軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一神選開始

一時間後――

庭園劇場に大小様々な< 遠隔透視(リムネト) >のスクリーンが展開された。

直後、鐘の音が遠くどこまでも響き渡る。

第一神選、開始の合図だ。

吟遊神選の立候補者――それぞれの拠点の舞台に立つ吟遊詩人たちは、皆一斉に歌い上げる。

唱霊族ならではの声量は、ウィスプウェンズの秩序も相まって、確かに世界中に届くのだろう。

その上、それぞれが別々の歌を歌っている。

しかし、彼女らの歌が不協和音を奏でることは決してなかった。

誰もが大声量で歌い上げ、世界に余さず届けているにもかかわらず、個々人に聞こえてくる歌は一種類のみ。

ファンユニオンの少女たちの耳に届いたのは序列一位、蒼花歌唱隊の吟遊詩人シータの歌声だった。

庭園劇場の一番大きなスクリーンには、鮮やかに歌い上げるシータの姿が映し出された。

「…………すごい……」

そうエレンが感嘆の声を漏らした。

以前に聴いたときよりも、更に洗練された歌だった。

宝石のような声がキラキラと輝いて、彼女の拠点である地下劇場を光で埋め尽くしていく。

ため息が出るほどに美しく、目に見えるほどに輝いている。一音さえも聞き逃すまいとエレンたちの耳が勝手にその歌声を求めていた。

「これって、歌を聴いている人が多い候補者ほど、大きい< 遠隔透視(リムネト) >に映されるんだっけ?」

「うん。そう聞いたけど」

観客席でエレンとジェシカが言葉を交わす。

「じゃ、今、シータが一番人気ってこと?」

「序列一位なんだから、順当だよね」

ウィスプウェンズでは、より心に響いた歌が耳に聞こえるという。ゆえに聞いている人々の数が多いのは、それだけ心を動かした証明だった。

< 遠隔透視(リムネト) >のスクリーンの大小は、そのまま各候補者の支持率を表しているのだ。

「リンファは? 今何番っ?」

言いながら、エレンはスクリーンに視線を巡らせる。

「えっと……」

ジェシカが同じように 魔眼(め) を凝らした。

「あ、いたっ! あそこ、一番ちっさいやつ」

ヒムカが指をさす。

「まだ歌ってない……?」

スクリーンには、寂れた広場が映っている。

リンファたち赤星歌唱団の姿があった。

蒼花歌唱隊や他のチームの拠点には、それぞれの観客たちがぎっしりと詰め寄せ、満席となっている。

リンファたちの観客席には、人は一人もいない。

「誰も観に来てないじゃん」

唇を尖らせながら、リンファが軽口を叩く。

イリヤは軽くバイオリンを肩に乗せながら答えた。

「当然でしょう。赤星歌唱団は首都に出たばかりです。吟遊詩人でもない器霊族の歌を、わざわざ拠点まで聞きに来る酔狂な人はいません」

「村に戻れば満席なんだけどね」

と、ナオが苦笑した。

「どうせ世界中に歌うんですから、同じことですよ。それに――」

真剣な顔つきで、イリヤは言う。

「わかっていたことでしょう。吟遊神選は序列すら持たない私たちには圧倒的に不利だと。これまでも吟遊宗主に選ばれたのは序列一位から三位の吟遊詩人だけ。世界中にファンがいるんですから、始まる前から殆ど決まっているようなものです」

