軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

開花のとき

今まさに、開花の瞬間を目の当たりにしているかのようだった。

抜きん出て上手いわけではない。

特別センスがあるわけでもない。

されど、その歌声は心に深く響く。

聴く者の感情に突き刺さるような、剥き出しの情熱。それがリンファの才覚で、かつ最大の武器であったが、彼女はこれまで十分に生かすことができないでいた。

迷いがあったのだろう。

ひとえに自らの歌を信じきれないことが原因であった。

歌は、剣技や魔法とは違う。

どれだけ修練を積み重ね、卓越した技術を手にしたところで、結局は聞く者の心に届かねば意味がないのだ。

魔眼を凝らせば、魔力の多寡は簡単にわかる。

魔法の威力は自ずと知れよう。

歌の力はそれよりずっと曖昧だ。それが優れているかどうかを測るとなれば、なおのこと難しい。

その道の専門家であれば、より深淵を覗くことはできるであろう。

しかし、リンファを評価する際はどうしたところで器霊族であるという名目が先に来る。

吟遊詩人にすらなれない彼女の歌を、希有な才能と評することができる者になどそうそう出会えるものではない。

ウィスプウェンズの秩序と、積み重ねられてきた吟遊詩人の歴史が、その評価に影響せざるを得ない。

なにより、リンファはその歌を世界中に届けることができない。

この吟遊世界において、それは致命的な欠点とされる。どれだけ努力を重ねても覆せないその現実に、彼女自身深く思い悩んだことだろう。

振り切ったつもりでいたとて、どれだけ自信があるように見えようとも、現実の壁にぶつかったとき、リンファはそのことを痛感していたに違いない。

自分が、間違っているのかもしれない――と。

迷いは歌に返り、彼女の最大の持ち味が薄れてしまう。

それを、乗り越えたのだ。

仲間たちと声を合わせる< 合声拡唱法(ラナ・シーア) >、そして仲間たちと心を重ねる< 狂愛域(ガルド・アスク) >。その二つの魔法により、リンファは吟遊詩人のぎりぎり及第点といった程度にまで声量を高められた。

