軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

届かぬ言葉

<渇望の災淵>は、ハイフォリアの住人と相反する属性を有する。

その水は彼らにとって、猛毒にも等しいだろう。聖船エルトフェウスも例外ではなく、激しく水面と衝突した船体はメキメキとひしゃげ、沈んでいく。

立ち上った巨大な水柱を、上空にいたバルツァロンドとレイは飛行してかわす。水流は、災人イザークを飲み込んだ。

「――狩人じゃねえな」

水柱はたちまち凍りつき、パリンと砕けた。

氷晶が空に舞う。

災人イザークは牙を覗かせ、蒼き魔力を全身から発した。

彼を覆っていた球状の虹――聖ハイフォリアの祝福が輝きを失い、凍りついていく。

聖船エルトフェウスが<渇望の災淵>に沈んだことで力が弱まったか、あるいはその束縛を解くため、魔力を溜めていたか。

聖ハイフォリアの祝福が完全に凍りつくと、それが砕け、霧散した。

災人の魔眼がギラリと光る。

「てめえは、誰だ?」

獰猛な視線はまっすぐレイに突きつけられた。

動じず、彼はいつものように爽やかな微笑みを返す。

「転生世界ミリティア。魔王学院のレイ・グランズドリィだよ」

「ナーガが言ってた不適合者の一人か」

災人はその魔眼にて、レイの深淵を覗く。

警戒しているのか? いや、どちらかと言えば興味に近い。

「ハイフォリアの霊神人剣が奪われてんのは傑作じゃねえの」

「奪われたわけではない」

災人イザークの言葉を、バルツァロンドが堂々と否定する。

「レイ・グランズドリィはエヴァンスマナに選ばれた。その勇気と正しき心が、聖剣の所有者に相応しいと認められたのだ」

「へーえ」

牙を覗かせ、災人は獰猛に笑う。

身をたわませた奴の姿勢は、獣が獲物に襲いかかるときのそれである。

「待ってもらおう!」

広げた手を突き出し、バルツァロンドが言う。

「私たちはこの争いを止めに来たのだ。災人イザーク。貴公と会談の場を設けたい」

「聞いてやってもいいぜ、オルドフの息子」

蒼き魔力を噴出し、イザークが飛んだ。

まっすぐ<渇望の災淵>に向かって。

「――エイフェをぶっ潰した後にな」

急降下していく災人。

しかし、その行く手を阻むように、白虹の剣閃が走った。

「はぁっ……!!」

霊神人剣と< 災牙氷掌(ガルムンク) >が鎬を削る。

先読みしていたとばかりに、レイがそこに飛び込んでいた。

「悪いけど、話は聞いてもらうよ」

「どうやってだ?」

獣の眼光を、彼は柔らかい視線で受け止める。

「力尽くでも」

イザークが獰猛な笑みを覗かせ、飛び退いた。

直後、バルツァロンドの矢がたった今まで災人がいた場所を通過する。外れたかに思えた矢はかくんと曲がり、後退したイザークに襲いかかる。

「信じてねえのか、てめえらは」

赤き矢を軽くつかみ、災人は凍結させる。

氷が砕け、それは辺りに霧散した。

「 古(ふり) い話だ。ハイフォリアの船団を、うちの連中が追い立て、イーヴェゼイノへ引きずり込んだことがあった。ちょうど腹を空かせた幻獣が<渇望の災淵>から何十匹と顔を出したところでな。餌食霊杯を見るなり、すぐに食らいついた」

次々と放たれるバルツァロンドの矢を爪で引き裂きながら、イザークはレイに接近する。

蒼き< 災牙氷掌(ガルムンク) >の指先と、彼は霊神人剣にて斬り結ぶ。

魔力の火花が激しく散り、その余波が大気をかき混ぜる。

「まともに考えりゃ助からねえ。イーヴェゼイノに来たところで、ミイラ取りがミイラになるだけだ。祝聖天主も五聖爵も諦めた。餌食になった狩人の虹路が、来るなと言ってやがったからだ。だが――」

