軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

全幅の信頼

「シャッ!」

界殺災爪(かいさつさいそう) ジズエンズベイズが、大空を引き裂く。バルツァロンドを庇うように前へ出たレイは、エヴァンスマナにて迎え撃つ。

「霊神人剣、秘奥が 伍(ご) ――」

飛来した災爪が、一刀両断に斬り裂かれる。

「――< 廻天虹刃(かいてんこうは) >っ!」

イザークの権能が魔力に変換されていき、レイの背後に一本の 虹刃(こうは) を作る。先に聖エヴァンスマナの祝福を断ち切った分を合わせ、合計九本となった。

「ジャッ!」

されど、災人は怯みもせぬ。間断なく、左手の災爪が振り下ろされた。レイは<廻天虹刃>にて、空間を引き裂いていく爪撃を打ち払う。

両者は互いに突進した。

「ジアァァァシャッ!!」

「はあぁぁぁっっ!!」

突き出された両爪を、<廻天虹刃>の突きが迎え撃つ。

蒼き魔力と白き魔力が激しく鬩ぎ合うも、レイは災人の力押しにはつき合わず、エヴァンスマナにてその爪を受け流す。

背後の虹刃は一三本を数えた。

煌めく白虹を隠れ蓑に、バルツァロンドが放った二本の赤き矢がイザークに迫る。だが、奴はそれを両手でつかむと、軽くへし折って凍結させた。

その隙にレイは素早く後退する。

「――三秒、いや一秒でいい。イザークの動きを止められるかい?」

背中越しにレイが言う。

「……この弓の秘奥を使えば……だが、矢を作るのに時間がかかる。貴公一人で災人の相手は……」

「このまま戦っても、防戦一方だよ」

一瞬、バルツァロンドは答えあぐねる。

「……私たちの目的は災人の打倒ではなく、この争いを止めることのはず」

「今の彼に、僕たちの言葉が届くとは思えない」

はっきりとレイは言った。

「彼の流儀で、認めさせる必要がある。僕たちの言葉が聞くに値するってね」

「……聞く耳を持たせれば、説得できると思うか……?」

真剣の表情でバルツァロンドが問う。

元よりそれは、彼が不可能に近いと思っていたことだ。それでも、不可能を承知で、災人に言葉を投げ続けてきた。

父オルドフならば、奇跡を起こす。

その名誉と誇りを守り、偉大なる夢を継ぐことこそ、己の歩むべき道と彼は信じた。

それゆえ、勝算のない戦いに身を投じたのだ。

「できないなら、根比べだね」

レイは柔らかく微笑んだ。

「力尽くでも彼を止める。時間があれば、話し合いも進展するかもしれない」

「わかっ――レイッ……!!」

バルツァロンドが目を見開き、叫ぶ。

イザークに最大限の注意を払っていたレイの死角、漂う暗雲の中から、四つの人影が飛び込んできた。

上下左右から、理性を失った凶暴な幻魔族たちが、牙を剥いて襲いかかる。

バルツァロンドが放った三本の矢はそれぞれ別方向へ飛来し、三体の幻魔族を貫いた。

だが、上方から迫る一体は間に合わない。その牙が容赦なくレイに襲いかかるが、しかし彼はそれを避けようとはしない。

前方から、イザークが突っ込んできたのだ。

幻魔族を斬るのは容易い。

しかしその瞬間、イザークの爪がレイを引き裂くだろう。

魔法障壁で防ごうとすれば、同時に秘奥を使うことができなくなる。その隙を見逃す災人ではあるまい。

レイは心静かに、ただイザークを見つめ続けた。

襲いかかった幻魔族の牙が、レイの肩口に突き刺さり、血がどっと溢れ出す。

それでも、レイは動じず、突進してくる男を見据えた。

「ジャッ!!」

