軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無神大陸

止竜ジェイムが滅びてまもなく、停滞世界は崩壊を始めた。

第五魔王ホルセフィの提案により、ノアが神族たちとこの世界のつながりを切ったからだ。

本来ならば、一日ともたずに停滞世界は銀海の泡となって消えるだろう。

しかし、そうはならなかった。

第五魔王ホルセフィが、その力でもって、無理矢理、銀泡を維持したからだ。

かくして、ここに無神大陸と呼ばれる神無き世界が誕生した。

そして、少ないながらも人々が集った。

彼らは皆、世界の秩序から見放された者たちだ。旅の途中で出会った者もいれば、噂を聞きつけ、やってきた者もいる。

元首も、主神も、神族すらいない国。

大魔王ジニア・シーヴァヘルドの領海に、この国を築けたのはひとえにノアの存在が大きかった。

融合世界を滅ぼし、その一部である樹海船アイオネイリアを思うがまま操る彼は、いつしか秩序に背き、力によって王位を簒奪した者、二律僭主と呼ばれることとなった。

幼いながらも不可侵領海となったのだ。

この無神大陸の存在により、ノアは旅をするよりも多くの者を救うことができるようになった。

しかし、彼は欲求を、その望みを、未だ持つことはなかった。

わからぬまま、それを探し、救われぬ者たちを救い続けた。

ある日のこと――

無神大陸に一人の狩人がやってきた。

聖剣世界ハイフォリアの狩猟貴族、名をジェインという。

彼は赤子を抱え、二律僭主の古城へ駆け込んできた。

「頼もうっ! 頼もうっ! 私は聖剣世界ハイフォリア、レブラハルド男爵の従者ジェイン・アンチェス。二律僭主への謁見を願いたい!!」

息を切らし、肩で呼吸しながらも、通る声でジェインは叫んだ。

見れば、彼の装いはボロボロで、いたるところに血が滲んでいる。

深層十二界に入るには相応の力が必要だ。ジェインにはそこまでの魔力はなく、無神大陸に来るまでかなりの無茶をしたのだろう。

それを差し引いても、辿り着いたのは僥倖という他ない。

「聖剣世界ハイフォリア……知っているか?」

出迎えたノアはロンクルスを振り向いた。

「祝聖天主エイフェが治める小世界でございます。聖剣世界の住人、狩猟貴族たちは己の良心を具象化した虹路が見えるとか」

「良心を? 珍しい秩序だ。では、卿はその虹路に従い、ここまで来たのか?」

ノアが問うと、ジェインは暗い表情で俯いた。

「いえ……私は……」

言いづらそうにしながらも、彼は説明した。

「虹路に背き、ここまで来ました……」

「それは、二律僭主に会うことが良心に反するという意味か?」

僅かにジェインは首肯した。

「……我が聖剣世界では、聖王、あるいは天主の許可なく、不可侵領海と関わりを作ってはならないのです。私がこれからしようとしていることは、明らかな罪……大罪です」

「なにが目的だ?」

「それは、二律僭主に……」

「二律僭主に会わずとも、卿の目的を果たす方法はあるかもしれない」

一瞬、きょとんとした顔でジェインはノアを見返した。

「進んで大罪を犯したいわけではないだろう?」

「……それは…………」

ジェインはしばし黙り込んだ。目の前の幼子に、自らの目的が果たせるはずがない、そう思っているのだろう。よもや、二律僭主ノアが、そこまで幼いとは知る由もなかったのだ。

