軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

深淵化

魔眼世界ゴーズヘッド。大魔王城、玉座の間。

「この銀海の全ては<絶渦>に飲み込まれ、消え去るだろう」

大魔王ジニアはそう言った。

かつて、俺が――二律僭主ノアが願望世界ラーヴァシュネイクを訪れた時に見た渦を巻く赤い星々。あれが<絶渦>と呼ばれているものだ。

この海で最も深いところに位置する世界。その<淵>だけあって、驚異的な力を持っていたが、あくまで願望世界の範疇に留まっていた。

一度(ひとたび) 渦動すれば、小世界すらも容易く飲み込む、銀水聖海の大災厄とは言われていたが、銀水聖海の全てを飲み込むとなると話は別だ。

「<絶渦>に異変が起きたか」

「お前が転生の秩序を構築するため、泡沫世界に消えていった後のことじゃ。<絶渦>はこれまで以上に銀水聖海中の悪意を吸い寄せ始めた」

悪意の大渦といわれているように、あの<淵>には銀水聖海中の悪意を集める特性がある。

その力が何らかの要因で増したということだろう。

「<淵>の許容量を超えたか、凝縮されすぎた悪意があらゆる生命に牙を向けたのか、きっかけは推測の域を出ぬがのう。 渦動(かどう) し始めた<絶渦>は銀水聖海を飲み込み始めたのじゃ。結果、多くの銀泡に甚大な被害をもたらした」

大魔王ジニアはそう説明した。

「黙って見ていたわけではあるまい」

俺の言葉に、ジニアは首肯した。

「多くの小世界が<絶渦>を止めるために戦った。だが、あれは各世界同士を分断してのう。最初にその大渦に飲み込まれ、かき混ぜられたのは時間じゃった」

「ふむ」

二律僭主ノアの記憶と、ミリティア世界での俺の記憶を突き合わせれば、不可解な点が一つある。

ミリティア世界には七億年の歴史があるが、二律僭主ノアがその銀泡に転生の理を打ち立てたのは銀水聖海では一万四〇〇〇年前。

銀水聖海ではあれからまだ一万四〇〇〇年しか経っていないのだ。

その間にミリティア世界は七億年以上経過している。ミリティア世界の方が時間の進みが早いわけでもない。少なくとも、今はそうだ。

つまり、その時間の矛盾を解決するのが――

「<絶渦>に飲み込まれた銀泡の時間が狂ったか」

「そうじゃ。<絶渦>の力に対抗できなんだ銀泡ほど、大きく時間が狂わされた。ある世界では一秒の出来事が、別の世界では一〇〇年経った。特に泡沫世界では数十億年の時間が過ぎたところもある。そのまま滅び去った銀泡は数知れぬだろう」

泡沫世界からは、そもそも銀水聖海の出来事を感知できぬ。それゆえ、その銀泡ではただ時間が過ぎて滅び去ったとしか思えなかっただろう。

ミリティア世界でも七億年が経った。それゆえ、銀水聖海の正しい時間とはズレがあるのだ。

「時間が噛み合わぬ世界同士では連携を取ることも難しい。結果、多くの世界が<絶渦>を脅威とわかっていながらも、孤立した状態での対処を余儀なくされたのじゃ」

各々の世界が独力で<絶渦>を止めようと試みたわけか。

無論、連携をとれた世界同士もゼロではなかっただろうがな。

それでも全ての世界が一致団結というわけにはいかなかったのだろう。

元々、友好関係を築いていた銀泡ばかりではないのだ。

「時間が狂った後、<絶渦>は更に銀泡を飲み込んだ。銀泡の外郭を破壊し、火露を奪い始めたのだ。より深い世界ほどその影響が強く、泡沫世界は火露を奪われたものの、破壊されることはなかった」

「泡沫世界には穴が空いているからか?」

「そうじゃ。<絶渦>は火露をかき混ぜながら吸い寄せる。深層世界は火露が出て行かぬように秩序が働くが、<絶渦>にかき混ぜられた火露は銀泡を破壊して外へ出て行き、奪われる」

泡沫世界は火露を内側に閉じ込めるための秩序がないため、素通りする。

だが、幸か不幸か、それによって銀泡自体が破壊されることは避けられたわけだ。

「どうやって止めた?」

「深淵魔法< 深魔(アギド) >じゃ」

深淵魔法とは、大魔王ジニア・シーヴァヘルドのみが到達したといわれるこの銀海で最も深き魔法だ。

通常の魔法とはそもそも原理自体が違うと言われている。

とはいえ、俺もこの目で見たことはない。

「だが、<絶渦>は渦動を止めただけ。いつかまた動き始めるじゃろう。銀海の深淵化が進めばのう」

先程もジニアはその言葉を口にした。

自らが滅びれば、この海の深淵化が進む、と。

「深層十二界が、深淵世界に飲み込まれると言ったな?」

「左様。魔力も、秩序も、火露も、全てが浅きから深きへ流れゆくのがこの海の理。決してその逆はない。どういうことかわかるか?」

「この海のすべての銀泡は沈み続け、深淵世界に引き寄せられ、やがては混沌と化していく」

俺の答えに、大魔王ジニアはうなずいた。

「そう。あらゆるものが深淵世界に沈み、交わり、凝縮された力の塊となる。深く沈んだ力を取り込み、深淵世界は更に深く沈み、そしてまた力を吸い寄せる。際限なく深淵世界は強大になっていくのじゃ」

