法の理を打ち立てようとしている。

全てが浅きから深きに流れ行くのが現在の銀水聖海の理だ。全銀泡が同層にあった頃と違い、命は循環しない。

続くのは秩序のみであり、それは正帝の栄華を意味する。

不適合者の二律僭主ならば、銀水聖海の秩序を打ち破り、成し遂げる可能性はあるだろう。

だが、それは正帝にとって絶好の機会だった。

ルナを追って、二律僭主ノアは泡沫世界に向かうだろう。

そこには正帝が植えつけた秩序の歯車がある。転生が成功したとしても、ノアはその力と記憶を完全には維持できない。

秩序は不適合者たるノアを滅ぼす。そして、念には念を入れて、もう一つ、正帝は不適合者を滅ぼすための絡繰神を泡沫世界に送り込んだ。

万が一、ノアが銀水聖海のことを思い出すことのないよう、その絡繰神から正帝の思考は取り除き、泡沫世界の住人として、不適合者に敵対するように仕込んだ。

それが、 絡繰神形(からくりしんぎよう) グライム。後のグラハムだ。

二律僭主ノアの問題は、これで対処できた。

次は第一魔王アムルだ。

正帝ヴラドの歯車がカタカタと音を立てて回り始めた。