レイの斬撃をかいくぐり、災人はその右手を脇腹に突き刺す。

「ぐっ……!」

「――あのオッサンは来たぜ。たった一人で、仲間を助けにな。その聖剣で狩人を生かし、体の中の幻獣だけをぶった斬りやがった」

災人は笑う。

その出来事が、可笑しくてならぬとばかりに。

< 災牙氷掌(ガルムンク) >により、レイの体が凍てつき始める。

同時に根源が三つ、一気に凍結された。

「レイッ!!」

バルツァロンドが弓を引く。

その位置からは、ちょうどイザークがレイを盾にしている格好となるが、構わず彼は矢を放つ。

流星の如く加速したそれは、針の穴を射貫くような精度でレイの脇を通し、イザークの腹部に突き刺さる。

しかし、獣の体に鏃が入ったのは僅か数ミリ。イザークはその矢を左手でつかんでいた。

「ふっ……!!」

僅かに力が緩んだ隙を逃さず、レイはエヴァンスマナを振り下ろす。

その白虹の斬撃を、イザークは左手で受け止める。

「オレの牙がハイフォリアの喉元にかかったのはそんときだけじゃねえ。幾千の獣に襲われようと、幾万の災禍が降りかかろうと、幾億の絶望が立ちはだかろうと――」

蒼き冷気が渦巻き、霊神人剣を凍結させようとする。構わず、レイが霊神人剣を押し込めば、冷気が斬り裂かれ、イザークの掌に血が滲む。

そのまま剣を振り切り、災人を吹っ飛ばす。

すぐさま、奴は身を翻し、前方に< 狂牙氷柱滅多刺(ガーズ・ヴォイド) >の魔法陣を描いた。

「オルドフは馬鹿みてえに頑固な信念一つで、奇跡を起こしやがる。そうでなきゃ、とっくにこの銀海からハイフォリアはなくなってんぜ」

レイとバルツァロンドの逃げ道を塞ぎ、全方位に魔法陣が描かれる。

鋭く尖った蒼き 氷柱(つらら) が、無数に出現した。

「だから」

レイは災人に言葉を返す。

「必ず来るって言うのかい? 今にも滅びそうな彼が」

「てめえはオルドフを知らねえ。素直に滅びるタマかよ」

二人を包囲する魔法陣から、蒼き氷柱が発射される。

無数の< 狂牙氷柱滅多刺(ガーズ・ヴォイド) >を、レイは< 天牙刃断(てんがはだん) >にて迎え撃った。

白虹の剣閃が幾重にも走り、無数の 氷柱(つらら) が一瞬にして斬り裂かれる。どっと冷気が噴出し、空を覆った。

それを貫くように、バルツァロンドの赤き矢が災人の顔面を狙う。

奴が< 災牙氷掌(ガルムンク) >にてそれを凍結させれば、飛び込んできたレイがイザークの胸を斬り裂いた。

鮮血が散り、両者の視線が交錯する。

「確かに、僕はなにも知らないよ」

レイは霊神人剣を斬り上げる。それを、イザークは< 災牙氷掌(ガルムンク) >の左手にて受け止めた。

白虹と冷気が鬩ぎ合い、災人の掌から血が滴る。

「それでも、一つだけ知っている。根源に魔弾を撃ち込まれ、滅びゆくだけの体となりながらも、先王オルドフは決して諦めてはいなかった。絶望の只中にいながらも、彼は希望を待ち続けた」

レイの気持ちに呼応し、霊神人剣から膨大な魔力が溢れ出す。ぐっと剣を押し上げ、災人の左手を弾き飛ばした。

「君との誓いを叶えるために」

災人が< 災牙氷掌(ガルムンク) >の右手を突き出す。それを、レイは霊神人剣で大きく打ち払った。

がら空きになった心臓に、バルツァロンドが放った赤き矢が突き刺さる。

「災人イザーク!」

後方から、バルツァロンドが声を飛ばす。

「父は来ない! 私にすべてを託したのだ! 偉大なる先王の夢を継ぎ、この伯爵のバルツァロンド、必ずや真の虹路を探し出すと誓おう。もしも、私がイーヴェゼイノの獣を狩る以外の道を見つけられなければ命をもっていくがいい! それでは不足かっ?」

「ああ、足りねえな」

心臓に刺さったはずの赤き矢は、しかし凍結し、霧散していった。

< 凍獄(とうごく) の 災禍(さいか) >。災人の根源に触れる可能性が生じたため、その未来が凍らされたのだ。

「天秤にかけたのは聖剣世界ハイフォリアだ。てめえの命じゃ、まるで釣り合わねえ」

「では、なにを差し出せば釣り合うというのだ?」

「はっ」

嘲るように災人は笑う。

その瞳に落胆の色が見て取れた。

「んなこともわからねえで真の虹路が見つけられんのか?」

バルツァロンドが返事に窮する。

災人の全身から冷気が噴出し、それはいくつもの氷の塊を形作った。

「馬鹿にはなりきれねえな、オルドフの息子――」

イザークが氷の塊を射出する。

バルツァロンドは大きく旋回し、それをかわしていく。だが、回避する方向を先読みし、災人は一気に距離を詰めてきた。

「――親父とは似ても似つかねえっ!」

バルツァロンドが矢を番えるより早く、災人の右手が< 災牙氷掌(ガルムンク) >に染まる。

蒼き指先がバルツァロンドの体に触れた瞬間、真横から光の尾を引きレイが飛び込んできた。

霊神人剣、秘奥が弐――< 断空絶刺(だんくうぜっし) >。

流星が如き刺突が、イザークの反魔法と魔法障壁に突き刺ささり、勢いよく押し出した。

「アノスが言ったはずだよ。真の虹路と同じく、この世界には目に見えない渇望がある」

「見つけてから言いな」

「だから――」

冷気の魔法障壁を突破し、剣先が肩を貫く。

空に虹をかけていく白き刺突を災人イザークの権能、<凍獄の災禍>が凍結させていく。

だが、霊神人剣の威力は完全に消しきれていない。

聖剣世界と災淵世界は互いに天敵となる属性を有する。

祝聖天主エイフェの権能を宿す霊神人剣エヴァンスマナが、凍結する未来の可能性を断ち切っているのだ。

「――ここで見つけてみせる! 君が知らない、君の渇望をっ!!」

その刃が、災人の根源に突き刺さる。

刹那――

「 界殺災爪(かいさつさいそう) ジズエンズベイズ」

獰猛な魔力を纏わせたその五爪を、イザークは霊神人剣に叩きつける。

「シャッ!!!」

空にかかる虹が斬り裂かれ、空間が破裂するような音が木霊した。

真白な光が弾け、レイの体が吹き飛ばされる。

彼が空中でなんとか体勢を立て直せば、追撃に備えるように弓を構えたバルツァロンドがその横に並んだ。

「似たようなことを言うかもな、あの大馬鹿野郎は」

災爪を光らせ、イザークは獰猛な牙を覗かせた。

「だが、 軽(かり) い」

筋肉をたわませ、災人の全身から冷気が噴出される。

「わかってんだろ。横から口を挟むんなら、誰にでも言えんぜ、ミリティアの不適合者」

災人が真っ向から飛びかかる。

レイとバルツァロンドは、それを剣と矢にて迎え撃つ。

界殺災爪ジズエンズベイズが唸りを上げた――