界殺災爪ジズエンズベイズが、レイの至近距離にて放たれる。

その恐るべき獣の爪を、レイは< 廻天虹刃(かいてんこうは) >にて打ち払っていた。

遅れてバルツァロンドが放った矢が、幻魔族の口元を射貫き、牙を砕く。そいつは落下していき、目の前の災人をレイが斬りつける。

蒼き< 災牙氷掌(ガルムンク) >の掌で、災人は聖剣を受け止めた。

「無防備に牙を受けて秘奥を放つたあ、やるじゃねえの」

奴は獰猛に笑った。

「だが、オレの爪は殺し切れてねえぜ」

噴水のように立ち上った血が、空を赤く染めていた。

レイの背後にいたバルツァロンドの胴がぱっくりと斬り裂かれている。

< 廻天虹刃(かいてんこうは) >にて受け止めきれなかった災爪が、バルツァロンドを襲ったのだ。

威力を殺したとはいえ、災爪の傷は根源にまで達している。ぐらりとバルツァロンドの体が傾き、そのまま地上へ落ちていく。

「バルツァロンドッ!」

落下するバルツァロンドを追い、レイが急降下する。

だが、次の瞬間、彼の眼前に災人イザークが立ちはだかった。

「 放(ほ) っときな」

レイの体を引き裂かんが如く、災爪が振るわれた。霊神人剣、秘奥が 伍(ご) 、<廻天虹刃>にて、レイはそれを打ちはらう。

次いで、突き出された災爪を受け流し、斜めに空間を裂く 爪撃(そうげき) を斬り落とす。

肩口、太もも、胸部、腹。次々と繰り出される凶暴な連撃を受け流すレイの体は、やはり威力を殺しきれず、斬り裂かれていく。

「 鈍(のれ) え。てめえの剣が追いつかなきゃ、防ぎきれねえぜ」

イザークが両爪を交差するように振り下ろす。並の小世界ならば容易く引き裂かれるその一撃を、レイは霊神人剣を振り上げ、< 廻天虹刃(かいてんこうは) >にて受け止めた。

ジジジジジッと魔力が相殺されるけたたましい音が鳴り響き、レイの背後の虹刃が二〇を数える。

なおも押し込まれる両爪を、レイは膂力と魔力を尽くして押し返す。そうしながらも、彼は一瞬、地上へと視線を向けた。

『――予定通りだ。問題などありはしない』

バルツァロンドの< 思念通信(リークス) >が届く。

彼は氷の大地に両足をつき、弓を構えている。

秘奥を使うためか、魔力は無。

にもかかわらず、彼の体に魔力の粒子が集っていた。

天然の魔力場だ。

ハイフォリアの虹水湖や、イーヴェゼイノの<渇望の災淵>を筆頭に、魔力を有する木々や河川、雨や大地などの自然物は多々存在する。

バルツァロンドは己の魔力を一切使わずに、その自然の魔力を操り、集めていた。

「< 氷縛波矢(ガリッド) >」

ゆっくりと矢が引かれれば、そこに赤い吹雪が渦巻いた。

『準備は整った。今ならば――』

彼は上空に鋭く魔眼を飛ばした。

そこでは勇者と災人が激闘を繰り広げている。

襲いかかる災爪と打ち合いながら、レイは言う。

『まだだ。今射っても当たらない』

制止するレイ。

バルツァロンドは怪訝そうな顔に変わった。

『……しかし、これ以上の好機は……今ならば、災人は私を警戒していない』

それでも、奴を捉えきれぬというのがレイの見立てだ。

『災淵世界と聖剣世界を引き剥がす』

さらりと口にされた言葉に、バルツァロンドは目を丸くする。

『アノスがね』

『馬鹿な……』

『両世界が離れさえすれば、否が応でもこの争いは止まる。それなら、彼はそうするよ。さっき<渇望の災淵>に潜っていっただろう。災人を僕たちに任せたってことは、その深淵になにかがあると睨んだんじゃないかな』