そして、第一神選での大喝采と声援。蒼花歌唱隊のシータを押さえての一位通過は、彼女に足りなかった最後のピースを埋めたのだ。

――間違っていなかった。

< 狂愛域(ガルド・アスク) >を通じて、彼女の想いが溢れ出す。

――不可能に挑んだ日々も、

――積み重ねてきた努力も、

――目指してきた夢も、

――ぜんぶ、今日につながってた。

――なに一つ、無駄なんかじゃなかった。

自分たちが世界一だと豪語していた傲岸不遜な少女に、それでも足りなかったのは自信なのだ。

真に己が一番だと自覚しているのならば、それをことさらに語る必要などない。彼女は不安だったのだ。ゆえに己を、そして仲間たちを鼓舞していたのだろう。

今はもう違う。

ウィスプウェンズの住人たちが、リンファの歌を認め、誰もがその一音、その一声に耳をすましている。

ただ一度の達成にすぎぬ。

されど、それを知る者と知らぬ者とでは、雲泥の差が存在する。

それは小さなつぼみを瞬く間に大輪の花へと変えるのだ。

そう。

彼女は、まだつぼみにすぎなかった。

そして、それが今まさに開花しているのだ。

この吟遊神選の大舞台にて――

『第二神選、一位通過は蒼花歌唱隊――シータ・メルンです!』

第二神選の報が流れ、再び庭園劇場の観客席が大きくざわついた。

「さすがはシータ・メルン、第二神選は取り返しましたね」

「予選ですからね。十分に通過できるということで、まだ抑え気味だったのでしょう」

ウィスプウェンズの住人たちが、興奮気味にそう評した。

「ここからは、シータの独壇場かもしれないわね」

「いや、待ってください」

彼女たちが、スクリーンに視線を向ける。

そこに、赤星歌唱団が大きく映った。

『また同じく一位通過となりますのは、赤星歌唱団――リンファ・アシスですっ!』

同時一位通過の報に、庭園劇場の観客席から絶叫が溢れる。

稀に見る接戦だということは、彼女らの熱狂具合から容易く想像できた。

「やはり、負けてはいませんね、リンファ・アシスも!」

「いいですよ、彼女も。とても素晴らしい!」

「いや、それにしても信じられない……! あの歌姫と互角に歌い合える吟遊詩人がいるとは……!」

「あれほどの歌い手が、これまで名前も知られずにいったいなにをしていたのか。序列上位に入ったこともないでしょう」

「仕方がありません。彼女は器霊族なのですから」

一人の吟遊詩人の発言に、その場の観客たちがあっと驚く。

「器霊族!? 彼女がですかっ!?」

信じられないという目で、観客たちはシータ・メルンと互角の歌い合いを演じている少女を見つめた。

「……あなたは、リンファ・アシスのことをよくご存じなのですか?」

「知っているというほどでは……昔、彼女が唱歌学院の試験を受けたとき、私は試験官をしてましてね。そのときは、もったいないと思いました。唱霊族にさえ生まれていれば……と」

大きく成長したリンファを見ながら、その吟遊詩人は言った。

「そんなこと、彼女には大した足枷ではなかったようだ」

息を呑むように観客たちは、スクリーンで歌い上げるリンファの声に耳をすます。

この吟遊世界の住人にだからこそ、彼女が歩んできた苦難の道のりがよくわかることだろう。

「……吟遊宗主はシータ・メルンに決まりだとばかり思っていましたが」

「あるいは、そうですね。ウィスプウェンズの歴史が、大きく動くことになるのかもしれません……」

庭園劇場には抜きん出た大きさのスクリーンが二つある。

互いに互いの存在を主張するように、二人の歌が交互に世界に響き渡った。

第一神選、第二神選を経て、リンファはシータに並ぶほどの実力を見せつけたのだ。

そして訪れる最後の舞台は、並木道の式場。

桃の木が立ち並ぶ、桃源郷の舞台である。

ここに立つことができるのは、二人のみ。

まずはシータがその場に姿を現わした。彼女は瞳を閉じ、風景と一体化するように穏やかにそのときを待った。

「……あれ?」

スクリーンを見ていたエレンが目を丸くする。

「同時通過のリンファがまだ来てないのっておかしくない?」

「そういえば、そうだよね」

「どうしたんだろ?」

庭園劇場にはリンファとシータ、二人分のスクリーンが展開されており、それぞれ隣接している並木道の式場を映し出している。

下手側、リンファが立つ舞台にはまだ誰も来ていなかった。

しばらく待っても、赤星歌唱団が現れる気配はない。

次第に他の吟遊詩人たちも異変に気がつき始めた。

「……リンファは、どうしたんでしょう?」

「式場の場所は魔法で示されるはず。迷うということはないはずですが……」

「なにかトラブルが?」

観客席に困惑が広がっていく。

だが時間が経っても、やはりリンファたちは現れない。

「……このまま来なかったら、どうなるんですか?」

「それはもちろん、棄権ということに……」

タン、と杖をつく音が響く。

エレンが振り向けば、熾死王が立ち上がっていた。

「エールドメード先生?」

「立ちたまえ。せっかく面白い見世物だというのに、水をさしたい輩がいるようだ」

ファンユニオンの少女たちは顔を見合わせ、すぐさま立ち上がった。

< 飛行(フレス) >の魔法で空を飛び、熾死王たちは地上を魔眼でさらっていく。

「――でも、探している間に、最終神選が始まっちゃわないですか? そんなに時間ってないですよねっ?」

エレンが言う。

「カカカ、こんなこともあろうかと、赤星歌唱団には目印をつけておいたのだ。見たまえ」

エールドメードが杖で指すと、地上の一点が光った。

そこへめがけて、彼らは下りていく。

「リンファッ……!」

エレンが声をあげ、路地に倒れているリンファに駆け寄っていく。

そうして、はっとしたように目を見張った。

彼女の体は傷だらけで、纏った衣装もボロボロなのだ。

「リンファッ、大丈夫……!?」

回復魔法をかけながら、エレンは彼女を抱き起こす。

すると、リンファはうっすらと目を開けた。

「……エレン……」

彼女の瞳に、涙が滲む。

「どうしよう……イリヤたちが、連れていかれちゃった……」