「二律僭主は世界の秩序から逸脱することができると聞く」

ジェインは言った。

「人から人へ、根源の移植を行いたい」

「それは頭のおかしな者の考えることだが――」

言葉を切り、ノアは僅かに視線を落とす。ジェインは大切そうに赤ん坊を抱いている。根源の移植を行いたい、と口にした時、彼の手が優しく赤ん坊を撫でたのだ。

「移植してどうする?」

「この子は、私の息子ジャミル」

赤子に視線を向けながら、ジェインは言った。

「ジャミルは根源が生まれつき欠けている。聖剣世界の医師の話では、一年はもたないだろう、と……」

「失礼します」

ロンクルスは赤子の胸に手を添える。そうして魔眼を光らせて、その根源を覗いた。

「……確かに、生まれてきたのが不思議なほどでございます。先天的に根源の欠けた胎児というのは希に存在しますが、普通は母親の胎内にいる内に亡くなるものかと」

「根源を移植して、赤子の命を救いたいのか?」

ノアの問いに、ジェインははっきりとうなずいた。

「できなくはない」

ノアがそう口にすると、

「本当かっ!? 貴公にできるのかっ!?」

ノアにすがりつくように、ジェインは彼の服をつかみ、強い瞳を向けてきた。

「しかし、移植が可能でも、根源をとられた方は滅びます。どなたのものをお使いになられるおつもりですか?」

淡々とロンクルスが問う。

迷わず、ジェインは答えた。

「無論、それは私の根源だ」

沈黙が、無神大陸を覆いつくした。

我が子を救うために、彼はやってきた。文字通り、自らの命すらもなげうって。

「いつだ?」

「ジャミルの根源は不安定で、いつ崩壊してもおかしくはない。可能ならば、今すぐにでも」

「私は自らの望みを探すため、世界が救わない者たちを救っている」

ジェインに興味を覚えたように、ノアは自らのことを打ち明けた。

「卿に問う。自らが滅ぶ望みを叶え、卿のなにが救われるのだ?」

強い瞳でノアを見返し、ジェインは答えを口にした。

「私の魂だ」

一瞬の沈黙の後、ノアは魔法陣を描く。

ジェインの答えに納得がいったのか、彼は言った。

「望みを叶えよう」

ノアは魔法陣に右手をくぐらせると、それは立体的な影となった。

影の手を伸ばし、ジェインの胸に触れる。

すると、その手はすうっと胸をすり抜け、彼の体の内側に入った。

ノアはなにかをつかむように拳を握る。

そうして、その影の腕を引き抜いた。彼が手を開けば、そこには輝く光の球体がある。

ジェインの根源だ。

「言い残すことはあるか?」

「……最後に名を聞きたい。我が恩人である貴公の名を」

「知らない方がいいだろう」

ノアはそう答えた。

「私は敵が多い。死にゆく者にとはいえ、名乗るわけにはいかない」

二律僭主に関わることは、狩猟貴族にとって大罪である。その覚悟でジェインはこの無神大陸までやってきた。元より、命を捨てる覚悟なのだ。今更、罪を犯したところで問題はない、と考えたのだろう。

だが、彼が願ったのは一つ、我が子が生きることだ。その想いの結果が、罪であろうはずもない。ノアはそう思った。だから、名乗らなかった。

「では……」

ジェインは言った。

「ジャミルが大きくなったら、伝えてほしい。お前の明日こそが、 虹路(こうろ) に背いても守りたい、父の夢であったと」

「わかった」

ノアは魔力を送り、ジェインの腕の中にいる赤子を自らのもとへ引き寄せる。

先程と同じく、影の手を赤子の体内に入れ、根源を引き抜いた。

ジェインとジャミル、二人の根源に魔法陣が描かれる。

すると、たちまち二つは立体的な影へと変わった。

その二つが近づいていき、影と影が混ざるように一つになる。

再びノアが魔法陣を描く。

影の根源は少しずつ色を取り戻していき、やがて一つの輝く根源が現れる。

ノアは影の手でそれをつかみ、赤子の体内に戻す。

彼が手を引き抜けば、魔力の粒子がその子から溢れ出した。

成功したのだ。

弱々しかったジャミルの根源は、ジェインの根源を移植されたことで力強く、強靱に変わり、赤子の全身に必要な魔力を供給していた。

ザッと音が響く。

ジェインが膝をつき、崩れ落ちたのだ。根源を失った以上、もはやその体は抜け殻である。

しかし、ノアはなにかに気がついたように、彼のそばでしゃがみ込んだ。

淡い光を放っているのは、ジェインの服につけられた五本剣の意匠が施された勲章――ハインリエル勲章である。

ノアがそれを手に取ると、頭の中でジェインの声が響いた。

『名も知れぬ幼子よ。貴公にこのハインリエル勲章と我が《 聖遺言(バセラム) 》を遺す。狩猟貴族の力が必要になった際は、我が主にして、戦友、レブラハルド男爵を訪ねるといい。必ず手を貸してくれるだろう』

「聖剣世界の風習でございます。彼らは死を悟ったとき、このようにして遺言を遺すのです」

優しい声でロンクルスは言った。

「私が持っていていいのか?」

「ノア様に恩を感じられたからこそ、先程の言葉を遺されたのでしょう」

「……なぜわかる?」

不思議そうにノアは聞いた。

「わたくしがそうだからです。わたくしだけではございません。僭主に救われた者は皆、彼の気持ちがわかったことでしょう」

「そうですとも、ノア様」

ロンクルスに同意した声は、聖句世界アズラベン、無聖者ラグーのもの。

訪れたジェインを遠くで見守っていたのだ。

彼だけではない。

「ええ。彼の魂は確かに救済されたのでしょう」

粉塵世界パリビーリャの戦士アガネ。

「他の世界では叶わぬこと。その夢を、僭主がお叶えになったのです」

夢想世界フォールフォーラルの覚醒者ノーズ。

また無神大陸に住む多くの民たちが、こぞってここへ集まってきていた。

「さすがはノア様。我らが王」

「神無き世界に君臨する御方よ」

「ノア様が治める限り、この無神大陸は安泰だ」

彼らは口々に二律僭主を褒め称えた。

「皆に提案がある!」

そう大きく声を上げた無聖者ラグーだ。

「私はかねてから、ノア様に他者から与えられた二律僭主などという異名は相応しくないと考えていた。正式な王の名を考えるべきではないか?」

「それはいい」

「是非、考えるべきだ」

次々と賛成の声が上がる。当の本人を置き去りにして、議論が進もうとしたところで、ロンクルスが軽く手を叩いた。

はっとしたように、皆が彼の方を見る。

「僭主。いかがなさいましょうか?」

「私は私のために、望みを叶えただけだ」

ノアは言った。

「王の器ではない」