< 思念通信(リークス) >を交換する最中も、空では激しい鬩ぎ合いが続いている。

災爪がレイの頬を掠め、霊神人剣がイザークの脇腹を斬り裂く。奴は獰猛に笑う。ますます強まる蒼き魔力が、イーヴェゼイノの上空でばっと弾けた。

『災淵世界の捕食行為を止める方法があると?』

『災人も想定していないはずだ』

確信めいた口調でレイは言った。

『必ず隙が生じる。そこを狙ってほしい』

バルツァロンドはすぐには回答できなかった。

ある考えが頭をよぎったのだろう。

『……元首アノスが、失敗すればどうする?』

ふっとレイは微笑み、イザークの爪を打ち払った。

『彼は失敗しない』

レイは短く答えた。

すると、バルツァロンドの目が据わる。

彼は弓を引き絞り、災人イザークを注視しながら、静かに言う。

『貴公は私のわがままにつき合い、この世界のために命を賭している。信じよう。レイ、貴公が全幅の信頼をおく、ミリティアの元首を』

爪と聖剣の衝突する音が、イーヴェゼイノの空に幾度となく鳴り響く。

イザークは全力ではない。にもかかわらず、一撃ごとにレイは追い詰められていった。刻一刻と鋭さを増す災爪は、レイの対応力をもってしても捉えきれず、みるみる体中が斬り裂かれていく。

一手誤れば、イザークの災爪は容易く彼の根源を八つ裂きにするだろう。

綱渡りのような一秒を繰り返しながら、レイは災人の攻撃を捌いていく。

「なにか狙いがあんだろ? 見せてみな」

「どうかな? 見せるまでもないと思うけどね」

レイがそう軽口を叩けば、イザークの攻撃が更に激しさを増した。口元には好戦的な笑みをたたえ、この瞬間を楽しんでいるかのようでさえある。

目の前の災人に全神経を集中しているレイには、< 魔王軍(ガイズ) >の魔法線を辿って状況を把握する余裕すらなく、そのときがいつ来るかさえわからない。

だが、彼は迷いもしない。

いつかなるときも、魔王アノスが事をし損じるなどありえない。

そのことは、かつて死闘を演じた彼が誰よりも一番よく知っているのだ。

必ず、そのときは来る。

そう信じているからこそ、その鋭き爪に集中することができたのだろう。

そうして何度目かの激突の瞬間、イザークの蹴りを受けたレイの反応が数瞬遅れた。

界殺災爪ジズエンズベイズが、<廻天虹刃>をすり抜ける。その両爪は、地平線に大きな爪痕を残しながらも、レイの体を無残にも引き裂いた。

バルツァロンドが目を見張り、ぐっと奥歯を噛みしめる。

バラバラになったレイの体に、災人はつまらなさそうな視線を向ける。

「霊神人剣、秘奥が壱――」

ジズエンズベイズの終わり際、硬直していたイザークの眼前で、みるみるレイの体が再生していく。

災爪が八つ裂きにした根源は六つ。かろうじて一つ残った根源に< 蘇生(インガル) >をかけたレイは、同時に霊神人剣エヴァンスマナを振りかぶっていた。

「――< 天牙刃断(てんがはだん) >ッ!!」

無数の剣閃が、災人イザークを斬り裂いていく。

その身を守る蒼い冷気を切断し、皮膚を破り、肉を裂き、その根源に刃を振り落とす。

だが、浅い――

霊神人剣は災人の根源を斬り裂いたものの、傷はその表層のみ。奴は獣の如き本能で、無数の斬撃を見切り、致命傷を避けていた。

災人の左手が、エヴァンスマナの剣身をわしづかみする。

その獰猛な瞳が、ぎろりとレイを見据えた。

「こっちの番だぜ。くたばんなよ、不適合者」

イザークの爪が冷たく光る。

その瞬間だった。

ゴ、ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ、と大気が震え、災淵世界イーヴェゼイノが大きく揺れ始めたのだ。