淡々と事実を告げる言葉だった。

しかし、それは決して届かないと現実を突きつけているわけではない。

イリヤは発破をかけているのだ。

「余程の実力を見せつけない限り、この差は覆せません」

望むところだと言わんばかりにリンファは笑い、まっすぐ前へ出た。

一転して、全員の顔つきが変わる。

イリヤたちはそれぞれの楽器を流麗な所作でピタリと構えた。

「イリヤ、ナオ、ソナタ、ミレイ」

リンファはメンバーに声をかける。

「みんな、ほんとは歌唱隊から誘いがあったの、知ってるよ」

ナオとソナタが僅かに驚いたような顔をする。

「イリヤなんか、蒼花歌唱隊から勧誘されてた」

穏やかな顔でイリヤはそれを聞いている。

「あたしに余計なことを考えさせないように、みんな黙って断った」

僅かに俯き、彼女は言う。

「ありがと。あたしにつき合ってくれて」

吟遊詩人ではないリンファを歌い手とする赤星歌唱団の伴奏をするというのはどういうことか、考えるまでもあるまい。

赤星歌唱団が認められなければ、どれほど実力があっても伴奏者として大成することはない。

伴奏者にとっても、歌い手は吟遊詩人でなければだめなのだ。

それでも、彼女たちはリンファと一緒だった。

リンファの歌に魅せられ、その夢をともに追いかけてきたのだ。

「今日、まとめてぜんぶ返すから」

スクリーンの大きさは変わらない。それでも、なぜか彼女が大きく見えた。

すっと息を吸い込み、一瞬止める。

リンファはまるでウィスプウェンズに宣戦布告するが如く、天を突き破るほどの声を発した。

「あたしたちが世界一だ!」

彼女たちの足下に描かれたのは、< 狂愛域(ガルド・アスク) >の魔法陣――愛を注ぐ対象は、ウィスプウェンズにおいて不可能と断じられたリンファの夢だった。

歌に優れていない器霊族として吟遊詩人になる。

その夢を頑なに信じ、その歌がなによりイリヤたちの心を撃ち抜いたからこそ、彼女たちは今この吟遊神選の舞台に立っている。

ここに来るまでに様々な困難があったことだろう。大きな葛藤も、深い挫折もあっただろう。

それでもなお、挑み続けたその想いは、狂信的という他あるまい。

< 狂愛域(ガルド・アスク) >は赤い火花となり、その広場一帯を覆い尽くす。

彼女たちの魔力が桁違いに膨れ上がった。

「< 合声拡唱法(ラナ・シーア) >」

赤星歌唱団の口元に魔法陣が描かれる。

それらが合成されるように、リンファの魔法陣と一体となった。

器霊族である彼女の声量を補うための魔法、イリヤたちの力を借りることで、彼女の歌は世界中に届き得る。

それでも、これまでならばリンファの喉への負担は大きかったが、< 狂愛域(ガルド・アスク) >による魔力の増加はそれを軽減するだろう。

再びすっと彼女が息を吸えば、その瞬間まるで時間が止まったように錯覚した。

研ぎ澄まされたリンファの集中が、見る者の一秒さえも色濃くしている。

そんな現象であった。

歌が響いた。

聞いているだけで手に汗を握ってしまうような、情熱の歌。

そこには彼女の青春が込められていた。

歌に出会ったこと。

初めての舞台に立ったこと。

唱歌学院の受験資格がないと知ったこと。

それでも、諦めきれず、試験会場へ乗り込んだこと。

不合格を言い渡されたこと。

何度現実に踏み潰されても、それでも懸命に立ち上がってきた彼女の熱い想いが、胸中に溢れて止まらない。

魔王学院の生徒たちや、ファンユニオンの少女、アルカナも、その歌を聴いて、ぐっと拳を握らずにはいられなかった。

言いようのない衝動が湧き上がり、気がつけば彼女たちは大きな声を上げていた。

赤星歌唱団を応援するように

リンファの夢を後押しするように。

喉を枯らす勢いで彼女たちは叫ぶ。

気がつけば、叫んでいるのは魔王学院の生徒たちだけではなかった。

観客席にいる人々が声を上げる。

そして、それは次第に増えていき、気がつけば庭園劇場は熱狂の渦に巻き込まれていた。

いや、庭園劇場だけではない。

その証拠にシータが映っていた一番大きなスクリーンの映像が、リンファに切り替わった。

大きく鐘の音が響く。

誰もいない、寂れた広場。

一人の少女が目を見開いた。

リンファの目の前に、赤い光の絨毯が敷かれていく。それは第二神選の舞台である噴水劇場へと続くものだ。

『第一神選、一位通過は赤星歌唱団――リンファ・アシスです』

庭園劇場に声が響き、けたたましい歓声が上がった。

唱霊族たちのその声は、赤星歌唱団の拠点である広場にまで届けられる。

自信に満ちていたはずのリンファが、それでも信じられないといった表情でイリヤたちを振り向いた。

「あなたの歌が最高だから、他の誘いを断ったんです」

ナオ、ソナタ、ミレイがうなずく。

さあ、先へ進もう、とイリヤたちは視線で訴える。

再び前を向き、リンファは赤い光の絨毯の上を歩き出す。

こぼれそうになる涙を、必死に堪えながら。

第一神選を通過しただけ。吟遊神選はこれからが本番だ。

だとしても、ずっと認められなかった少女がようやく手にした、それは夢の栄冠だった。