銀水聖海の理を考えれば、自明の話だ。

全ての小世界の秩序が溶けて交わっているからこそ、あそこには混沌があった。

「結果、深淵世界はその混沌に耐えられず、自壊を始める」

深淵世界――すなわちこの銀海で最も深くに位置する願望世界ラーヴァシュネイクのことだ。

俺が訪れた時、あの世界からは殆どといっていいほど生命を感じられなかった。

何者かがいる気配を覚えたのは<絶渦>の中のみだ。

ラーヴァシュネイクに集められた力が強大すぎて、生命が育つ環境ではなくなっていたのやもしれぬ。

「その時に起きるのが、<淵>の暴走じゃ。想いを吸い寄せる力が強くなりすぎて、暴走した<淵>は<淵>を呼び寄せる。二つの<淵>が交われば、それは<渦>となる。銀水聖海をかき混ぜる強大な<渦>とのう」

「なるほど。それが<絶渦>というわけだ」

「左様。今、<絶渦>が小康状態を保っているのは、儂があの世界を引っ張り上げたからじゃ。深淵魔法は、深淵世界と同等の深さを持つ。今儂はこの魔眼世界にて、深淵世界と綱引きをしておる」

「深層十二界の<淵>が深淵世界に奪われぬように、か。目が見えなくなるのはそれが原因か?」

俺は問う。

大魔王ジニアは穏やかに微笑んだ。

「< 深魔(アギド) >が深淵世界と同じ力を持つなら、末路は同じ。この身にはあらゆる浅き場所から力が吸い寄せられる。凌駕できる自信はあったのじゃがのう。耐えられなんだわ」

それで寿命となった、か。

全ての小世界の火露、全ての小世界の秩序、全ての小世界の魔力を引き受けられるほど頑丈なものなど、確かにないのやもしれぬな。

なにせ魔法の深淵を極めた大魔王ジニア・シーヴァヘルドにして、耐えられぬのだ。

「再び<絶渦>が渦動すれば、深淵世界に奪われるものが多くなりすぎる。あらゆる世界がその秩序を失い、崩壊するじゃろう」

なるほど。

火露や秩序や魔力は浅きから深きへ流れていく。今現在、小世界が正常を保っているのは、流れていくものが僅かだからだ。

たとえば、深淵世界に半分以上の火露と秩序と魔力を奪われれば、その世界は形を保つことさえ困難になるだろう。

<絶渦>が渦動すれば、<淵>を吸い寄せ、そして深淵世界は更に深く沈む。

深淵世界に奪われるものが際限なく増えていき、やがて限界を超えるだろう。

「それゆえ、魔王は強ければ人格は問わなかったわけだ」

「左様。儂が滅びる前に、深淵魔法を継承できればよいのじゃ。どれほどの悪行を働こうと、銀水聖海の滅びを止められれば釣りがこよう」

この銀海を維持するために、大魔王ジニアは己の継承者候補である魔王を何人も設けた。

どれほどの悪人であろうとも、自らが生きる銀水聖海自体が滅びることを見過ごしはしない。

アムルの前の第一魔王ジゼル、彼女は冷酷だったが、それでも大魔王になったならば<絶渦>の渦動を防ぐだろう。

「長く待ったがのう。儂と同じく、深淵に至れるのはお前だけじゃ、ノア。今の魔王では、届かぬ」

「アムルはどうした?」

第一魔王アムルは二律僭主ノアと互角の力を有していた。

俺が転生世界ミリティアで過ごす間も、あいつはこの海でその力を磨いていたはずだ。

憎悪を奪い、魔力に変える<心火の魔眼>がある限り、アムルはどこまでも深淵に近づいていくだろう。

今の俺より強くとも、なんら不思議はない。

大魔王を継ぐのはあいつだと思っていた。

「あやつは行方が知れん。<絶渦>に飲み込まれたのじゃ」

大魔王ジニアは言った。

「<絶渦>を止めるためにか?」

そう聞けば、ジニアは首を左右に振った。

「その逆じゃ。願望世界で< 深魔(アギド) >を放とうした時、あやつは現れた。アムルは<絶渦>を止めるなと言ってのう」

<絶渦>を止めるな?

「なぜだ?」

「……わからん……」

ジニアは言った。

「問答する間もなく、あやつは儂に挑んできた。手加減が利く相手ではないからのう。アムルごと<絶渦>に< 深魔(アギド) >を叩き込んだ」

それで、<絶渦>に飲み込まれたか。

しかし、不可解な行動だな。時間がなかったのだろうが、アムルらしくもない。

「あいつのことだ。<絶渦>をどうにかする方法を思いついたのではないか?」

「ならば、そう言うと思うがのう」

「不器用なところがある男だ」

「それは、ちと不器用すぎやせんか?」

問答無用で攻撃してきたのだからな。

深淵魔法を叩き込まねばならなかったということは、アムルは本気だったのだろう。

「信じておるのか、アムルを?」

「無論だ」

はっきりと俺は断言した。

ふむ、と大魔王ジニアは白髭に手をやった。

「だとすれば、困ったのう。大人しくやられておけばよかった」

冗談半分にジニアは言った。

とはいえ、実際、深淵魔法よりも良い方法があるのならば、大魔王も自らの死は厭わぬだろう。

今も<絶渦>を渦動させないために、己の身を削っているのだ。

「なに、あいつは生きている」

僅かに大魔王は目を丸くする。

続けて、俺は言った。

「パブロヘタラで会った」

二律僭主の記憶がないため最初は気がつかなかった。だが、今はその確信がある。

最悪、深淵魔法にて<絶渦>を止めることになるだろうが、その前にアムルの話を聞いておいた方がよさそうだ。