軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五魔王

停滞世界。第五魔王の古城。

訪れたノアに、魔王ホルセフィは問う。

「なぜ、お主は深層十二界に足を踏み入れた?」

「人助けの旅をしている」

「む?」

ノアの回答に、ホルセフィは訝しむ。

「それは本心からの言葉か?」

「嘘はつかない」

「人助けで大魔王ジニアの支配する領海に侵入するとは考え難いものだ」

「停滞世界は全てが遅々として進まない世界と聞いた」

ノアは言う。

「だが、その世界の中で一人、動いている存在を見つけた」

すっとノアは第五魔王ホルセフィを指さす。

「秩序に適合した者は、その世界が救うだろう。私が旅をしているのは、世界の秩序が救わない者を救うためだ」

ノアは歩を進めていき、ホルセフィの目の前で立ち止まる。

「困っていることはないか?」

真剣そのもののノアの瞳を見て、「フハハ」とホルセフィは笑った。

「第五魔王となって以来、私に困り事を聞いてきたのはお主が初めてだ」

穏やかな口調でホルセフィは言う。

「では一つ聞いてくれるか?」

「そのために来た」

再び笑みを見せた後、ホルセフィは神妙な顔で切り出した。

「この世界の主神、 止竜(しりゅう) ジェイムを停滞の秩序から解き放ちたいのだ」

「理由を聞こう」

「六千年前、止竜ジェイムは第三魔王ヒースとの戦いで、致命傷を負った」

ホルセフィは静かに語る。

「だが、この停滞世界の主神たる彼は滅ぶことはない。致命傷を負ったまま、止竜ジェイムの時は停滞している。気が遠くなるほどの年月をかけようとも、滅びには辿りつかない」

「わかった」

そこまでの説明でノアは事情を察した。

「致命傷の苦痛を感じながら、停滞しているのだな」

「その通りだ。第三魔王ヒースの力は凄まじく、その苦痛も尋常なものではない。気が狂うのならばまだよい方だろう。しかし、心でさえも、正気を保ったまま停滞している」

ホルセフィは沈痛の表情を見せた。

「止竜ジェイムは今、この停滞世界の秩序を保つだけに存在している。そして、それを由としてきたのが我が世界だ。されど、私は終わりを願う」

天を仰ぎ、彼は言った。

「止竜ジェイムが滅べば、この停滞世界も秩序を失う。それでいい。永く停滞し続けた世界は終わり、ここに囚われた全ての命を解放する」

再びノアに視線を戻し、ホルセフィは説明を続ける。

「されど、第五魔王たる我の力でも止竜ジェイムを停滞から解き放つことはできない。我の力は停滞。全てを停止させることはできても、動かすことはできないのだ」

そう前置きをして、ホルセフィは問うた。

「ノア。お主はそれをする術を持っているか?」

「止竜ジェイムを停滞から解放することはできる」

ごく自然とノアは言った。

ホルセフィはただ彼を見た。その感情は驚きだったのか、それとも、感謝だったのか。当人以外には計り知ることはできない。ただ一つ、肩の荷が下りたといったように、第五魔王は小さく息を吐いた。

「……そうか」

「案内を頼む」

「こちらだ」

ホルセフィは床に魔法陣を描く。それが光り輝いたかと思えば、二人の視界が真っ白に染まり、次の瞬間転移した。

やってきたのは、巨大な柱が立ち並ぶ神殿だ。

ノアの目の前に、漆黒の竜、止竜ジェイムがいた。その胸元には、なにか鋭利なもので切りつけたような、真新しい傷跡があった。

その傷は赤く輝いており、それ以上広がることもなければ、塞がることもない。

グオオォォ、グオオオォ、と重たい竜の呻き声が神殿に響き渡っていた。

「どのようにして解放するのだ?」

第五魔王は問うた。

「この停滞世界にいる限り、止竜ジェイムは秩序の恩恵を受け、解放することはできない。だが、ジェイムの一部分だけでも、世界の外に出せば、それを楔にして、停滞を止められる」

こともなげにノアは言うが、すぐさまホルセフィは眉根を寄せた。

「一部分とて、動かせるものならば動かしている」

「重さのある体や、力の塊である根源は難しい」

ノアの言葉に、ホルセフィは再び疑問を覚えたようだ。

「では、一体なにを……?」

「影だ」

ノアはジェイムの伸びた影に魔法陣を描く。

すると、その影は少しずつノアの方に引き寄せられていき、ぷっつりと切り離された。

ジェイムの影が浮かび上がり、ノアの目の前までやってくる。

手を伸ばし、ノアは影をつかんだ。ぐっと握りしめるようにすれば、みるみる影が圧縮されていき、彼の手の中で小さな球と化す。

「黒穹に待機している船に乗せて外に出す」

ノアは影の球に魔力を込める。

ゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴと停滞世界が震撼するほどの力の渦が彼を中心に巻き起こった。

そうして、ノアはその影の珠を天井に向かって投げつけた。グンッと加速したそれは天井をすり抜けて、遥か彼方へ飛んでいく。

「……この停滞世界で、あれほどの速度を出すとは……」

驚嘆したように、第五魔王ホルセフィが笑みを覗かせる。

「影はこの世界から離脱した」

ノアはそう言って、止竜ジェイムのもとへ歩み寄った。

「手伝え」

ジェイムの体に触れながら、ノアはホルセフィを振り向いた。

「承知」

そう口にして、ホルセフィもまた止竜ジェイムに触れる。

二人が魔力を解放すると、莫大な力の渦がその場に溢れかえる。床に亀裂が走った次の瞬間、神殿自体が木っ端みじんに弾け飛んだ。

ノアとホルセフィは、止竜ジェイムの体をつかんだまま、ゆっくりと飛び上がる。

停滞世界で主神を動かす以上、速度は出ない。しかし、確実に二人は上昇していき、遥か黒穹に達する。

そして、樹海船アイオネイリアの大地に降り立った。

ノアが魔力を送れば、アイオネイリアが動き出す。秩序の枠を超えて、その船は停滞世界の外に出た。

「別れの言葉は?」

ノアが聞くと、ホルセフィは即答した。

「不要だ。一刻も早く送ってやりたい」

「わかった」

ノアは手を地面にかざす。

すると、影の玉が現れた。先程投げたものだ。それは地面に落ちて、みるみる元の形を取り戻していき、ジェイムの影に戻った。

「《 二律影踏(ダグダラ) 》」

タンッとノアが影を踏みつける。

止竜ジェイムにつけられた赤い傷が一気に広がった。その体は光の粒子に変わり、ゆっくりと霧散していく。

根源が崩壊していくのだ。

「……感謝……する……」

ジェイムの口から、言葉がこぼれた。

苦痛から解放された穏やかな瞳で、止竜ジェイムは第五魔王ホルセフィを見つめる。

涙の雫が二つ、大地にこぼれ落ちていた。

「我が元首よ……残りの生は……自らの……ために……」

光が一層輝きを増したかと思えば、それはぱっと弾けた。

舞い落ちるその光の粒子を手の平にそっとつかみながら、第五魔王ホルセフィは言った。

「どうか安らかに」

ホルセフィは目を閉じ、主神の死を悼む。だが、数秒ほどで目を開け、ノアの方を振り向いた。

「卿はこれからどうする?」

ノアが問う。

「一つ思ったことがある」

第五魔王ホルセフィは言った。

「主神を失った停滞世界はこのまま放っておけば、やがて秩序を失うだろう」

それがこの銀水聖海の理だ。どんな小世界とて避けることはできない。

しかし、第五魔王の結論は違った。

「ゆえに、ここに神無き世界を築きたい」